11月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第148回
財務省とかかりつけ医制度
─財務省が推進するかかりつけ医制度は、どのような方向性なのでしょうか。
鈴木 昨年5月財政制度等審議会財政制度等分科会で提出された答申書「歴史の転換点における財政運営」に「かかりつけ医機能が発揮される制度整備」という項目があり、「いつでも、好きなところで」という量重視から、患者が「必要な時に必要な医療にアクセスできる」質重視へのフリーアクセスの転換を提言しています。ここには制度的対応として、かかりつけ医機能の要件を法制上明確化すること、かかりつけ医の認定制度、利用希望者の事前登録・医療情報登録を促す仕組みを導入すべき、と記載されています。
─この答申書では、かかりつけ医機能にどのようなことを求めていますか。
鈴木 平時は地域包括ケア・在宅医療の担い手として緩やかなゲートキーパー機能を発揮し、感染症有事の際にはPCR検査受検相談、発熱外来、オンライン診療、宿泊・自宅療養の健康観察を行って保健所の負担軽減を図ることとしています。これに加え、レセプトデータを基にしたかかりつけ医機能の「見える化」や、地域における外来医療のあるべき姿に向かう仕組みを整えていく必要がある、と述べています。
─かかりつけ医への外来受診時の患者負担についてはどうするべきと提言していますか。
鈴木 答申書では、認定を受けたかかりつけ医による定額報酬の活用、未登録で医療機関側に必要な情報がない患者が受診する際の定額負担、本人情報取得・確認の事務負担などの事務負担費用の徴収の3つを提唱していますが、医療費抑制がその目的であることは明白です。
─患者負担を増やすと受診回数が減り、医療費抑制に繋がるという考えなのでしょうか。
鈴木 財政当局は以前より国際比較における日本の1人当たり受診回数の多さを問題視しています。しかし、OECD各国の外来受診回数と1回当たり医療費には負の相関があり、日本は受診回数が多い分早期発見・早期治療で単価が低い、という特徴がありますので、結果的に医療費抑制の効果が見込めるのか疑わしいところです。
─かかりつけ医制度に関するこれまでの経緯を教えてください。
鈴木 かかりつけ医を取り巻く流れは図1の通りで、1983年の「医療費亡国論」が発端となり、厚生労働省では2004年の家庭医構想、2016年の紹介状無し受診負担などの政策を進めてきました。これに対抗する形で、日本医師会は1992年にかかりつけ医制度を提唱、2016年にかかりつけ医機能研修制度を発足させています。そしてこの間、日本プライマリケア学会、家庭医療学会、総合診療医学会の発足、臓器別診療科への移行に合わせた「総合診療部」の創設、日本プライマリケア連合学会への統合などがありました。政府はこれらの学会の動きを新専門医制度上で位置づけ、初期に総合的な診察能力を持つ医師を認定、制度化しています。一方で、医科、歯科、薬剤師関連の「かかりつけ的」包括点数がこれまで新設されてきましたが、そのいずれもが低い届出および算定となっています。
─かかりつけ医がいまいち定着していない様に感じますが、それはなぜでしょうか。
鈴木 診療報酬で誘導する場合、高点数へ誘導したい一方で算定機関が多いと医療費が増加し、施設基準・算定要件のハードルを上げると届出施設が伸び悩む、というジレンマに陥ります。これまでの新設点数は患者が受診した医療機関の報酬が増える、という医療機関への「ご褒美」が常套手段でしたが、今後はかかりつけ医を受診しない患者に対し「ペナルティ負担」をさせる手法を強化しようとしている様に感じます。
─実際にかかりつけ医はどれくらい浸透しているのでしょうか。
鈴木 日医総研の第7回日本の医療に関する意識調査によると、かかりつけ医がいる国民の割合は全体の55.2%で、70歳以上では83.4%でした(図2)。また、全国の診療所の数は2017~2020年にかけて総数1141増加しているものの、かかりつけ医機能を担いうる診療業務を主とする診療所の増加は348に過ぎません。
─患者側はかかりつけ医に何を望んでいるのでしょうか。
鈴木 意識調査によると、かかりつけ医に望む医療や体制の上位3つは、必要な時に専門医や専門施設に紹介、患者情報を紹介先に適時適切に提供、どんな病気でも診察可能でした。ちなみに、かかりつけ医がいない理由として、あまり病気にかからないので必要ない、その都度受診する医療機関を選んでいる、という理由が上位に挙がっています。
─患者、つまり国民と財務省の間には少し意識や認識の違いがあるようですね。そんな中で財務省の思惑通りのかかりつけ医制度が導入されると、どのような問題が起こり得ますか。
鈴木 財務省が描くかかりつけ医制度は、医師・医療の国家管理、医療費適正化=抑制、アクセス制限:登録制・人頭払い制と思われます。登録制・人頭払い制度は大きな問題があります。医療を必要としない人への強制的な負担や、フリーアクセスの制限という問題は正に患者視点の欠如で、包括払い超過分の医療費は誰が負担するのか、時間外対応は誰がどのようにするのか、という問題に関しては医療者視点の欠如と言わざるを得ません。受診時定額負担についても、経済的理由で受診を控えた者は1~2割程度で、受診抑制は低所得者層で多い、という調査結果が出ていますし、一律に自己負担率を上昇させると、本当に必要とする人が適切な医療を受けられなくなる一方で、依然として無駄な医療が提供され続ける可能性がある、という問題点が指摘されています。
─そして、財務省主導のかかりつけ医制度で医療費抑制が実現できるのでしょうか。
鈴木 医療費増大の主たる原因は医療の高度化、薬剤費の増大、高齢者人口の増加であり、国民医療費の18.9%を占めるに過ぎない一般診療所にかかりつけ医機能を持たせて抑制可能なのか大いに疑問です(図3)。「医療費抑制が最重要課題なのか?」というコストの問題、「ゲートキーパー機能とは?」というアクセスの問題、「国民が求める医療・医師像とは?」というクオリティの問題を考えていくならば、医療を経済に合わせるのではなく経済を医療に合わせるべきではないでしょうか。