7月号
連載エッセイ/喫茶店の書斎から98 『どぎまぎ』
極楽の絵もじゅうぶんに恐ろしい
わたしのところにはいろんな本や雑誌が送られてくる。忙しくしている時にはつい積読になってしまうが、戴いたものには必ず目を通すことにしている。中に「これは!」と思うのが有るのだ。
『どぎまぎ』(小林康浩著・ブイツーソリューション刊・1200円)がそんな一冊だった。
川柳句集である。
巻末のプロフィールに「33歳で時実新子を知り、川柳を始める」とある。
新子さんは句集『有夫恋』で風雲を巻き起こし川柳界の与謝野晶子と称された人。
因みにわたしは川柳を作らない。でも川柳が好きなのだ。柳人には詩人とはまたちがった魅力を持つ人が多い。だが小林康浩さんにはこれまでお会いしたことがない。
2003年に 週刊朝日「川柳新子座」大賞など数々の受賞歴をお持ちだ。新子さんに認められた実力者なのですね。川柳の世界では知られた人なのだろう。わたしもお名前は存じ上げていた。でも句集は知らなかった。
ところがこの句集『どぎまぎ』がいいのだ。門外漢がいうのもおかしいと思うが、多くの人に知ってほしい一冊だ。当節はやりの“おちゃらけ川柳”や“不可解川柳”とは違い、滋味たっぷりの文学性豊かなもの。一句一句に味わい深い世界がある。
「数多の没句が鬱然と樹海を形成している」とあとがきにあって、厳選された265句が載っている。
全て紹介するというわけにはいかないので、特にわたしのアンテナに響いたいくつかを。
落ちぶれた鬼なら追ってみたくなる
こんなに自分の弱点をさらけ出して
いいのですか?ま、そこが魅力か。
押したドア軽過ぎて乱入となる
誠実で百万人に嫌われる
セレモニーの鳩そそくさと帰りゆく
村人が息を殺している帰郷
野辺を行く花嫁の手に脈がない
帰り道さてこんな道だったっけ
たくさんの駅を飛ばして幸せか
照れるなあ低額所得者だなんて
客観視している自分をまた見ているよ
うな視線。複雑な心境をこの一行で。
花子ちゃんは花が嫌いでイジワルで
いるいる、そんな子。でもかわいくて。
一度だけ母を叱った日の小雨
鳴るものはみな風鈴になりたがる
釣り上げた魚が海を振り返る
見ましたねポストの前の合掌を
臆病って病気なのかと問う烏
ともだちの生る木があったその昔
華やいだ街へと帰る見舞客
犬もまた遠い目をする川の風
コンパスで描かれて月は怒り出す
誰が知るみどりのおばさんの孤独
あの人のことかな?こう言われて
みてあの人の顔が思い浮かぶ。
忘れたいところに貼っている付箋
訃報欄が好きだとどなたにも言えず
やわらかいナイフのような「お大事に」
ああ、大病をしたものにはよくわかる。
罵られた言葉を辞書で確かめる
気付かない 切り離された一輌に
深々とお辞儀をすれば草千里
された事していただいた事も夢
どうだろうか、この多彩な角度からの視線。
人間を見る眼が深く鋭い。そして優しい。きっと人生経験が豊富なのだ。そうでないとこのような作品を創ることはできないだろう。そこを新子さんはしっかりと見抜いておられたということ。
広く世に知られずとも、いいものはあるのだ。そんな一冊でした。
もう一句。
エンドロール 鐘が響いているばかり
六車明峰(むぐるま・めいほう)
一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。
今村欣史(いまむら・きんじ)
一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。西宮芸術文化協会会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)ほか。