6月号
【新緑の六甲山を行く】自然財産 「六甲山」を活かす都市づくりを考える|神戸市長 久元 喜造さん×衆議院議員 盛山 正仁さん
働き方や暮らし方が大きく変わりつつある中、神戸の自然財産である六甲山をどう活用して
都市づくりに活かしていくか?方針を転換するときがきている。地元神戸と六甲山をこよなく愛する
衆議院議員の盛山正仁さんをお迎えして、植林や観光、森林資源などさまざまな側面から今までの
経緯や今後の在り方について、久元喜造市長と話し合っていただいた。
地道に続けてきた緑化・防災の努力で今の六甲山がある
―神戸で過ごした中高生当時の六甲山の思い出は?
盛山 思い出に残っているのは住吉川上流の白鶴美術館まで走るテニス部のランニングです。「山、海へ行く」と言われた六甲アイランド造成工事が始まっていて。右岸左岸の一方通行の道をダンプカーが行き来しているのを横目で見てフーフー言いながら走っていました。
―六甲全山縦走を8回も踏破されていますね。
盛山 平成18年、当時の井戸敏三知事に誘われて参加したのが始まりです。知事は「今日は足が痛いから」とドタキャン(笑)、その後、私は8回踏破しました。ところが最近は運動不足で、途中リタイアした4年前の大会を最後にここ数年は休んでいます。
久元 私は高校時代、六甲山上に泊まって蛾の採集をして、「自分が住んでいる北区の方がたくさんいるなあ」と思った記憶があります。小さいころは家族でケーブルカーに乗ったり、小学校の遠足で再度山や森林植物園、外国人墓地へ行ったり、少年登山会に参加したり、たくさんの思い出があります。
―親しまれている六甲山は昔〝はげ山〟だったとか。神戸市の取り組みで緑を取り戻した経緯をお聞かせください。
久元 「六甲山に植林を」と初代・鳴瀧幸恭市長(1889〜1901年)が提唱し、2代・坪野平太郎市長(1901〜1905年)が取り組みを推進しました。明治神宮造営で名高い東大の本多静六博士の「多種類の木を植え植生を豊かにして山を災害から守る」という考え方を模範にしました。しかし1938年7月、阪神大水害で神戸市は甚大な被害を受けます。市の発展に伴い進められた開発工事現場で被害が生じていると本多博士は講演会で語っています。直後、内務省土木局(現・国土交通省)直轄の六甲砂防事務所を開設いただいたことは非常にありがたく、堰堤と砂防ダム建設が続けられ災害を防いできました。山の中で行われてきたことですから市民にはあまり知られていませんが、国、兵庫県、神戸市が連携した取り組みが効果を発揮しています。
盛山 当時の神戸は諸外国との日本の玄関口で神戸港から人や物が出入りしていました。経済的重要性も高いという背景があり、国は砂防事務所を開設しました。六甲砂防は全国で最も管轄エリアが狭い事務所です。風化しやすく崩れやすい花崗岩によって起きる災害から神戸を守ろうと治山治水対策が始まり、平成30年の西日本豪雨でも人的被害が出なかったことは、長年にわたる地道な努力の成果に他ならないと思います。
登って親しむ六甲山
神戸登山プロジェクト
―登山を楽しむ市民が減っているようですね。
盛山 国では自然を守り、海外からの観光客に来てもらおうと国立公園の整備を始め、六甲山を含む瀬戸内海国立公園も昭和9年に雲仙国立公園、霧島国立公園と共に日本で初めての国立公園として指定されました。島が点在する美しい瀬戸内海を守り、緑に恵まれた六甲の山々が海にせまる景観を見てもらい、利用してもらおうと植林や道路整備などを進めてきました。しかし最近は私が所属する神戸ヒヨコ登山会でも高齢化が進み、登山を楽しむ人の絶対数が減っていると実感しています。山は荒れがちで有志が少しずつ整備しても追いつかない状況です。
―そこで神戸市では「神戸登山プロジェクト」を始めたのですね。
久元 英国人のアーサー・ヘスケス・グルームの手で神戸には近代登山が根付き、市民に受け継がれ親しまれてきました。残念ながら網の目のように張り巡らされていた登山道は人が入らなくなり荒れ果て、案内板は朽ち、土砂崩れが放置されている箇所もあります。もう一度、市民に山に親しんでもらい、国内の他の地域から、海外からも来ていただこうというプロジェクトです。
盛山 トイレが整備されたり、案内板が読みやすくなったりしています。さらに取り組みを進めていただけるとありがたいですね。私は丸井さん(※)のグルームさんを題材にした絵本づくりをお手伝いしました。当時の日本人は余暇という考え方など知らない時代だったと思います。外国からの観光客から始まり、グルームさんのような経済的余力のある外国人が六甲山へ避暑を兼ねて登り、ゴルフ場を作り、家を建て、六甲山を活用して楽しんでいることを市民が目の当たりにして受け継いできたのでしょうね。
六甲山で仕事をしながら
思い思いの暮らしを楽しむ
―活用方法の一つ「六甲山上スマートシティ構想」とは?
