2014年
3月号

兵庫県医師会会長インタビュー 「特定秘密保護法」の危険性

カテゴリ:医療関係

~悪法から遺伝情報と人権を守れ!

兵庫県医師会会長
川島 龍一 先生

人権を蹂躙する「天下の悪法」

 みなさんもご存じの通り、世論の反対を押し切るといった形で、「特定秘密保護法」というとてつもなく危険な悪法が成立してしまいました。国家秘密を一般的国家秘密と「特別秘密」に分け、防衛・外交上の情報のみならず、警察が取り扱う特定有害活動の防止やテロリズムの防止に関する情報も、「特別秘密」として格上げし、これらの保護を特別に強化しようというものです。しかも情報の漏洩に対しては懲役10年もの重罰を科しています。その内容を詳細に分析すれば「何にも優る優先価値がある国家安全保障は官僚の専権事項であり、他者は介入すべきでない」という思想に貫かれた法律であることが明らかになりますし、「その情報が表に出ることで国家安全保障上著しい支障を及ぼすおそれがあれば、国会や裁判所への提出も行政機関の長の判断で拒否できることや、国民の知る権利や取材報道の自由という基本的人権に、特定秘密の保護を優先させる」ことが規定されています。これは、基本的人権を保障した憲法に違反するものとしか云いようがありません。
 その上、「特定秘密の取扱者から、秘密を漏洩する一般的リスクがあると認められている者をあらかじめ排除する仕組み」と説明される「適性評価制度」が設定されています。
 この評価の対象になるのは官僚をはじめとする公務員のみならず、役所から委託を受けている下請けの業者やその関係者まで広がります。例えば原子力発電に関する情報が「特定秘密」として取り扱われることになれば、原発の設計担当者や施工業者とその関係者、原発の現場で働く作業員まで、原発に関わっているすべての人が、秘密を漏らすおそれがあるとして適性評価の対象に含まれる可能性があります。
 適性評価ではどのようなことが調べられるのでしょうか。まず、特定有害活動(スパイ活動)やテロリズムとの関連を調査されます。これについては後述しますが、主義主張や思想の調査に結びつきます。また、性格、素行、異性関係、精神疾患の有無や病歴、更には酒癖、特異な行動、経済状況まで調べられてしまいます。
 となれば当然、評価対象者たちのみならず、家族、親族や交際関係者など、調査対象者周辺のプライバシーにまで踏み込んできます。一族郎党はもちろん恋人や友人に至るまですべてさまざまな経歴を調べられてしまうわけですが、さらに拡大解釈・運用されればあらゆる人の個人情報が丸裸にされてしまう危険があるのです。
 つまり、個人のプライバシーをどれほど侵害しようと全く意に介することなく、「国民の基本的人権など国家安全保障に比べれば取るに足らぬ存在」というもので、「適性評価制度」を拡大して適用すれば、国民を一人残らず監視するシステムになり得る危険なものです。
 特定秘密保護法の目的を掲げた第1条は、「特定秘密を指定し、適性評価によって取扱者を限定して、漏洩および漏洩への働きかけを広く重く処罰する」と読み取れます。

