2023年
3月号

水木しげる生誕100周年記念 知られざる 水木しげる|vol.6

カテゴリ:文化人

『悪魔くん』シリーズに見る“悪魔”の変遷

多くの人にとって、『悪魔くん』はテレビアニメや実写版、あるいは「少年マガジン」の連載版のイメージだろう。そこに登場する〝悪魔〟は、オリジナルの悪魔とはまったくちがっている。
元々『悪魔くん』は、貸本屋時代に、極貧に喘いでいた水木サンが、戦争や貧乏のない理想世界を作るため、地底から悪魔を呼び出すという構想ではじめたものだ。
最初に呼び出された貸本版の〝悪魔〟は、スーツ姿で頭にポマードを塗ったような悪相の紳士で、特段の魔力はなく、何ができるのかと聞かれて、「俺はケチでガメツイ。それと演技がうまいだけだ」と答える。まったくのダメ悪魔だが、これはこれで資本主義社会ではむしろ重要な資質であるところに、水木サンの慧眼が光る。
次に出た『悪魔くん復活千年王国』では、〝悪魔〟はマントを着た毛むくじゃらの怪物で、こちらも魔女を使えるくらいで大した能力はない。それどころか、ズル賢くて強欲で、最終的には悪魔くんを裏切る真に悪いヤツだ。
それが「少年マガジン」の連載版では、前二作で登場していた頭に角のある禿げた天狗のような顔の「ヤモリビト」が、「メフィスト」として〝悪魔〟役になり、「悪魔くん」こと山田真吾とともにさまざまな〝魔力〟を駆使して、妖怪をやっつける話になる。
悪魔くん自身も、貸本版と「千年王国」の松下一郎は不気味な垂れ目の三白眼なのに、マガジン版の山田真吾は愛らしい少年になっている。この変化は、鬼太郎にも見られ、マイナーの貸本から、メジャーの雑誌に移行するにあたり、出版社の意向(つまりは大衆迎合)に沿ったものだろう。
同様の変更は、『悪魔くんノストラダムス大予言』でも引き継がれるが、アニメ化された「コミックボンボン」版の『悪魔くん』に至っては、〝悪魔〟はシルクハットと蝶ネクタイにマント姿の少年、「メフィスト二世」となって、不気味さのカケラもないキャラになり、往年の水木ファンを失望させた。
ストーリーもお子様向けのものが多いが、そこはさすがに水木作品。よく読めばゾクゾクするような話もある。
たとえば、「トン=フーチンの巻」では、死者が蘇って町にあふれ、教室で先生が児童に、「しばらく気もちわるいでしょうが」と言うと、ガイコツ児童が挙手をして、「先生!ガイコツを差別するようなことばはつつしんでください!」と抗議する。校長もガイコツになり替わっていて、「そうです。生者と死者を区別してはいけません」と諭す。これなどは、あらゆる差別を撤廃すべきという現代の世相を、行きすぎた形で先取りしたものとも思える。
貸本版および『千年王国』で、私が特に感心したのは、次の一言である。
「かしこいやつをバカにするとは……バカをかしこくするよりむずかしいかもしれないな」
これは〝悪魔くん〟と呼ばれる息子の〝異能〟を恐れた父親から、息子をふつうの人間にしてほしいと頼まれた家庭教師の佐藤のセリフだ。悪魔くんは従順そうに「算数のほうからみてもらいます」などと言いながら、「神秘幻想数学」や「古代エジプトの数学書」を出してきて、佐藤を困惑させる。
ふつうはバカを賢くしようとして苦労するが、実は賢すぎる者をふつうにするほうが至難の業ということだろう。
ロシアや中国、北朝鮮の独裁者を見てもわかる。現代において長期の独裁政権を維持するためには、相当な賢さが必要なはずだ。もし彼らがふつうであれば、早々に失脚して、隣国を侵略したり、人権を無視したり、核兵器を開発したりはしないはずだ。
賢すぎるから、ふつうの人間が到底容認できないことをする。つまりそれが〝悪魔〟ということだろう。

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久坂部 羊 (くさかべ よう)

1955年大阪府生まれ。小説家・医師。大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部付属病院にて外科および麻酔科を研修。その後、大阪府立成人病センターで麻酔科、神戸掖済会病院で一般外科、在外公館で医務官として勤務。同人誌「VIKING」での活動を経て、『廃用身』(2003年)で作家デビュー。

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