2023年
2月号

女性特有の病気と向き合い、
患者さんの人生に寄り添う

カテゴリ:医療関係

甲南医療センター 副院長
乳腺外科部長 高尾 信太郎さん

グランドオープンから1年が過ぎた甲南医療センター。
今回は高尾信太郎副院長にお話を伺いました。
高尾先生は乳腺外科専門医です。
甲南医療センターは女性にとって
心強い存在になってくれそうです。

乳腺という臓器を通して乳がん患者さんの全てを診る

―高尾先生が乳腺外科を専門にされたのは何故ですか。
卒後神戸大学第一外科に入局し消化器外科の専門医を目指していました。入局4年目に研修に行った兵庫県立成人病センター(現・兵庫県立がんセンター)では乳腺の分野に力を入れていて乳がんの患者さんを診る機会が多く、当時の外科部長・河野範男先生から乳腺疾患、特に乳癌診療の奥深さを教えていただいたのをきっかけに乳腺外科に興味を持つようになりました。当時最先端分野であった分子生物学が乳がんの研究にも応用され始めていることを知り、神戸大学第一外科乳腺グループに入り、大学院の基礎研究に進みました。

―乳腺外科専門医になられたのですね。
外科と内科という線引きでは「乳腺外科医」ですが、私たちは泌尿器科や婦人科、眼科、耳鼻科といった臓器別の診療科と同じく、乳腺という臓器を専門に主に乳がん患者さんの診断から手術、薬物療法、緩和治療まで包括的に担う「乳腺科専門医」という意識を持って患者さんと向き合っています。最近は診断に関してはMRIやPETなどを放射線診断科、薬物治療に関しては腫瘍内科、その他にも放射線治療科、緩和治療科など各科が分担して乳がん患者さんを診るようになってきていますが、それらを統合して主治医として診るのが乳腺専門医です。

―高尾先生の癌研究会癌研究所病理部研究員という経歴は?
がんの外科手術では、最終的な病理診断に則って治療方針を決定します。特に乳癌治療では病理診断が重要な役割を担っています。私は四十歳になる前に、乳腺診療の根幹になる乳腺病理をもっと詳しく知りたいという思いを持ち、河野先生の紹介で当時の癌研究会癌研究所乳腺病理部長だった乳腺病理の第一人者・坂元吾偉先生の元に国内留学しました。研究員として毎日、朝から晩まで病理標本と格闘し、合間を見ては乳腺外科の手術や会合にも参加する日々を過ごしました。わずか一年の間でしたが、坂元先生、そして乳腺外科部長だった霞富士雄先生から何年分もの教えを受けたと思います。「乳がんの患者さんを診るということはその人の一生を診るということだ」という言葉を坂元先生から頂き、今でも肝に銘じています。

―その経験をどのように生かされたのですか。
癌研から戻って勤めた病院では手術した患者さんの病理標本を毎週末に全部自分でチェックして報告書を作成し、不明な点は病理の先生に質問して、納得できない点についての根拠を示し、ディスカッションしながら治療方針を決め、患者さんに説明しました。癌研での経験が大きな自信につながったからできたことです。一枚の病理報告書の背後には隠れていることがたくさんあり、病理医と積極的にディスカッションして初めてわかってくることがあります。若い先生には「短期間でも構わないので必ず病理を勉強しに行きなさい」と話しています。

進歩する乳がんの治療法 分かってきた遺伝子との関係

―乳がんの原因は解明されているのですか。
がん自体の原因は未だ全てはわかっていませんが、いくつかのタイプに別れることが解明されてきました。乳がんは、女性ホルモンを栄養にする性格を持つタイプ、がんを大きくする信号を出すHER2タンパクをたくさん持つタイプ、どちらも持つタイプ、どちらも持たないタイプ、の4つのタイプに大別され、それぞれのタイプ別に治療方針が追求されてきました。癌は遺伝子異常が原因の疾患であり、複数の遺伝発現パターンで乳がんがいくつかのタイプに分かれることが2000年に初めて発表されました。それ以降、これらの分類と分子生物学的特徴の解明、治療薬の開発が加速化され、毎年、新たな治療方針が立てられるようになっています。

―遺伝的要素もあるのですか。
遺伝性乳がんは、乳がん全体の5〜7%を占め、そのうちで最も多いのが、BRCA1またはBRCA2という2つの遺伝子に異常を持つ人が発症する可能性が高い「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」です。この2つの遺伝子異常の検査は一定の条件を満たす患者さんには保険が適用されています。甲南医療センターでは昨年6月に遺伝外来を開設し、今後は大学病院やがんセンターと連携して遺伝性乳がんの診療体制を構築していきたいと考えています。

