8月号
映画館で聴いていた、憧れのオーケストラと共演します。|ヴァイオリニスト 服部 百音 さん
ボストン・ポップス on the Tour 2023
ジョン・ウィリアムズ・トリビュート日本公演
ボストン・ポップスは、1985年に創設されたアメリカの名門ポップス・オーケストラ。
『E.T.』『スター・ウォーズ』『インディ・ジョーンズ』などの映画音楽作曲者として知られるジョン・ウィリアムズが、1980年から1993年まで常任指揮者を務めました。この秋の公演には、グラミー賞はじめ多くの賞を受賞している第20代指揮者のキース・ロックハートが共に来日します。20年ぶりとなる来日公演を前に、本拠地ボストン、東京、大阪での公演にゲスト出演される、ヴァイオリニストの服部百音さんにお話を伺いました。
映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズとの出会い
Q.ジョン・ウィリアムズと聞いて、1番に思い浮かぶのはどの曲ですか?
大のハリー・ポッター好きなので『ハリー・ポッター』です。
小さい時からバイオリンばかりやってきたけれど、10歳の頃かな、『ハリー・ポッター』と出会って、16.17歳くらいまで夢中でした。
私のいる世界に魔法はないけれど、面白いことに共感できることはたくさんあって。魔法使いにとっての“杖”は、私にとっては楽器だと思っていました。どんな環境にあっても光は必ず見えてくるよ、っていうメッセージには励まされたし、人と人との絆、親子もそう、友人関係も、それがあって生きていることも教えられました。本当にずいぶんお世話になりました(笑)
Q.本で見ていた大好きな世界。映画で見てどうでしたか?
映画も大好きになりました。特に物語の中の重要な場所、魔法学校のシーンは、天からの贈り物!と思ったくらいです。流れる音楽も、それはもう本当にハリー・ポッターの世界でした。音楽も大好きになって、そこでジョン・ウィリアムズの名前を知りました。
『スター・ウォーズ』『E.T.』はじめ、ジョージ・ルーカス、スティーヴン・スピルバーグの作品は映画で観ても素晴らしいけれど、音楽単体で聴いても魅力的で、私の中では、チャイコフスキー、ベートーヴェン、ブラームス、ジョン・ウィリアムズ…。偉大な作曲家として並んでいます。
Q.お父様は映像音楽も多く作曲しておられる作曲家の服部隆之さん。ジョン・ウィリアムズの世界と共通していますね。
父が作曲したサウンドトラックを「ちょっとこれ聴いて」なんて言ってくることがある家庭です。「AとBどっちがいい?」と訊かれて、母と2人で率直な意見を言う。あくまでも家族としてですよ(笑)。シーンに合わせて時間が限られていて、22秒8とかね。細かい時間の枠に起承転結を入れたフレーズを書くのが劇伴(劇中に流れる音楽)。父のそういう仕事を見てきました。
映像があっての音楽ですが、“いい音楽は単体で聴いても素晴らしい”というのは、子どもの頃から感じていたと思います。それが、映像と合わさった時に、さらに感情が揺さぶられるというのは、父が書いた音楽をドラマという作品として見ることで経験していたと思います。
ヴァイオリニストとして考える“演奏家”の仕事
Q.好きな音楽はクラシックですか?
ジャンルの話をすると、私の好きな作曲家の1人ショスタコーヴィチも、若い頃に劇伴を書いていました。“クラシックの音楽家”と認識されていると思いますが…。構造の違いやそれぞれにルール、しきたりがあるけれど、音楽を職業にした以上、ジャンルの境目はないと思っています。
某音楽番組でラップやヘヴィメタルのミュージシャンと共演したのですが、これまでにない経験で楽しかったですよ。「これでいいのかな」と思いましたけど(笑)。
どんな音楽も、演奏の役割は大きいと思っています。私はいい演奏をして、お客さんに「いい曲だな」と思ってもらうのが務め。つまらない演奏をしたら、「この曲は苦手」ってお客さんが離れてしまう。魅力的な曲にするのも退屈な曲にするのも演奏者次第だと思うんです。クラシックに限らず。
Q.音楽を作るのは、作曲家だけではないということ?