久元 関西を代表する保養地となった六甲山ではバブル崩壊後、企業の保養所や別荘が急速に遊休化し、中には朽ち果てているものもあります。人々の働き方や暮らし方が変化してワーケーションや多拠点居住などという言葉が生まれる今、市街地に居ながら奇麗な空気を吸い、小鳥のさえずりを聞き、夜景を眺めながらクリエイティブな活動をするというニーズは間違いなくあります。神戸市では今まで温めてきた山上にオフィスや工房、コワーキングスペース、また長期滞在型の宿泊施設を作るという考え方で、コロナの真っただ中2020年5月「六甲山上スマートシティ構想」を立ち上げました。この発想はコロナの時代だからこそ求められていて、六甲山には大きな可能性があると考えました。遊休化した建物等のリニューアル支援制度、企業や個人が六甲山に滞在して働きながら思い思いの時間を過ごすシェアオフィス「ロコノマド」、光ファイバー敷設、不動産の売買・賃貸を紹介する窓口開設、上水道料金を他地域と同レベルにするなど具体策を進めてきました。同時にホテルやアスレチックのオープン、山上にウイスキーの醸造場ができるなど、予期しなかったことも始まりました。
盛山 街中とは全く違う空気感がありながら中心部から近い。その様な六甲山の魅力を生かし、どうすれば多くの人が山の上で働き、生活できるかを考えることが重要だと思います。仕事には欠かせない光ファイバーや、別荘地だから高くても仕方がないと思われていた上水道など、今の時代に必要なものは何か、公共サービスとして提供すべきことは何かを神戸市が考え、取り組みを進めていることは高く評価されるべきです。今後は意欲のある民間企業などとタイアップしながら、誰もが何かを体験したいと思うような場所になるといいですね。
久元 国からは一定の規制緩和をいただき感謝しています。今後は景観を阻害しない範囲での高さ規制緩和や、乱開発を助長し素晴らしい自然環境を台無しにすることがない樹木伐採のルールなどお願いしたいと思っています。
盛山 国立公園の規制について、環境省のスタンスもかなり変わってきました。当初は人を入れずに手付かずの自然を残そうと考えていましたが、厳しい規制を弾力的に緩和して多くの人が国立公園を満喫し、自然環境の大切さを理解してもらおうとしています。国と地方の担当者が話し合って国立公園を使いやすいかたちにできると思います。
神戸ならではの新しい
観光の在り方
―神戸の観光についてのお考えをお聞かせください。
盛山 平成27年に旅行収支が53年ぶりに黒字に転化し、令和元年に訪日外国人旅行者数は3,188万人を記録しました。安全で、美味しい食や観光資源がたくさんある日本へ行こうと外国人の方に思っていただけるようになったからです。新型コロナウイルス感染症も落ち着きインバウンドが戻りつつあり、さらに起爆剤となる大阪・関西万博が2025年に開催されます。大都市でありながら海と山が近接している立地は世界でも珍しく、有馬をはじめとする温泉や神戸ビーフを含めて日本の食を楽しむためには素晴らしい環境です。限られた時間でどう効率良く買い物をしてもらうか、アクセスをどうするのかなど、訪日客のニーズについての課題を解決しながら、海外から大阪に来る人たちに神戸へ足を運んでもらうためにこの街の魅力をアピールすることが重要ですね。
久元 観光地一点集中ではなく、六甲山に上り、三宮や元町、ウォーターフロント、新開地のような下町も回遊し、市民が普段から楽しんでいるライフスタイルを同じように楽しんでいただくのも観光の在り方の一つではないでしょうか。
盛山 そうですね。観光客が集中して市民生活に支障が出るようでは困ります。住む人が快適だと思えるということは他所の人から見ても快適だということで良い観光地であるということです。身近な所にも魅力がいろいろあることを発信することも大切ですね。
森林資源の活用で自然保護
林業や市民の健康にも資する
―六甲山の豊かな森林資源活用についてのお考えは?
久元 兵庫県全体に貢献する神戸市の施策の一つが県産材の活用です。公共の建築物にも取り入れ、例えば先日完成した鈴蘭台西町保育所をはじめ、中央区役所や磯上体育館、垂水体育館などで建物内外にふんだんに県産材を使っています。大手ゼネコンで進められている駆体に木材を使う取り組みも神戸市では積極的に取り入れたいと考えています。また山林や雑木林の所有者や森林整備事業者、木材加工流通業者などの協力を得て、プラットフォームを作りました。適切に樹木を伐採し、人が手を入れながら自然を維持していこうと考えています。
盛山 令和3年に「森林(もり)を活かす都市(まち)の木造化推進法」を制定し、趣旨に賛同いただける団体・企業・地方公共団体などに参加いただく推進協議会とともに中高層ビルの木造化に取り組んでいます。カーボンニュートラルに貢献できるだけでなく、生物多様性を守り、健康増進にも資する効果があると言われています。技術の進歩により木造の中高層ビルの建築が可能となり、高付加価値がない一般の木材も利用し、林業従事者にも意欲的に取り組んでいただけます。鉄筋コンクリート造、鉄骨造が当たり前だと思っていた考え方も、木造ビルの方が素敵だというように変わってくるのではないかと期待しています。
久元 神戸の公園は郊外に集中して都心に緑が少ないのが現状です。ポートアイランドではリボーンプロジェクトを始動し「山、再び海へ」をコンセプトに山から緑を持って行き島に森を作ろうとしています。息の長い取り組みになると思います。「森の緑の中に研究所や病院がある医療産業都市」へと生まれ変わるポートアイランドに市民の皆さんもぜひご期待ください。
―背景に六甲山の緑、都心に木造の建造物、海の上にも緑の森。未来の神戸が楽しみです!
※株式会社丸井商会の丸井茂嗣代表取締役。絵本『グルームさんとしっぽの白いキツネ』を4月に自費出版。