4月号
神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~㊽後編 小松左京
未来への提言は地球規模…
〝素頓狂で規格外〟のSFを開拓
神戸一中時代の片思い
日本SF界の巨匠、小松左京は作家デビューした1961年から2011年までの約半世紀にわたり、日本SF界を牽引してきた。
「日本沈没」や「復活の日」など映像化された作品も多く、SFの魅力を広く世に伝えた。片や、青春期を神戸一中や京都大学などで過ごし、関西への愛着は深く、「関西新空港」や「けいはんな学研都市」の建設を提案するなど関西政財界のブレーンとしても影響を与え続けた。
その陽気で豪放磊落な性格は作風からもあふれ出しているが、意外にも小松は自身の青春時代をこう振り返っている。
《「青春」とははたで見るほどすばらしいものでも何でもなく、不細工で、汗くさくて、はずかしくって、何ともやりきれないものである》と。
1975年に刊行された自伝的エッセー集「やぶれかぶれ青春期」(旺文社文庫)のまえがきは、小松らしくない、こんなネガティブな言葉で始まる。彼の思春期は、まさに第二次世界大戦の開戦直前から戦中、そして戦後の中で翻弄され続けたことがわかる。
だが、一方で神戸一中時代に過ごした青春は、今の平和な時代と変わらない若者特有の、また、どの時代にも普遍の若者らしい夢にあふれた、豊かで輝かしい記憶に満ちている。
小松の神戸一中時代の同級生の中に、後に俳優となる高島忠夫がいた。気が合った二人はジャズバンド「レッド・キャッツ」のメンバーだった。
「やぶれかぶれ青春期」の中に、高島が「神戸一中時代の小松左京と私」というタイトルで興味深いエッセーを寄稿している。
《…レッド・キャッツというジャズバンドね。これには小松もヴァイオリンで入っていた。私はギターでした。ま、後にドラムに変わりましたけど》
この中で高島は、小松のこんな秘密もばらしている。
《それから、バンドのことで想い出すのは、当時、西宮の今津というところに、美しい姉妹がいるということで、小松らと、何とかそこへもぐり込もうと計画したこともありましてね》
そこで二人が考えたのが、「ただでバンド演奏するから」と理由をつけてパーティーにバンドメンバーとして参加し、二人に近づくことだった。
この話を〝落ち〟まで読むと驚かされる。
《実は、その妹の方が、後に私の女房になる寿美花代だったんですがね》
宝塚歌劇団の男役で活躍後、高島と結婚した寿美花代のことだ。高島と同じく小松も彼女のことが好きだったのだ。そのことを高島は当然、知っていたはずでこう綴っている。
《それで、小松よく言うんですよ。この人(私の女房のこと)いったいだれと結婚するんやろう、なんて、まるで女王様のように彼女のことを見ていたんですが、私と結婚してしまって夢が破れたなんてね。まあ冗談ですが》
決して冗談ではなく小松は本気だったに違いない。
次元の違うアイデア
前回、この連載で紹介した作家、田辺聖子も、この「やぶれかぶれ青春期」の中にエッセーを寄せている。
《この正月、新聞を読んでいると、各界の名士がそれぞれ、これからの日本についてのいろんなプランやデザイン、更には期待、要望などを述べていられた。新年恒例の企画読物である》
小松と仲が良かった田辺のエッセーのタイトルは「小松左京サンについて」。
《…道徳的に人心をたて直す、軍縮をする、あるいは政治家の自覚をうながす、などと、それぞれ適切な名論卓説が並んでいる》と名士たちの持論を紹介し、いよいよ小松の登場だ。
《そうして、その一隅に、われらの小松左京氏も語っていた。なんと、彼は日本どころか、これからの地球の話をしているのだ。地球全体としての認識を深め、地球の管理機構を作ろうと提唱しているのである》
2024年の今。ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナなど世界各地で戦争・紛争は続き、環境問題は深刻化し、世界各地で自然災害は絶えない。将来、地球規模で取り組まなければ解決しない、人類が突きつけられる事態を彼は予測し憂いていたのだ。
《私は、ほかの人と小松サンの話と、あまりに次元がちがうので、思わずふき出してしまった。しかしこの、体をぐっと後へ引いて、地球全体を視野に入れるという姿勢は、小松サンという人を象徴しているようである》
田辺がこう親しみをこめる小松サンは、自身の青春をかなりネガティブに振り返っているが、その素晴らしさも謳歌していた。
《…一方では、途方もなく無責任で、間がぬけていて、ムチャクチャで、ばかばかしくて、素頓狂で、おかしいものである》と。
ムチャクチャで素頓狂?まさしくこれは小松たちSF作家が、文学の新たな裾野を切り拓こうと挑み続けたSFのキーワードではないか。彼が遺した膨大な作品群に込めた奇想天外なアイデアの源泉、その奥に込めた地球の未来を憂う魂は、やはり多感な青春期に培われたに違いない。
=終わり。次回は映画監督、大森一樹。
(戸津井康之)