拡大運用と警察支配の可能性

 特定秘密保護法によって指定される特定秘密とは、何に関する秘密なのでしょうか。条文から引用すると

一 防衛に関する事項
二 外交に関する事項
三 特定有害活動の防止に関する事項
四 テロリズムの防止に関する事項

以上の4つの事項と規定されています。一の事項は防衛省が、二の事項は外務省が取り扱う内容で、これらは確かにわが国の安全保障のために重要な項目ですので、防衛機密・外交機密を守ることはやむを得ませんが、その情報の漏洩のみならず、情報の取得に対する共謀・教唆・扇動等にも重い懲役刑を科しており、当然ジャーナリスト、研究者、市民活動家、政治家等もその対象になります。何を秘密情報とするのかのルールがほとんど決められておらず政府は無制限にどんな情報でも秘密とし、永久に秘密のままにすることも、国民の知らぬうちに破棄することも可能となります。これらは「公的情報は国民のものである」という民主主義国家の大原則に反するものであり、このまま容認できるものではありません。
 しかも、問題は三と四の事項です。これらを取り扱うのは国家公安委員会や警察庁で、中でも公安警察が重要な役割を果たすことは明らかです。
 三の事項を詳しくみていきましょう。特定有害活動とはスパイ活動や工作活動のことに該当し、これらを阻止することは重要なことです。しかし、条文には「我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるものを取得する為の活動」「核兵器・軍用の化学製剤…を輸出又は輸入するための活動」そして「その他の活動」であって…[中略]…かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれのあるものをいう」とあり、この規定を悪用すればどんな人でも思いのまま逮捕することができるでしょう。
 次に、四の事項をみてみましょう。もちろん、テロリズムは断固阻止しなければなりません。しかしながら条文では、テロリズムの定義を「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。」とあり、私が医師会員である先生方に、「医療に市場原理を導入させぬ為にも、混合診療の解禁は何としても阻止する運動を展開して下さい」と要請することも、「テロリズム」と定義されてしまう可能性も充分に考えられます。さらに法律の適用が「…発生若しくは拡大の防止…」とあることから、主義主張に基づいた行動を何でも取り締まることが可能とも読み取れます。
 以上の通り、拡大解釈や拡大運用ができるような条文になっていることから、戦前の特別高等警察(特高警察)のような行動が可能となることに大いなる懸念を覚えます。そもそも日本の公安警察は歴史的にみると、戦後、特高警察がGHQの「人権指令」により廃止された際に、その経験・ノウハウを継承する後継組織として創設されたもので、1950年前後には公職追放されていた旧特高警察官の一部の方々も公安警察に復帰しているという事実もあり、特高警察の系譜を今なお受け継いでいる組織と考えられます。
 さらに一歩進んで、警察組織の情報活動により行政の長や議員、さまざまな業界団体のトップなどの弱みを握り、これを悪用して政治を左右する社会の出現にも繋がりかねず、そうなれば戦前のように、国民が軍や警察組織に支配され、恐怖政治が支配する管理社会に我が国が再び陥るという大変な世の中になりかねません。

時代や世界の流れに逆行

 特定秘密保護法のように、国家の秘密を保護する法律は世界各国で制定されていますが、やはり「安全保障のための秘密保護」と「知る権利の確保」の関係については、どこの国でも大きな課題になっています。
 そこで、世界各国から専門家が集まり、国際連合や米州機構、欧州安全保障協力機構も参加して議論し、2013年に「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」を採択しました。南アフリカ共和国のツワネで採択されたことから、通称「ツワネ原則」とよばれています。その原則1に「何人も、公権力によりあるいは公権力のために保有された情報を求め、受け取り、使用し、伝達する権利を有する」と規定しています。又、「国家安全保障と国民の知る権利はしばしば対立するが、国家安全保障上の利益が最大に保護されるのは、国の行為について国民が充分に知らされている場合である」と言明されています。原則5には「安全保障部門や謀報機関を含めたいかなる政府機関も情報公開の必要性から免除されず、国家は、全ての安全保障部門・機関の存在、それらを統制する法律・規制、それらの予算について知る権利を有する」と規定されていますが、我が国の秘密保護法では、公安警察や安全保障機関が行う情報収集活動を規制する規定は全く見受けられません。
 更にツワネ原則は、「国際人権・人道法に反する情報は秘密にしてはならない」「秘密指定の期限や公開請求手続きを定める」「メディアなど非公務員は処罰の対象外とする」などの原則にのっとるべきとしています。しかし、日本の特定秘密保護法は、ツワネ原則にのっとっているかというと、そうではありません。
 例えば、指定した秘密の開示についてツワネ原則では「無期限に機密扱いにしてよい情報はない」としていますが、特定秘密保護法では、5年を超えない範囲で有効期限を定められることになっているものの、繰り返し何度も期間延長が可能ですので、永久に情報が公開されない事態も起こり得ます。
 国家は国民が形成するものであり、民主主義の原則は国民の合意にあります。公的情報は国民のものであるという民主主義国家の大原則を崩してはなりません。本来ならその原則に立って、人権保護に関しても情報公開についても厳格な規定を定めるべきであり、ツワネ原則でもそう謳っています。しかし、特定秘密保護法はその原則に逆行しており、それを定めた我が国の政府は、人権無視の秘密主義に傾こうとしているのです。

