5月号
神戸で始まって 神戸で終る ㊳
第26回・「横尾忠則の緊急事態宣言」展について担当者の山本淳夫さんに、この展覧会の主旨を聞いてみよう。
「新型コロナウイルスにより、我々の日常は以前とは一変した。感染症が世界規模で蔓延する様はまるで映画のようにも見え、時に虚構と現実との境界線が曖昧になったような感覚に襲われた。
コロナ禍が起こるはるか以前から、横尾は虚実が交錯するかのような緊迫した状況を繰り返し描いてきた。本展では、横尾の絵画における、そうした危機的状況の表現に注目した。
また、コロナ禍に反応するかたちで、2020年5月より、横尾は様々なビジュアルにマスクや口腔のイメージをコラージュする作品〈With Corona〉をウェブ上で展開している。本展ではそれらを展示空間各所に散りばめるようなインスタレーションを合わせて行った。なお、本来この時期にはY字路シリーズの誕生20周年を記念する展覧会『横尾忠則ワーイ!★Y字路』を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の状況に鑑み延期とし、急遽かわりに企画したものである。
コロナ禍により、大勢の人が集まるイベント開催が難しかったため、無観客の展示室を舞台とする動画作品『in between 横尾忠則×草刈民代の世界―アートとダンスの競演―』を制作、当館公式YouTubeチャンネルで配信するという新たな試みにも挑戦した」。
僕はこの時期はほとんどアトリエに籠ったままで、外出することはなかったですね。今、この展覧会の出品作品を眺めていると、どの作品もパニック的な主題のものが圧倒的に多く、我ながら、どうしてこのような戦慄的なパニックを主題にしたのかよくわかりません。つまり、絵を描くこと事態が一種のパニックであるということですかね。
1枚の絵を描く時、キャンバスの前に立つ、その時の心境は、確かに緊急事態です。無計画でキャンバスの前に立ちます。さて、これからどうする、どこへ行こうとしているのか、さっぱりわからないまま、エイッ、ヤッ、とキャンバスに筆を叩きつけます。一種のチャンスオペレーションみたいなものです。僕は何をするにしても、稽古や練習というのが大嫌いです。いきなり本番です。その辺はアスリートに近いかもしれませんね。
いきなり本番の方が、力が入るように思います。計画を立てたり、練習などをすると、常に用心深くなります。集中したエネルギーを発揮するためには、いきなり本番の方がパワーアップします。このようなやり方は、非常に危険かもしれませんが、危機感を抱いて事を起こすのが、なぜか性に合っているんですよね。本展は、このような危機感の中で描いた作品ばかりが集められています。だから観賞者もヒヤヒヤ、ドキドキしてご覧になったんではないでしょうか。
絵というのは、そのまま作家の生き方を反映します。思惑とか観念のように頭で考えを構築した状態で制作する作家も沢山いますが、僕はどうも考えで描くというより、感性と肉体で描く作家なので、見る人の感情と肉体と同調します。
それにしても本展を「緊急事態宣言」とは上手いネーミングだと思います。絵を描く時はいつも緊急事態だから、上手く言ったものだと感心しています。だけど絵を描かない時は、僕はいつもボンヤリ、何もしない無為の状態でいることが多いです。全く、緊急事態の真逆で、頭の中は空洞化して、空っぽで、思考停止、「アホ」の状態です。
話は変わりますが、コロナ禍のために神戸へ行く(帰る)こともままならなくなりましたが、このところ、マスク着用の義務もなく、少し動きやすい状態になりました。そんなわけで、5月から始まる「原郷の森」展のオープニングには、4年ぶりで出席したいと思っています。行楽の季節を迎え、人出も多くなり、何となく街も華やぐ季節です。久しぶりで皆様とお会いすることになります。
この欄ではまだ一度も触れていませんが、本館の4階に僕のコレクションを展示するギャラリーが新設されました。だから是非エレベーターで4階まで上って、僕のコレクション作品を見ていただきたいと思います。集めたコレクション作品の1点1点が僕の想像力を掻き立ててくれたものばかりです。
もし僕の作品の秘密を知りたいと思われるなら、ここに展示される様々なコレクション作品の中にその秘密が隠されているかもしれません。僕の作品とあわせてこのコレクション作品を是非観賞していただきたいと思います。コレクションギャラリーの展示作品も毎回、変化した珍しい作品を展示しています。
美術家 横尾 忠則
1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。横尾忠則現代美術館にて「満満腹腹満腹」展開催中(~5月7日)
横尾忠則現代美術館
https://ytmoca.jp/