11.25

WEB版・スペシャルインタビュー|映画監督 細田守さん
切り拓く映像の新境地…進化を止めないクリエイターの挑戦
世界の映画ファンや映像関係者たちが、新作を待ち望む日本のクリエイターがいる…。
「新作の公開までに4年半もかかってしまって。これまで同様約3年で完成させる予定だったのですが」。そう悔しさをにじませる一方で、「今回はかつてないほど新たな手法への試みが多く、また、そのハードルはいつもより高かった。それだけに時間が必用だったのです」と明かす細田守監督の表情は満足げで、かつ自信を伺わせた。世界が待望した新作『果てしなきスカーレット』に懸けた熱い思い、壮絶な制作秘話を聞いた。
■〝生と死〟をテーマに
前作『竜とそばかすの姫』が2021年7月に公開された直後。まだ、世界がコロナ禍に見舞われていたころ、細田監督は次作の構想を温めていた。
「当時、世界各国がコロナウイルスに対し、一致団結したかに見えたが、一転。ウクライナやガザ地区など世界中で戦争が相次いで始まりました。戦争が生み出す復讐、それに対する報復…。世界が先の見えない時代に入ってしまった。私たちの苦悩、葛藤、そして希望はどこに向かえばいいのか」
現代人が今、突きつけられている最も困難なテーマに、〝現代を生きる監督〟として、細田監督が、真っ向から挑み、制作しようと決意したのが、新作『果てしなきスカーレット』だった。
このテーマで描こうと決めたとき、ひとつのフレーズが、脳裏に浮かんでいた。
「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」
シェークスピアが400年以上前に、『ハムレット』のなかで人々に突きつけた、この難解な問いかけを、細田監督は、未だ戦争から脱却できないでいる現代社会へと蘇らせ、その一つの答えを導き出そうと試み、オリジナルの脚本として書き上げていく。
舞台は、中世のデンマーク。国王の父、アムレット(声=市村正親)を殺した憎き敵(かたき)、クローディアス(声=役所広司)の復讐に失敗した王女、スカーレット(声=芦田愛菜)は《死者の国》で目を覚ます。そこで、現代の日本からやって来た看護師の青年、聖(声=岡田将生)と出会い、二人は共に旅に出るが…。
現生と死の世界の中間に存在する《死者の国》は、本作の重要な舞台のひとつだった、と細田監督は語る。
そこは、果てしなき地平線と、遥か上空へと無限の空間が広がる壮大かつ幽玄な世界。
細田監督がイメージした〝究極の世界〟。その情景描写は圧巻だ。
「まだ誰も見たことのない《死者の国》」を描くために、細田監督は、かつてない大掛かりなロケハンを敢行している。
「ヨルダンやイスラエルの砂漠などを周りました。このロケハンの数か月後に、中東で戦争が始まったので、現在は渡航できないと思います」と語る。
■ハムレットとスカーレット
なぜ、シェークスピア、そして『ハムレット』だったのか?
「高校時代に初めて戯曲を読みました」と細田監督は振り返り、演出家、蜷川幸雄の舞台『ハムレット』を、「大学時代にテレビで見て、大きな衝撃を受けました」と続けた。
取材の冒頭、細田監督は、新作の完成まで、「4年半もかかりました」と話したが、『果てしなきスカーレット』の〝原点〟ともいえる『ハムレット』を意識したのは高校生時代のころだった。
つまり、2025年に公開される『果てしなきスカーレット』の構想は40年以上に及んでいたと言っても過言ではないのだ。
「ヒロインの〝スカーレット〟の名の由来も、実はこの〝ハムレット〟から来ているんですよ」と細田監督は教えてくれた。
圧倒的な映像、重厚な音楽に添うべく声優陣も豪華。
ヒロインは〝細田組〟初参加となる若き実力派、芦田愛菜。その相棒(バディ)的存在である聖の声優として岡田将生も初参加。そして、重鎮俳優の役所広司や染谷将太ら細田組常連の声優陣が脇を固める。
また、細田監督が大学生時代に見た蜷川演出の舞台に立っていた松重豊が、スカーレットの命を狙うコーネリウス役(舞台とは違う役)の声で出演しているのも、深い〝因縁〟を感じさせる。
■際限なきアニメーションの可能性
「作中における現在、中世のシーンはセルアニメーションで制作し、《死者の国》や未来のシーンはCGの手法を用いて制作しました」
中世のデンマークと未来の日本、そして《死者の国》をスカーレットはめまぐるしく行き交う。興味深いのは、細田監督は、これらの場面に応じて、巧みにアニメーションの制作スタイルを使い分け、世界観の魅力を最大限に表現している。
今から約20年前、細田監督の監督デビュー作『時をかける少女』(2006年)以来、筆者は細田監督を取材してきたが、20年前から一貫して細田監督が語ってきた印象に残る言葉がある。
「セルアニメーションでもCGでもない、まったく違う、新しい表現にチャレンジし続け、アニメーションの可能性を広げていきたい」
この高い目標を掲げながら、それを乗り越えるために、一作一作完成させ、継続してきた結果、〝辿り着いた〟『果てしなきスカーレット』の映像は、これまでの細田作品でも見せたことのない〝新鮮で斬新なルックと表現〟に満ちている。
現実の世界から目覚めたスカーレットが《死者の国》を彷徨いながら見る生と死の境目にある誰も観たことのない情景…。
この情景こそ、細田監督がアニメーション映画監督として描き出そうと挑み続けたきたフィクション(空想の世界)とノンフィクション(現実)の狭間を表出させた世界ではないか…。
過去作品の中で最も長い制作期間が費やされた『果てしなきスカーレット』。その理由は映像を見れば明らか。観客は、進化を止めない細田作品が紡ぎ出す底知れぬ映像の魔力に誘(いざな)われるに違いない。
文 = 戸津井康之
撮影 = 鈴木厚志
『果てしなきスカーレット』
キャスト
芦田愛菜
岡田将生
山路和弘 柄本時生 青木崇高 染谷将太 白山乃愛/白石加代子
吉田鋼太郎/斉藤由貴/松重豊
市村正親
役所広司
ⓒ2025 スタジオ地図
11月21日から全国で公開中

アニメの可能性を模索し続けてきた細田監督が、新作で試みた製作秘話の一端を明かしてくれた

この日の大阪での取材後、すぐに米LAに向けて細田守監督は飛び立っていった

スカーレット(芦田愛菜)と聖(岡田将生)が〝新たなバディ〟映画の可能性を広げる

取材で答える細田監督の語り口から、新作への確かな手ごたえと自信を感じさせた

新作『果てしなきスカーレット』のメインカットからも、これまでの細田作品とはイメージが異なることがわかる

役所広司が〝命を吹き込んだ〟クローディアス。細田監督は「早くからこの役は役所さんで」と決めていたという












