10月号
六甲山で未来の“働く”を考える、新しいトレッキングイベント
「NL/ROKKO」
神戸R不動産代表 小泉寛明さん
「六甲ミーツ・アート 芸術散歩2022」が開催中の六甲山で、今年は新たに「歩く、読む、考える」のトレッキングイベント「NL/ROKKO」が誕生しました。
これからの働き方をオランダの先進例を参考に考える「NL/ROKKO」は、9月から12月まで毎月テーマやトレッキングルートを変え、森の中に4つの読書スポットを設置。そこでは、働き方や生き方への思考を促すZINE(自主制作の小冊子)や参考図書を読んだり、ノートに自分の考えや想いを書くことができます。ルートの終点となる森のシェアオフィス「ROKKONOMAD(ロコノマド)」ではZINEの販売や、月に一度のミートアップで感想のシェアも行なっています。
今回は、「NL/ROKKO」を立ち上げた小泉寛明さんにお話を伺いました。
『成長の限界』で地球の未来に危機感
―9月3日のNL/ROKKOオープニング・イベント前、今月の地図(ケーブル山上駅他で入手できる)を片手に3時間歩いて読書スポットを巡りましたが、それぞれ内容の違うZINEを読むのがとても刺激になりました。「ポスト資本主義社会の働く暮らし像」と銘打たれていますが、いつ頃から問題意識を持っていたのですか?
資本主義を肯定すべき点はもちろんあるのですが、考え直した方がいい時期にきているのではないかという提案をしています。もともとは大学時代に国際的な研究機関ローマ・クラブが1972年に発表した『成長の限界』を読み、地球の未来に危機感を覚えたことが根底にあります。アメリカの大学院でソーシャルエコロジー(社会生態学)を学んだとき、同級生もラディカル思想の人が多かったこともあり、自分自身の考え方がガラリと変わりました。
―学生時代から危機感を抱いておられたんですね。
大学院で専攻した都市計画では制度設計を学ぶのに加えて公務員育成的な意味合いが強かったのですが、行動を起こす立ち位置で学んだことを活かしたいと思い、民間企業に就職しました。ただそこは利益の追求が最優先される構造ですから、次第に違和感を覚えていったのです。アメリカの同時多発テロやリーマンショック、東日本大震災なども初心に帰るきっかけとなりました。
大都会から地方の時代を予測
―神戸R不動産を開業した経緯は?
大阪出身ですが大学時代の友達も多く、妻の勧めで神戸に住み始めると、すごく気持ちがいい場所だと実感しました。東日本大震災後は首都圏など大都会の時代ではなくなることが予測できたので、地方都市の神戸で、古くからの建物が住み手もなく寂れていくという社会問題に、外から移住する人をマッチングさせる。新しい建物を作る時代からリースする時代に移行していく。そのような新しい状況を捉えた住宅流通業として神戸R不動産をスタートさせました。
―不動産事業だけでなく、「EAT LOCAL KOBE」で食に関する取り組みも行なっています。
「EAT LOCAL KOBE(ELK)」は2014年から始めた活動で、家と食、そして楽しく仕事をすることが生きていくためにまずは必要だと思っています。ELKを通じて地産地消や、地域の農家さんを知ってもらったり、農業スクールを開講し、新しく就農したい人や消費者を増やしていこうと続けています。8年間続けて、だいぶん広がりがでてきましたね。
「ROKKONOMAD」と働き方への気づき
―2021年森のシェアオフィス「ROKKONOMAD」を開業しましたが、以前から六甲山に注目していたのですか?
六甲山の物件は、神戸R不動産立ち上げ当初からフィーチャーしていましたが、物件として買っていただくのにはハードルの高い部分がありました。2020年から神戸市が推進する「六甲山上スマートシティ構想」の事業者となり、今は「ROKKONOMAD」の管理運営や、六甲山の不動産窓口業務も行なっています。起業した時はセンターから離れるという意識でしたが、コロナ禍ではより離れた方がいいと感じたので「ROKKONOMAD」でその実例を作れれば、一つの社会貢献になるという思いもありました。
―「ROKKONOMAD」管理人、ヤンセン尚子さんの夫でアートディレクターのロク・ヤンセンさんの働き方に刺激を受けたそうですね。
ロクさんは、仕事のことを少し頭に抱えた状態で、森の中を2〜3時間歩き、自然の造形をじっと見つめていると、自身のアートへの新しい気づきにつながるそうで、自然に対する大いなる敬意を感じます。僕も、土日はイベントなどがあり完全に休みにはならない分、1日に2〜3時間は山や海に行ったり、自転車を漕いだりとリフレッシュタイムを作っています。携帯やPCを見ないとか、忘れるだけの時間を持つのが大事ですね。
何もせずぼーっとする「Niksen(ニクセン)」
―「NL/ROKKO」のルートも3時間が目安です。
「NL/ROKKO」の10月に紹介するのが、オランダで「Niksen(ニクセン)」という言葉です。何もせずにぼーっとするという意味で、忙しくするのもいいけれど、どのようにして日々の生活で「Niksen」の時間を作っていくのか。それが楽しく働く一つのコツではないかと思っています。コミュニケーションの取り方にも関わる話で、今はLINEやチャットなど既読がわかるリアルタイムのコミュニケーションを求めすぎていますが、e-mailという非同期コミュニケーションのようにすぐに返事を求めなくてもいいのではないかというのが、一つの僕の提案ですね。もう一つ、オランダのやり方はプロジェクトを大枠でしっかり詰めていくので、その後の揺り戻しがなく、仕事がしっかりと進むのですが、日本はどうしても最初からミドルマネジメントが出てこないので、担当者レベルと話をしていてもひっくり返されることが散見される。そのような物事の進め方を変えることもテーマとして取り上げています。