―異常のある遺伝子が見つかれば予防ができるのですか。
BRCA1またはBRCA2異常が原因の乳がんについて言えば、早期発見できるようにフォローすることができます。あるいは、乳がんになりそうだと分かったら乳房を予防的に取ってしまうという方法も選択肢としてあります。アメリカでアンジェリーナ・ジョリーさんが手術で乳房を予防切除したことで「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」は日本でも広く知られるようになり、遺伝性乳癌の診療体制整備も一気に進みましたね。薬で予防する方法もありますがまだ開発の段階です。検診もなく発見が難しい卵巣がんについてリスクが高いことが分った場合は、卵巣が機能しない年齢に達してから手術で取ることも選択肢の一つです。当院は昨年九月より、BRCA1またはBRCA2異常が見つかった方の予防的乳房切除、予防的卵巣切除の実施認定施設になっています。

患者さんとゆっくりお話しする時間を大切に

―乳がん患者会『大阪QOLの会』とは?
約20年前、癌研から戻って勤めた病院で私が手術して元気になられた患者さんから「何か恩返しをしたい」という声を頂きました。それに応えて情報提供の場を作ろうと1カ月1回開いた患者さん向けの勉強会が大阪QOLの会の始まりです。他の病院の患者さんから「主治医の先生に質問をしにくい」という声が多く、身近にいる私たちが質問に答えたり、主治医の先生にどんなことを聞いたらいいのかをアドバイスしたりしてきました。学会発表と違って患者さんへの講演は初めての経験で、最初は専門的な話ばかりするので難し過ぎて(笑)、そこで仲間の先生が助けてくれて持ち回りで担当し、また私たちだけでは知識が偏り一方的な考え方しかできなくなるのを危惧して他の病院の先生方やいろいろな分野の方にお話をお願いするようにしました。今は患者さんが世話人として会を運営し、患者さん同士の会話や情報交換が行われています。私たちも2カ月に1回、勉強会を開いて参加しています。甲南医療センターでも、外来だけではなかなかゆっくりお話ができないので将来は患者会を立ち上げたいと思っています。

―甲南医療センターでは女性センター構想があるそうですね。
乳腺や子宮、卵巣など女性特有の臓器の病気を産婦人科の先生方と一緒に診ることができるセンターです。そこには診断、手術、薬物療法、緩和ケアなど全てが集結するのが理想です。そのために各科の先生方をはじめコメディカルスタッフの協力を得て取り組んでいきたい…まだこっそり構想を練っている段階です。今後、甲南医療センターに乳腺専門医を目指して若い先生がたくさん集まり、その人たちが中心になって女性センター構想を実現してくれると願っています。

―女性特有の病気に不安があるときには甲南医療センターで高尾先生に診ていただけるのですか。
「気軽に来てください」というわけにはいかないのですが、専門の先生を探す必要はなく、乳房に異常を感じたら近所のかかりつけの先生に相談すれば当センターを紹介していただけると思います。何か気になることがあるときには「遠慮せずに」受診していただきたいと思います

―お忙しい高尾先生ですが、ご自身の健康法は?
ボーッと走るのが好きなので、できるだけ週一回は15〜20㎞走るようにしています。そのために毎日、阪急御影駅から坂道を歩いて上がって来ます。なんちゃってランナーですが、神戸マラソンで初めてフルマラソンを走ってからハーフマラソン、フルマラソン、トレイルランの大会で走るようになりました。60歳のときにホノルルマラソンを走ったのがいい思い出です。
―42.195㎞完走ですか?!
はい。とてもしんどいけれど、景色を見ながら走ると気持ちがいいし、達成感があって走り終わったらまた走りたくなります。でも、しんど過ぎて健康法とは言えませんね(笑)、いつまでもできるものではないかな。
―ぜひまた神戸マラソンを走ってください!
 女性の強い味方。そんな病院づくりに今後も後進の先生方と一緒にご尽力ください。期待しています。

甲南医療センター

坂元吾偉先生や霞富士雄先生の言葉が掛かる

高尾 信太郎(たかお しんたろう)

1984年神戸大学医学部卒業、神戸大学医学部附属病院第一外科入局。1985-1987年東北労災病院。神戸労災病院、兵庫県立成人病センター外科にて研修。1988年神戸大学医学部大学院(免疫学)入学。1990-1992年米国Stanford大学SYNTEX研究所留学。神戸大学医学部大学院卒業、医学博士号取得.済生会中津病院外科医員。1997年癌研究会癌研究所乳腺病理部研究員。2003年兵庫県立成人病センター乳腺科医長。2007年兵庫県立がんセンター乳腺外科部長。2008年神戸大学乳腺内分泌外科教授。2018年神戸大学乳腺内分泌外科教授退職。2022年甲南医療センター副院長、乳腺外科部長。

乳がん患者会大阪QOLの会
詳細はホームページをご覧下さい
https://qol-net.com/


神戸市東灘区鴨子ヶ原1-5-16
TEL.078-851-2161(代)
http://kohnan.or.jp/kohnan/

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