2024年
9月号
「タマ、帰っておいで 019 自宅にて」2014年、個人蔵

神戸で始まって 神戸で終る 51

カテゴリ:文化人, 現代美術

『レクイエム 猫と肖像と一人の画家』と題する展覧会が、9月14日から横尾忠則現代美術館で開催されることになりました。本展のキュレーションは、学芸員の平林恵による「横尾が見送ってきた親しい人々と愛猫に思いを馳せる展覧会」で、肖像作品や作家の言葉で構成されたものです。
「肖像(遺影)」を展示する部屋では、家族や友人をはじめ、作家の生き方や創作に影響を与えた人の肖像画や関連資料を紹介し、「肖像」の部屋に対して「猫」の部屋では、愛猫タマを偲んで描いた『タマ、帰っておいで』(講談社刊)の原画シリーズのほか、在りし日のタマの写真やスケッチを展示すると聞いています。本展は、いわゆる死者との交流を、此岸と彼岸を往来しながら時空を越えて共存するヨコオワールドを体感する場になればと平林は言っています。
 
ここ数年の間に、かつて創造を通して交流した、日本の代表的な文化人、芸術家が驚くほど沢山鬼籍に入ってしまいました。僕がグラフィックデザイナーとして本格的にスタートしたのは1956年。神戸新聞社の勤務デザイナーを退職して1960年に上京、日本デザインセンターに入社した時点から始まります。
この会社には、日本有数のトップデザイナーが集結していました。しかしその多くは、すでに鬼籍の人となっています。
4年間勤めたあと、僕はフリーランスのデザイナーになり、この時代を形成した多くの芸術家と交流しながら、様々な現場でコラボレーションを繰り返してきました。本展では、このような芸術家の仲間とコラボした作品が展示されています。この時代を共有した芸術家の大半は、もう現世にはいません。ということは、こちらが彼らより老齢になってしまったということです。だからこのような展覧会が可能になっているのです。
本展がレクイエムと名付けられたのは、本展に登場する人達全員が死者だからです。ここ数年の間に、友人、知人が大量に亡くなりました。僕の電話帳のほとんどの名前は死者です。用のない電話帳になってしまいました。此岸にいる友人、知人はほんのひと握りで、親しかった人達は、全部彼岸へ出掛けてしまいました。あと何十年もしないうちに、それらの有名人は無名人になってしまいかねません。「あの人は―」なんて言っても、「その人は誰ですか?」と聞かれそうです。
僕はあと何年生きるか知りませんが、かつての僕の友人、知人もそのうち、現在の人達とは無関係の歴史上の人物になるか、忘却の人になるか、どっちかです。
現に僕の周辺の友人、知人も、どんどんいなくなっています。誰かの話をしても、大半は死者になった人のことばかりです。いよいよ人との会話も通じなくなりつつあります。僕の口から出る人の名前の大半は死者です。そのうち、「横尾さんと話していても、出てくる人は死んだ人ばかりで、この時代の人の話は出てきません」と言われそうです。
もう死んだ人に用はないのです。死んだ人は全て過去の人、何人かは歴史上の人物になるでしょうね。時代の進行は物凄く早いので、死んだ人の時代遅れの話など聞きたくも知りたくもないでしょうね。亡くなった人の大半はスマホもパソコンも操作のできない人が大半です。生きているこの僕も、スマホもパソコンも扱えません。AIの日常化は、もう目の前に来ています。そのような時代に僕が、この現世に生きている価値のない人間として社会的に葬られるのは、時間の問題かも知れません。
今回の展覧会を見に来た人の中には、「この人は一体誰ですか?」と首をひねる若い人がいてもおかしくないと思いますよ。そのうちあと何十年、いや、あと何年もしないうちに古典になってしまうかも知れません。『横尾忠則現代美術館』という名称も、いずれ「現代美術館」から「博物館」に変わってしまうかも知れません。あと何十年もすれば、完全に過去の作品で、そこに登場するレクイエムの人達はもはや時代物です。そんな時代がもう僕には見えています。あちらの世界、つまり彼岸から、僕は自分の作品が江戸時代などの延長に並んでいるような気がしています。だったらまだマシでしょうが、展示してもらえない時代のゴミにされてしまうかも知れません。まあ、そんな消滅していく状況を向こうから見るのも、愉しみのひとつになるかも知れません。
まあ、レクイエムとはそういうことを語る展覧会じゃないでしょうか。