―オランダでは「ルールより信頼」という方針で伸びている企業があると伺いました。
我々も小さな会社ですから、信頼することの怖さも承知していますが、信頼する方がみんな幸せに働けると思うのです。これはピラミッド組織ではなく、もっとフラットな組織に改編し、権限を現場に渡してミドルマネジメントをできるだけ減らすという組織づくり(ホラクシー型組織)に繋がります。
山を歩きながら考える体験とZINE
―「NL/ROKKO」は新しい視座を与えてくれる場と言えますね。
勉強する機会を街の中で作ることもできますが、みなさんに山を歩いてもらいながら考えてもらった方がいいのではないか。またロクさんのように、少し頭の中にインプットした状態で歩くということを体験してもらう機会になればとトレッキングイベントとして立ち上げました。9月から12月の4ヶ月間ですから、秋から冬まで季節の移ろいを見てもらえればと毎月山歩きを楽しんでもらえるルートを作成し、地図を配布しています。
―読書スポットに設置されているZINEも、六甲で撮った自然や花、木の写真がふんだんに盛り込まれ、ほどよい時間で読み、考えられる工夫がされています。
9月は『ドーナツ経済』(ケイト・ラワース著)、『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働』(ルドガー・ブレグマン著)、『ブルシット・ジョブ―クソどうでもいい仕事の理論』(デヴィッド・グレーバ著)の3冊をもとに構成していますが、実際に読破するのは僕自身も難しかったので、山の上では情報としてのエッセンスを文章に散りばめて、ご紹介しています。今回は、みなさんに考えてもらう機会を提供できればと思い、できるだけ問いかける形にしています(公式サイトで9月号1.1―1.4のZINEを公開中)。
―ZINEと一緒に設置されているノートには、参加者の思考の足あとがどんどん蓄積されますね。
月に一度開催するミートアップではみなさんの歩いた感想を中心に、こちらからはコミュニケーション論や組織の話を具体的にできればと考えています。ノートに書いていただいたコメントは、「NL/ROKKO」終了後、公式サイトでご紹介する予定です。ZINEでも「なぜ働くのですか」というアンケートの答えを紹介していますが、お金のためというより、他人のためにと答えた人が思った以上に多かったのは一つの発見でした。
―「Niksen」の時間をとることや、コミュニケーション論、組織論の学びはとても貴重で、職場にそれが反映されるためには会社のトップ層にもこのような取り組みを伝えていければいいのですが。
昔から経営者は山歩きをしたり、一人の時間を作ることが大事だと承知していた方が多かったし、六甲山はそういう場でもあったはず。今回、経営者の方が新しい動きや考えをキャッチしてくれるのではないかと期待しています。「ROKKONOMAD」の会員企業さまや、山歩きをされている経営者の方がこの「NL/ROKKO」を広げてくださったり、ZINEを読んでくださると嬉しいですね。そして、これからはトップダウンではなく、社員から声を上げていく時代になると思います。
「仕事」から「活動」へ
―9月のZINEで印象的だったのは「楽しむリテラシーこそが、これからの技術」という言葉です。
これからは業務のDX化により仕事のボリュームが少しずつ減ると同時に、AIロボットが普及し、人がやらなくてもいい仕事が増え、職種による給与格差の広がりが予想されます。そこでセーフティーネットとしてベーシックインカムの議論や、ある一定の業種、企業に大きな儲けが入る仕組みを是正していくと、もしかしたら今のようにたくさん働かなくてもいい時代が何十年後かに来るかもしれません。一方、仕事から解放された時間をどうやって過ごせばいいのかわからず、病んでしまう人も出てくるでしょう。だから、子どもの時から自由に時間を過ごす体験をした方がいいし、産業革命時代は労働、今は仕事と呼ばれているものが、将来的には活動と呼ばれ、「私はこういう活動をしています」という時代になるのではないでしょうか。また自分でコミュニケーションをはじめ、様々な技術を身につけることも必要でしょう。これは12月のテーマとなるコモンズ(価値観を共有した社会システム)で触れていきたいテーマです。
話し合える場づくり
―初年度の「NL/ROKKO」は12月まで続きますが、今後の展開は?
みなさんが歩く中でリアルに感じたコメントがたくさん寄せられ、考えていることが可視化される。それが、新しい動きを生む大きな力になると思います。歩いたみなさんと一緒に話し合える場を作っていきたいですね。10月にはオランダより新しい働き方を実践するコーポレイトレベルズのメンバーを迎え、街の中でトークイベントを企画しています。すごく面白い話が聞けると思います。11月は循環型経済に着目し、先進的なオランダのベンチャー企業で起きていることについて、その概念と事例をご紹介します。歴史未来研究家のエドウィン・ガードナーさんをはじめ、毎月公式サイトより私がインタビュアーを務めたポッドキャストを配信しますので、ご注目ください。将来的には、行政と一緒にコモンズを構築していきたいですね。
text.江口由美
小泉 寛明
兵庫県生まれ。関西学院大学経済学部卒。カリフォルニア大学アーバイン校ソーシャルエコロジー学部都市計画修士号。1999年森ビル株式会社入社。2006年より株式会社アイディーユープラス取締役。2010年神戸にて有限会社Lusie代表就任。「自転車10分圏内のエリアディベロプメント」を志向し、神戸R不動産事業をスタート。一般社団法人KOBE FARMERS MARKET代表理事。「神戸から顔の見える経済をつくる会」代表。