2024年
8月号

映画をかんがえる | vol.41 | 井筒 和幸

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

先日、都内のシネコン映画館の前を通りかかると、思わず立ち止まってしまった。壁には公開中のアニメのポスターばかりが居並んでいる。こんなことは半世紀前にはなかったからだ。すると、傍から同年輩のおじさんがボクの顔を見つけて、「どっか、よその国にいるみたいですな。カントクでしょ、私も関西ですねん、映画大好きなんやけど、今は観たくなるようなもんは皆目ないですな。昔の映画はおもろかった。カントクも関西弁飛びかう映画作ってくださいよ」とまくし立てられた。「そうですわ、作らなあきませんわ」と頷くと、彼は続けて、「この前、『ソイレント・グリーン』ちゅう、知ってるでしょ?チャールトン・ヘストン主演のSF、観たんです。新宿の劇場で。50年前に中学の時に見て以来で、時代設定が50年後のちょうど今頃なんで、よく出来てるなって……」と道の真ん中で映画談義が弾んで、久しぶりに愉しい時間だった。
『ソイレント・グリーン』(73年)は当時、大阪千日前の名画座で観た気がする。2本立てで9百円か千円だったか。横長のワイドスクリーンで座席もせり上がり、映像に没頭できる映画館だった。だが、90年初めに再開発でビルごと消えてしまった。映画館を殺す街に文化はないと思う。その映画は人口爆発寸前の未来のニューヨークが舞台で、電気も食料も全く足りず、金持ち層と仕事も家もない貧困層の超格差社会となり果てた街で、人々はソイレント・グリーンという謎の人工食品の配給を待って生きるしかないディストピアを描いていた。『猿の惑星』(68年)のチャールトン・ヘストンが珍しく服を着て、謎の食品に絡む殺人事件を追う刑事役だった。彼は刑事には見えなかったが、今の世界の格差分断を予言するような面白い話だった。
映像の迫力が違うシネマスコープというワイドスクリーンが登場したのは50年代初めだ。画面の縦横比は1対2・35で、従来のスタンダード画面の、横幅が2倍の画角で写り込む特殊圧縮レンズで多くの娯楽映画は撮られてきた。『アメリカン・グラフィティ』(74年)のあの60年代初めの郷愁感や平和感は、そのレンズ効果で生かされていた。シネスコは情景や人の動きに見とれて、本筋を忘れてしまうほどの圧倒感がある。ボクも駆け出しの頃はシネスコサイズで修業した。4畳半部屋の現場ではスタッフの居場所もないほど広い範囲が写り込んだが、そこで、シネスコレンズのミリ数(焦点距離)の特性を知り、画面の作り方を学んだ。例外だが、『ゴッドファーザー』(72年)はワイドではなくスタンダード画面だ。縦横比は1対1・37。そんな四角く狭いスクリーンで観ていたのかと疑ってしまうが、本当だ。あの映像には万人を打ちのめす魔力がある。
1990年の暮れ、ボクは相棒のキャメラマンと一緒にハリウッドの機材会社のパナビジョン社を訪れた。新製品のシネスコレンズのテストをするためだった。日系人の副社長がランチを奢ってくれて、「うちのシネスコレンズは大活躍してきたよ。『ベン・ハー』(60年)の70㍉レンズはボクが作ったし、不評を買ってユナイト映画を倒産させた『天国の門』(81年)も画像は凄いでしょ」と笑っていた。
ボクもこの映像はとても映画らしいと思っている。19世紀末のワイオミング州で東欧から流入した移民たちが牛泥棒をするので、牧場主らが傭兵を雇って移民たちを虐殺する話だ。実際は映画のような大虐殺はなかったようだが、権力者たちが移民を迫害して紛争したのは史実だ。でも、81年の公開時に見逃していた。すぐに打ち切られたからだ。大スクリーンで初めて観たのは10年ほど前だ。新宿の300人以上入る映画館のオールナイト上映だった。文句なしに圧倒された。場内で映画人たちや俳優らに出会うかと思ったが、一人も見なかった。折角、フィルム原版の色彩感や空気感、醍醐味を実感できる二度とない機会だったのに、寂しいことだ。今の俳優諸君は懐かしきワイド画像は知らない。デジタルの横長画面は圧倒感がない。嘆いているのはボクだけだろうか。


PROFILE
井筒 和幸

1952年奈良県生まれ。奈良県奈良高等学校在学中から映画製作を開始。8mm映画『オレたちに明日はない』、卒業後に16mm映画『戦争を知らんガキ』を製作。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降、『みゆき』『二代目はクリスチャン』『犬死にせしもの』『宇宙の法則』『突然炎のごとく』『岸和田少年愚連隊』『のど自慢』『ゲロッパ!』『パッチギ!』など、様々な社会派エンターテイメント作品を作り続けている。映画『無頼』セルDVD発売中。

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