医療情報・遺伝情報も狙われる

 医療分野も、特定秘密保護法と無関係ではありません。近年、遺伝子治療や先制医療の研究が進み、個人の遺伝情報の解析は当たり前のように可能になっています。遺伝情報や医療情報は究極の個人情報ですが、現在、医療イノベーションの名の下に、例えば「東北メディカル・メガバンク計画」や、神戸が手を挙げている国家戦略特区構想「ひょうご神戸グローバル・ライフイノベーション特区」で提案されている「日本版メディコンバレー構想」などで、これらの情報の収集がおこなわれようとしています。
 国が収集した個人の遺伝情報や医療情報が特定秘密に指定されると、どのようなことに利用しようが国民には全くわからなくなります。「何が秘密なのか」や「なぜ秘密なのか」も「秘密」なのですから。そうなれば国が個人の遺伝情報、医療情報を掌握する管理社会になり、国民を全てにわたってコントロールすることが可能となります。例えば戦前、我が国においては遺伝性疾患や精神疾患の患者さん達に対して、断種・堕胎を行ってその子孫を絶つということが合法的に行われておりました。又、ハンセン病の患者さん達は、単なる感染性の病気で遺伝性疾患では無いのにもかかわらず、同様に扱われ迫害と差別を受け続けました。
 遺伝子情報や医療情報で国民を支配することは、優生思想、さらには民族純化を叫びユダヤ民族の絶滅を企んだナチズムに直結する可能性を有し、大変危険なことなのです。

特定秘密保護法の暴走を防げ!

 特定秘密保護法は、主義主張に基づく行動をテロリズムとして「合法的」に取り締まることができる法律です。しかも罰則も規定されています。
 防衛や外交上の秘密の保護強化は、公務員法や自衛隊法など既存の法律を改正すれば充分可能と思われます。充分に審議の時間を取らず、世論の反対を押し切って、新たに特定有害活動やテロリズムに関する事項まで追加して秘密保護法を制定したのは、やはり公安警察の復権を願う警察庁の意向が、強く働いているのではないかと考えるのが自然でしょう。
 特に神戸では前述のとおり、特定秘密保護法を制定した安倍政権が主体的に指定する国家戦略特区において、日本版メディコンバレー構想が企画され、医療の営利産業化を目論むA社は、神戸市民の医療情報や遺伝情報の提出を市条例の制定により義務付けるという乱暴な案を提案しています。となれば当然、「合法的に」個人の医療情報・遺伝情報が大手を振って収集され、「合法的に」秘密事項に指定されて、それを公安が握るというシナリオも現実味をおびてきます。しかも神戸市民が自己の医療情報・遺伝情報の使用目的を尋ねただけで、逮捕・投獄されるかもしれません。
 国家の持つ情報はすなわち国民全員の共有物であり、例え防衛・外交上の秘密であっても、ある期間を経た時点で公開され全国民から検証される仕組みを持つべきなのです。さもないと、それこそ遺伝情報を含むIT化された個人のあらゆる情報が、特定秘密保護法の名の下に国民の全く知らぬ間に収集され、何も知らぬ間にさまざまなことに利用され、SF小説まがいの優生思想に基づく命の選別までが平気で実行され、それらの事実も全て闇に葬り去られるという世の中が実現してしまいます。
 そうならないよう、私たちは英知を集め、秘密保護法が暴走しないような法的規制をつくりあげなければなりません。その先頭に立つことは国手たる医師の集団である日本医師会の社会的使命ではないでしょうか。国民の基本的人権を守るためにも、兵庫県医師会としてその活動を強力にバックアップして参りたいと考えています。

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