8月号
連載 教えて 多田先生! 素粒子物理学者の宇宙物理学教室|〜第26回〜
暗黒物質の候補
前回は、宇宙全体でどれくらいの暗黒物質が存在しているのかを考えてみました。宇宙全体で見た量はとても多く、宇宙のほとんどを占めるいっぽうで、「密度」自体はとても薄い、ということでした。今回は、いよいよ、その正体は何なのか、その候補について考えていきましょう。
前回は、宇宙全体でどれくらいの暗黒物質が存在しているのかを考えてみました。宇宙全体で見た量はとても多く、宇宙のほとんどを占めるいっぽうで、「密度」自体はとても薄い、ということでした。今回は、いよいよ、その正体は何なのか、その候補について考えていきましょう。
まず、前回と前々回でお話しした、暗黒物質の特徴について振り返っておきましょう。
光学的に観測できないことから、恒星のように光り輝いてはいません。
MACHOのように塊になっているものも多少はありますが、量が少なすぎるので、暗黒物質のうちおもなものは、塊にならず、粒子単位でばらばらになって薄く広く分布しています。
宇宙初期に起こった現象から計算するに、そもそも、我々が普通に扱う電子や陽子といった物質は、その量が宇宙のほんの一部しか占めないので、それ以外の「なにか」である必要があります。
このようなことを鑑みるに、暗黒物質の候補として考えられるのは、なんらかの粒子で、しかも電子や陽子と反応しにくい、つまり観測しにくいものである必要があります。というのは、反応しやすければ、それらとくっついて(反応して)、塊になってしまったりしますし、そもそもこれまでの長きにわたる科学の歴史の中で、観測されていない、などということが起こりえないからです。通常の物質と反応しにくいからこそ、我々に観測されてこなかった、つまり「暗黒」だったのです。
通常の物質とは反応しにくい粒子には、大きく分けて二つあります。ひとつは、すでに発見されている粒子です。もうひとつは、あまりに反応しにくいために、いまだ発見されてすらいない粒子です。
前者は、本連載をずっとお読みくださっている方は、すでにご存じのはずです。そう、本連載の初期の主役であった、ニュートリノです。ニュートリノには、いくらかまではわかっていませんが、質量があること自体はわかっています。その質量いかんによっては、宇宙全体の質量を説明できるようになるかもしれません。質量がいくらかは、今後、我々素粒子物理学者が解き明かしていくことになります。
後者は、「いまだ発見されていない」ということですから、言ってしまえばなんでもありなわけですが、実はすでにいくつか候補が考えられています。これらの中でも、さらに二つに分けられます。重いか、軽いか、です。ずいぶん漠然とした分けかたですが、あとで説明するように、重い軽いの違いは相当大きくて、質量にして何桁も違います。重いか軽いかのなにが重要なのかと言うと、「こうであってほしい」というのは宇宙全体で見た総質量なのですから、重い粒子だと数は少なくとも必要条件は満たし、軽い粒子だと相当な数がないとそれを満たさない、ということです。ですから、たとえば「軽くて数が少ない」などという粒子は候補から外せるのです。こうして残った候補としては、重いほうには、WIMPがあります。これは実は粒子の名前そのものではなく、「Weakly Interacting Massive Patticle(弱く相互作用する重い粒子)」という、今回説明した性質をそのまま書いたような一文の略称で、このような粒子の総称です。具体的な粒子としては、ニュートラリーノがあります。いっぽう、軽いほうの候補は、アクシオンです。
これらの粒子がそれぞれどんなものなのかは次回お話するとして、今回は、もうひとつ、重要な点に触れておきます。今挙げた候補で、すでに発見されているニュートリノと、いまだ発見されていないニュートラリーノとアクシオンとでは、大きく異なる点があります。それは、速度です。この速度は、それぞれの粒子の生まれ方が関わってくるのですが、簡単に言ってしまうと、ニュートリノは速く、ニュートラリーノとアクシオンは遅いのです。ニュートリノが光の速さと同じくらいの速度を持つのに対して、ニュートラリーノとアクシオンはそれに比べればほとんど止まっているようなものです。速い暗黒物質を「Hot Dark Matter(熱い暗黒物質、HDM)」、遅い暗黒物質を「Cold Dark Matter(冷たい暗黒物質。CDM)」と言います。
この速度がなぜ重要かというと、それぞれが宇宙に及ぼした影響の範囲が大きく異なるからです。つまり、速い粒子は同じ時間で遠くまで移動できるので、広い範囲、言い換えれば、宇宙の大きな構造にまで影響を与えます。大きな構造とは、銀河よりもっと大きな構造です。いっぽうで遅い粒子は近くのものにしか影響を与えません。遠くまで行くのに時間がかかるからです。このように、宇宙の構造に対する影響が異なるために、熱い暗黒物質がどれだけあって、冷たい暗黒物質がどれだけあって、という仮定をすると、宇宙がどのように成長していくのか、そのシミュレイションができます。そのシミュレイションの結果を、現実のこの宇宙の姿と比較することで、その仮定した量が妥当かを判断できます。そのシミュレイションは、すでにいくつも行われてきています。その結果言えることは、熱い暗黒物質はほとんどなく、冷たい暗黒物質が主たるものであるほうが、現実の宇宙の姿に合っている、ということです。ニュートリノであれば、謎が多くてもすでに発見され、存在していることは事実なのですが、残念なことに、暗黒物質の候補としては、それ以外の、「発見すらされていない、あるかどうかもわからない」粒子のほうが、残ってしまったのです。
では、その残った候補、ニュートラリーノとアクシオンがそれぞれどんなものなのか、次回くわしく見ていきましょう。
PROFILE
多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。