「レクイエム 猫と肖像と一人の画家」ポスター・筆者作、写真・篠山紀信

「タマ、帰っておいで 019 自宅にて」2014年、個人蔵

「タマ、帰っておいで 088 アトリエにて」2020年、横尾忠則現代美術館蔵

撮影:横浪 修

美術家 横尾 忠則

1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。2023年文化功労者に選ばれる。

『レクイエム 猫と肖像と一人の画家』2024年9月14日(土)~12月15日(日)
横尾忠則現代美術館(神戸市灘区)にて。

横尾忠則 現代美術館

月刊 神戸っ子は当サイト内またはAmazonでお求めいただけます。

  • 電気で駆けぬける、クーペ・スタイルのSUW|Kobe BMW
  • フランク・ロイド・ライトの建築思想を現代の住まいに|ORGANIC HOUSE
〈2024年9月号〉
L’AVENUE|パティスリー[KOBECCO Selection]…
KOBECCO お店訪問|第21回 KOBE 7ホテル食の旅 チャリティーランチ…
Movie and CARS|日産GT-R
SPIGOLAで靴を創るということ|ビスポーク:A氏の場合|『クロコダイルスエー…
平尾工務店|目次[PR]
BMW 駆けぬける歓び[PR]
最高の神戸ビーフ|ビフテキのカワムラ|扉 [PR]
大江千里、横尾忠則の聖地でJAZZを奏でる
⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.46 シンガー…
「ヒューマンなまち」三宮を目指して
神戸偉人伝外伝|扉
近代建築の巨匠、フランク・ロイド・ライトを学ぶ|Chapter 4 ユーソニアン…
STUDIO KIICHI|革小物[KOBECCO Selection]
フラウコウベ|ジュエリー&アクセサリー[KOBECCO Selecti…
ブティック セリザワ|婦人服[KOBECCO Selection]
ボックサン|神戸洋藝菓子[KOBECCO Selection]
マキシン|帽子専門店[KOBECCO Selection]
㊎柴田音吉洋服店|ハンドメイド ビスポークテーラー[KOBECCO Select…
御菓子司 常盤堂|和菓子[KOBECCO Selection]
亀井堂総本店|瓦せんべい[KOBECCO Selection]
ゴンチャロフ製菓|洋菓子[KOBECCO Selection]
マイスター大学堂|メガネ[KOBECCO Selection]
ガゼボ|インテリアショップ[KOBECCO Selection]
トアロードデリカテッセン|デリカ[KOBECCO Selection]
神戸御影メゾンデコール|オートクチュールインテリア[KOBECCO Select…
アレックス|トータルビューティーサロン[KOBECCO Selection]
永田良介商店|オーダーメイド家具[KOBECCO Selection]
竹中大工道具館 邂逅―時空を超えて|第十二回(最終回)|究極の削り華を求めて ―…
神戸で始まって 神戸で終る 51
ビアンヴニュ・大下さんと歩くKOBECCO パンさんぽ|Vol. 16 ADAS…
ビフテキのカワムラで〝本物〟の神戸ビーフを心ゆくまで
神戸から日本一、そして世界へ 神戸ファストジャイロの挑戦
【特集】神戸ファッション協会×台湾デザイン研究院 連携事業開始!
【特集】神戸ファッション協会×台湾デザイン研究院 連携事業開始!|8/5 淡路瓦…
【特集】神戸ファッション協会×台湾デザイン研究院 連携事業開始!|8/5 神戸レ…
【特集】神戸ファッション協会×台湾デザイン研究院 連携事業開始!|8/6 豊岡の…
【特集】神戸ファッション協会×台湾デザイン研究院 連携事業開始!|8/7 丹波立…
【特集】神戸ファッション協会×台湾デザイン研究院 連携事業開始!|8/7 神戸フ…
【特集】神戸ファッション協会×台湾デザイン研究院 連携事業開始!|大阪・関西万博…
HYOGO産を世界に発信するPROJECT|期間 : 9月4日(水)~24日(火…
連載 Vol.5 六甲山の父|A.H.グルームの足跡
神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~(53)前編 井上靖
映画をかんがえる | vol.42 | 井筒 和幸
連載 教えて 多田先生! 素粒子物理学者の宇宙物理学教室|〜第15回〜
2024 HYOGO産を世界に発信するPROJECT|今年も大丸神戸店でHYOG…
2026年春、兵庫区に開校予定|マツダ自動車整備専門学校(Mazda Autom…
高山荘華野 新客室|銀泉と北欧サウナ(水風呂付)を楽しむぜいたく高山荘華野の新客…
全国の同世代の仲間ができる環境で、様々な価値観に触れ、切磋琢磨しながら自己成長を…
世界屈指の名門校ノースロンドン・カレジエイト・スクールが2025年に神戸校を開校…
「事後保全」から「予防保全」へ 構造物の調査・診断から補修補強工事まで一貫して提…
講義充実!聴講生は年齢不問兵庫県阪神シニアカレッジ
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第157回
神大病院の魅力はココだ!Vol.35 神戸大学医学部附属病院 泌尿器科 三宅 秀…
出会いと学びの旅から Vol.09
神戸のカクシボタン 第129回 多くの方に知ってもらい、触れてほしい 『西宮能楽…
連載エッセイ/喫茶店の書斎から100 湯気の向こうから
今月の映画
有馬温泉歴史人物帖 ~其の拾八~ 鈴木 清(すずき きよし)  1848~191…
ベトナム元気X躍動するアジア 第9回|ベトナム機械部品製造の新展開―新進のベトナ…
あいまのりすと ~タイムリミット1時間の小散歩~ Vol.9