演奏して、聴いてもらって知ってもらう。さらに言うと好きになってもらう。どんな名曲でも、演奏しないと曲として残らないですよね。演奏されない曲がほとんどですけど、私は演奏さえよければ名曲になる“隠れた名曲”をいくつも知っています。私だけじゃないですね、音楽を勉強していたらそれだけ多くの曲に出会っているわけですから。現在頻繁に演奏されている人気曲だけでなく、多くの人に「いいな」と思ってもらえる“名曲”を増やしたいと思っています。そうしないと、今、演奏家ができることはなくなってしまう。
Q.“隠れた名曲”、聴きに行きます。
ぜひ。好き嫌いはご自由に感じていただいていいんです。「いい曲だから」って押し付けたい訳じゃない。自由な感覚と感情を解放する場としてクラシックの演奏会を使ってほしい。勉強会みたいに聴きにくるんじゃなくて、もうちょっとフレキシブルになれたら、日本人の心の機微にクラシックはピッタリはまると思うんです。
なぜコンサートをするのか考えるんですよ。家でCDを聴くのではなく、わざわざ来てくださるのはなぜか。コンサートも舞台芸術なんですよね。生きた人間がいて指揮者がいて演奏して、音の物語を伝える。言葉じゃなく理屈じゃなく、感情で感情を伝える。心のやり取りです。そして素晴らしいことに誰も傷つかない。だから聴く人にも、理解しようとせず感じてほしい。そして、終わったから拍手しとこ、じゃなく、何かを感じたら舞台の人に拍手で知らせてほしい。
ボストン・ポップスとの
共演に思うこと
Q.海外初披露の新プログラムです。今回演奏する曲目を教えてください。
『シンドラーのリスト』は、「あの曲ね!」とすぐにメロディが浮かびました。映画を観た人の心に残っている曲だと思うのでプレッシャーもありますけど、楽しみの方が大きいです。
『SAYURI』『遥かなる大地』は、映画としては馴染みがなかったのですが、聴いてみたらもうジョンの世界が爆発していて。そこに感動しています。勉強が上手くいかないとか仕事で落ち込んでいるとか、そんな日でも、この曲を聴くことでなんだか前向きになれる。ジョンの曲ってそんな感じ。どれもとても素敵な曲です。
『Les enfants de la Terre~地球のこどもたち~』は父の作品。私のリクエストです。10年以上前にオーケストラと演奏したことがあるけれど、あの頃よりは上手くなっているはずなので(笑)。
Q.最後にこのオーケストラの魅力を。
ボストン・ポップスは、映画で聴いている“音”の本家本元です。来日するということが、そもそもすごいことで貴重な機会です。
今回私はオーケストラと一緒に演奏しますが、ハリー・ポッターを読んでいた頃には全く思いもよらなかった、夢のようなこと。緊張もプレッシャーも当然ありますが、それより“楽しみ”の方がずっと大きい。ボストン・ポップスと一緒に“暴れたい”と思っています(笑)。言葉が適切じゃないように聞こえるかもしれませんね(笑)。欧米のオーケストラは、一人一人が遠慮なく感情を表現します。本番は特に、聴いてくださるお客様の力もプラスして、音楽がホール全体で動き出します。“楽しい”という明るいエネルギーですね。その大きなエネルギーとのやり取りは、“暴れる”という言葉が一番近い気がします。
わがままを言うと、『ハリー・ポッター』は私もお客さんになって聴きたいな。
服部 百音
1999年生まれ。5歳よりヴァイオリンを始め、幼少期より辰巳明子、ザハール・ブロンに師事。8歳でオーケストラと初共演し、2009年にポーランドでのリピンスキ・ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクールで史上最年少第1位並びに特別賞を受賞。10歳より演奏活動を始め11歳でミラノのヴェルディホールでグランドデビュー。ロシア、ヨーロッパに於いても演奏活動を始める。2013年にはヤング・ヴィルトゥオーゾ国際コンクールでグランプリ、新曲賞を受賞。また同年開催のノヴォシビルスク国際ヴァイオリンコンクールでは13歳でシニア部門に飛び級エントリーし、史上最年少グランプリを受賞。2015年にはボリス・ゴールドシュタイン国際コンクールでグランプリを受賞。2016年にCDデビューし、レコード芸術の特選盤に選出される。2017年新日鉄住金音楽賞、岩谷時子賞、2018年アリオン桐朋音楽賞、服部真二音楽賞、2020年ホテルオークラ音楽賞、出光音楽賞を受賞し、2021年1月にはブルガリ アウローラ アワードを受賞した。現在は国内外の著名オーケストラ、指揮者と共演を重ね、様々な演奏活動を行っている。21年10月より桐朋学園大学音楽学部大学院に進学。使用楽器は日本ヴァイオリンより特別貸与のグァルネリ・デル・ジェス。