2024年
7月号

神大病院の魅力はココだ!Vol.33 神戸大学医学部附属病院 眼科 中村 誠先生に聞きました。

カテゴリ:医療関係

体の中の小さな器官「眼」は情報を得るために日々とても重要な働きを担っています。普段はあまり気に掛けることのない眼の病気や健康について眼科の中村誠先生にお聞きしました。

―眼科の診療領域は?
主に眼球とその器(うつわ)にあたる部分「眼窩(がんか)」、まぶた「眼瞼(がんけん)」、涙の通り道「涙道」に起きる疾患の診断と内科的・外科的治療が領域ですが、全身の疾患や症状と関わっているケースが多いのが眼科の特徴です。

―全身と関わるとは?
例えば、視野が欠ける「視野欠損」やものが二重に見える「複視」などの症状は、脳にできた腫瘍が視神経や眼球を動かす神経を圧迫して起きている場合もあり脳神経内科・外科と連携して治療をします。糖尿病の三大合併症の一つ「糖尿病網膜症」、甲状腺疾患の一つ「バセドー病」などは内科と深く関わる眼の病気です。

―大学病院の眼科を受診する必要がある疾患にはどういうものがあるのですか。
緑内障の中でも治療が難しいケースや眼球から網膜が剥がれる「網膜剥離」、重症化した糖尿病網膜症、甲状腺と関連して眼球を支える筋肉が太くなり突出する「甲状腺眼症」、虹彩・毛様体・脈絡膜を総称するぶどう膜に炎症が起きる「ぶどう膜炎」などなど、専門的な治療が必要な疾患は非常に多岐にわたっています。ぶどう膜炎には自己免疫疾患の一つ「ベーチェット病」が眼に現れるケースもあります。さだまさしさんの「解夏」でご存じの方もあるかもしれません。

―白内障の手術は一般の眼科クリニックでも行われていますが、緑内障も治療によって回復は可能なのですか。
白内障は眼のレンズの部分「水晶体」が濁る病気で人工のレンズと置き換える手術で回復します。緑内障は成り立ちが全く違う病気です。眼に写った情報を脳に運ぶケーブル「視神経」が少しずつ断線して情報が脳にきちんと伝わらなくなると視野が欠け始め、完全に断線してしまうと失明に至ります。さまざまな要素が絡まっていて、大きく2つのタイプに分かれます。常に眼の中を循環している水は、虹彩の裏から作られ、瞳孔を通過し、隅角(角膜と虹彩)のフィルターを通って排出され血管へと吸収されます。ところが加齢により分厚くなった水晶体が虹彩を圧迫すると、せり上がり排水溝を塞いでしまいます。水が外に出られなくなると眼圧が上がり視神経を圧迫したり、断線したりします。これが「閉塞隅角緑内障」で、発症当初であれば水晶体を人工レンズと置き換える手術で治療は可能です。もう一つは隅角のフィルター機能が衰えスムーズな排水ができなくなる「開放隅角緑内障」です。大半の場合、眼圧は上がらないにもかかわらず視神経が体質的に弱いため断線が起きてしまう「正常眼圧緑内障」です。日本人の緑内障患者さんの8割程度がこのケースだといわれ、点眼薬で眼圧を現状よりさらに下げて視神経の傷みが進まないようにするのが現段階でエビデンスのある唯一の治療法です。しかし眼圧を下げる治療には限界があり、また下げても進行するケースもあります。神大病院では今、緑内障の基礎研究を踏まえた上で新たな薬の特定臨床研究を始めようとしています。

―若年層でも眼の病気は起きるのですか。
近視が比較的強い若い人に網膜剥離が起きるケースがあります。眼球が奥に向かって膨らむのが近視ですから、風船が膨らむと薄くなるのと同じように網膜も薄くなり破れやすくなったり穴が開いたりします。
中高年の糖尿病患者さんに発症するのが糖尿病網膜症です。血糖が高くなると血管がボロボロになり、血液が漏れ出すと透明であるべき網膜が濁ってしまい見えにくくなります。網膜の細かい血管が詰まり栄養が行き渡らなくなると、それを補おうと新たな血管「新生血管」が生えてきて網膜が引っ張られ剥離が起きます。最悪の場合、新生血管が隅角に絡みつき排水溝を塞ぎ眼圧が上がる「血管新生緑内障」を発症します。糖尿病の治療が進歩して合併症である網膜症は減少傾向にあります。

