6月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第143回
医療DXについて ~変革への期待と課題
─最近、報道などでDXという言葉をよく聞きますが、これは何のことなのでしょうか。
西口 DXとはデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)のことです。トランスフォーメーションを辞書で引くと「軍事革命に基づいた軍隊の変革の事。物体・物質の構造の形質転換・変態」と書かれています。車や動物が人型ロボットに変形して活躍する『トランスフォーマー』というアニメがありますが、トランスフォーメーションとはまさに車がロボットに変わるように全く別の形態や機能に変わることを表します。経産省の「DX推進ガイドライン」では、DXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義しています。
─一般的に、DXはどのようにおこなわれるのですか。
西口 デジタイゼーション(Digitization)→デジタライゼーション(Digitalization)→デジタルトランスフォーメーション(DX)というステップで変革がおこなわれるそうです。音楽を例に説明しましょう。デジタイゼーションとはレコードやカセットテープからCDになったように、アナログからデジタルに変わることをいいます。デジタライゼーションとは、レコードやCDというメディアを店で購入して聴いていたのが、デジタル化された曲をダウンロード購入したり、ストリーミング配信される曲を聴いたりというように、デジタル化されることでビジネスの形態が変わることを指します。そして、DXは、そのステップを経て社会制度や組織文化などを変革していくことだとされています。
─では、医療分野でのDXとはどのようなものなのでしょう。
西口 2022年5月に自由民主党政務調査会は「医療DX令和ビジョン2030」と題し、医療のDX化・医療情報の有効利用を推進するための提言をおこない、政府は同年6月に「骨太の方針2022」を閣議決定するとともに、医療については首相を本部長とする「医療DX推進本部」を設置して医療のDX化を強力に推進する方針を打ち出しました。厚生労働省は医療DXを「保健・医療・介護の各段階(疾病の発症予防、受診、診察・治療・薬剤処方、診断書等の作成、診療報酬の請求、医療介護の連携によるケア、地域医療連携、研究開発など)において発生する情報やデータを、全体最適された基盤を通して、保健・医療や介護関係者の業務やシステム、データ保存の外部化・共通化・標準化を図り、国民自身の予防を促進し、より良質な医療やケアを受けられるように、社会や生活の形を変えること」と定義しています。
─具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。
西口 全国の医療機関等がオンラインネットワーク上で診療情報を共有することで、全国どの医療機関等にかかっても必要な情報が得られ、誕生から現在までの生涯にわたる病歴のほか、ワクチン接種歴やアレルギー歴などの保健医療データも把握可能となるようです。また、医療機関等のデジタル化が促進され効率的な働き方が実現したり、医療情報システムに関与する人材を有効に活用し費用が低減されたりするほか、医療や健康に関するデータを二次利用して医薬産業やヘルスケア産業を振興して国民の健康寿命を延伸するのだそうです。そのために①「全国医療情報プラットフォーム」(図1)の創設、②電子カルテ情報の標準化(全医療機関への普及)、③診療報酬改定DXという3つの取り組みを同時並行で進めることが重要と考えられています(表1)。
─マイナンバーカードの保険証利用は、全国医療情報プラットフォームに関係しているようですね。
西口 本年4月からオンライン資格確認システムの導入が全国の医療機関に義務づけられ、患者さんのマイナンバーカードを利用してお持ちの医療保険の資格確認をおこなっています。全国の医療機関および薬局が安全なネットワークでつながり、このネットワークを利用して今年の1月から電子処方箋の運用が始まって、処方箋が紙からオンラインネットワークを利用したデジタルに変革されつつありますが、現状ではまだ普及していませんね。
─電子カルテ情報の標準化の現状はいかがでしょうか。
西口 以前は診療録(カルテ)は紙にペンを使って書いていたため、医療機関間での情報の共有には手間と時間とコストがかかっていましたが、令和2年の調査では病院の57.2%、診療所の49.9%が電子カルテを利用していますので、アナログからデジタルへのデジタイゼーションはかなり進んできたようです。しかし、電子カルテメーカーごとに独自の情報の出入力方式が採用されており、異なるメーカーの電子カルテを導入している医療機関の間では情報の共有が困難というのが現状です。そのために、標準規格を定めて異なるメーカーの電子カルテでも共有できる情報の範囲を広げようとしています。今後、電子カルテ情報や予防接種情報等への利用範囲の拡大が検討されています。
─医療DXの課題は何でしょうか。
西口 デジタライゼーションにより国民の健康が増進し、保健・医療情報が有効に活用され、質の高い医療を切れ目なく提供できる日が来ることを期待しますが、DXにより制度や文化がどう変わるかは分かりません。変革によって先人達が築いてきた日本の医療提供体制が壊されてしまわないことを祈ります。また、医療機関がデジタル機器を導入するには出費が必要ですし、患者さんや医療者が皆デジタルネイティブではありません。すべての国民や医療機関がメリットを享受できるよう、政府や行政には医療DXの推進に向け、明確なビジョンを持った強力な舵取りをお願いしたいですね。