―主な治療法は?
点眼薬を使う内科的治療、白内障や緑内障では手術で切ったり、レーザーで隅角に刺激を与えたり、虹彩に穴を開けたりする外科的治療、また「硝子体手術」では細い針を白目の部分の数カ所から硝子体内に入れ、中からライトで照らし水を流し込みながら処置をします。例えば、糖尿病網膜症では不要な新生血管を取り除いたり、網膜剥離では破れた箇所を修復したり特殊なガスを注入して剥がれた網膜を壁に押し付けたりします。眼の奥の網膜中心部分に不要な血管が生えて視界を邪魔したり破れて出血したりする「加齢黄斑変性」では点眼薬が浸透しにくく、硝子体注射で薬剤を直接注入して新生血管を抑え込みます。

―眼にどんな初期症状が現れたら病気を疑って眼科を受診したほうがよいのでしょうか。
視力低下、視野が欠ける、ものがかすんだり歪んだりして見えるなど感覚器官としての症状、また同じ方向を見ているはずの左右の眼が眼球運動の低下により異なった方向を向き、別のものを同時に見てダブって見えてしまう複視、眼の表面の角膜が荒れたり傷ついたりして三叉神経が痛みを感じる眼痛などがあります。また通常は筋力が衰えて瞼(まぶた)が下がる眼瞼下垂ですが、一日の中で症状が変化する場合は筋肉を動かすために脳から出る指令がうまく伝わらなくなる「重症筋無力症」の初発症状の疑いがあります。自己免疫疾患の一種ですから内科的な治療が必要です。涙道が詰まると涙があふれますが、涙道内で感染を繰り返すようであれば手術も必要です。

―眼の健康のために日頃から気を付けることはありますか。
私が眼科医になった頃は「加齢黄斑変性は日本人にはほとんどない病気」と言われていました。ところが遺伝的要素や喫煙のほか、食生活の変化や平均寿命が伸びたことなどが理由で急増するようになりました。若い頃からの生活習慣の見直しが大切です。
緑内障の中でも特に日本人に多い開放隅角緑内障のリスクファクターの一つが近視です。20年前、40歳以上の人の緑内障有病率は約5パーセントといわれていましたが、2019年には約8パーセントまで増加しています。スマホやゲームなど子どもの頃から近視になる要素が多く、今後さらに有病率が高くなるのではないでしょうか。近視は網膜剥離の原因にもなります。放置することなく、また学童期には一日に2時間程度は外で過ごすようにしてほしいと思います。

中村先生にしつもん

Q.中村先生はなぜ医学の道を志されたのですか。
A.子どものころ病気で病院に通うことがあり、病気を治しているドクターを見て何となく関心を持っていたと思います。中高生のころは教科の中で生物が好きで、幼児体験と好きな学問を考え合わせて医学の道を選ぶことになりました。

Q.眼科を専門にされたのはなぜですか。
A.眼科が面白いと思った理由は、内科的なことと外科的なことのどちらもできるというところです。患者さんが来られたらまず診察をして、診断をしたら薬物療法から始めるのか手術をするのかなど、眼科医自身が決める方針に沿って治療を進めます。また、治せる病気が多く、治療によって改善した結果を患者さん自身がダイレクトに自覚できるので喜んでもらえます。若いころは、手術をして「目が見えるようになった!」というところに神秘的なイメージを持って憧れていたかな…中学生のころに見たチャップリンの映画「街の灯」に感化されていたのかもしれません(笑)。

Q.病院で患者さんに接するにあたって、また大学で学生さんに接するにあたって心掛けておられることは?
A.大学病院には複雑な背景を持った重症の患者さんが来られます。眼のことをきちんと診ることはもちろん大事ですが、背後に潜んでいる疾患や生活習慣を見逃さないようにしなければなりません。眼の症状を引き起こす全身疾患がないかを常に注意して診察しています。また私が専門としている緑内障の治療は現状維持が精いっぱいということもあり、残された視機能で満足できる生活を送ってもらえるように情報提供や社会的支援まで念頭に置くようにしています。大学では基本的には双方向の講義を取り入れています。「ハーバード白熱教室」のマイケル・サンデル教授のように…と言っても哲学と違って医学ではそこまでは難しいのですが、できるだけ近付けようと心掛けています。

Q.先生ご自身の健康法やリフレッシュ法は?
A.ボイストレーニングです。仕事を始めてからは忙しくて続けられなくなってしまいましたが、実は学生時代はピッコロ演劇学校に通っていました。教授になって体の衰えも感じる年齢になったころ、演劇を続けている同期生に会う機会がありました。見るからに健康そうで、私は「これではいかん!」とボイストレーニングを再開し、その一環として月に二度ほどカラオケで1時間ひたすら歌い続けています。またピッコロ時代に習った狂言も本格的に指導を受けるようになりました。腹式呼吸で声を出してインナーマッスルが鍛えられるカラオケと狂言は明らかに体にいいですよ。体の調子がすごく良くなって、外来で午後3時ごろになると疲れて頭が痛くて声も出にくくなっていたのが、今では何時になっても大丈夫!元気です。筋肉は嘘をつきません。

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