9月号
⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.22 吉崎 航さん
新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。第22回は、ロボットの制御システムを開発する「アスラテック」のロボットエンジニア、吉崎航さん。
巨大ロボットを動かせ! SFアニメの世界を現実に
ロボット操縦の実現
「将来、ロボットを作る仕事がしたい…。そんな夢を持った子供たちが一人でも増えたらうれしいですね。私が子供の頃、そんな職業は存在しなかったですから。でも、そのためにはまだまだ頑張って、この仕事を世の中に広め、そして定着させなければ…」
こんな壮大な夢の実現に向け、吉崎さんはこれまで誰も手掛けてこなかった奇想天外なロボットの開発プロジェクトに挑んできた。
全高約4メートル、重量約4トンの大型ロボット「クラタス」や、人を乗せて動物のように歩く四足歩行ロボット。さらに極めつけは世間をあっと驚かせた全長18メートルの動く実物大の機動戦士ガンダム…。
子供から大人まで。アニメやSFの世界の中でしか存在しなかった憧れのロボットが、現実に目の前で動く姿を見せられ、驚嘆の声をあげない者はいない。
「全長20センチほどの小さなロボットから20メートル以上の巨大ロボットまで。基本的に〝動かせないロボット〟はないですよ」と吉崎さんは笑顔で豪語する。
それを可能にするのは、吉崎さんが長年かけて研究開発してきたロボット制御システム「V-Sido(ブシドー)」だ。
「V-Sido」とは、パソコンの頭脳をつかさどるOS(オペレーティング・システム)にあたるロボットを動かすための基本となるソフトウエア。
「人間で説明すると、腕や足など身体を動かすための小脳や脊髄にあたる中枢と言えばいいでしょうか。例えば人は大脳を使い、自分の意思で考えて歩きますが、転倒せずに、無意識のうちに両足を交互に動かして歩いていますね。ロボットでこの小脳の働きをつかさどっているのが、『V-Sido』です。ロボットが転倒せずに歩いたり、手の指同士を互いにぶつけることなく動かせるのはこのソフトで自動的に制御できているからです」
さらに、このソフトでロボットの動きを制御すれば、「小さなモーターから、油圧シリンダーなど大型の原動機まで、駆動系の種類を選ぶことなく、どんな大きさのロボットのアーム(腕部)でも脚部でも自由に動かすことが可能なんです」と吉崎さんは強調する。
「V-Sido」を使って、吉崎さんが手掛ける数々のロボットプロジェクトは、無限の可能性を予感させ、現実に多方向へと広がりを見せている。
アニメの世界が目の前で…
その最新のロボット・プロジェクトが話題を集めている。
10月24日まで兵庫県宝塚市の「宝塚市立手塚治虫記念館」で開催中の企画展「マクロス放送40周年記念 超時空要塞マクロス展」。この会場に吉崎さんがいた。
今から40年前の1982年にテレビ放映がスタートした人気アニメ「超時空要塞マクロス」。
この中に登場する主力メカである巨大宇宙戦艦「マクロス」の全長約70センチの模型が会場のメーンスペースに展示されているのだが、これがただの縮尺模型ではなかった…。
「self-transforming SDF-1 変形!マクロスロボ!」と称された模型は、天神英貴(マクロスビジュアルアーティスト)発案のもと、吉崎さんとの幾度にわたる打ち合わせにより企画が進行した。模型の中に「V-Sido」が搭載され、内部に組み込まれた15個の小型モーターを自動制御で動かしながら、次々と変形していく宇宙戦艦を再現。来場者たちをアニメの世界へと誘っていた…。
宇宙を航行する「マクロス」は、全長約1200メートルもある巨大宇宙戦艦。巨人の異星人と戦うため、戦闘状態になると軍艦の形状である「要塞艦」から、人型のロボット兵器の形状である「強攻型」へと変形(トランスフォーメーション)する。
会場の展示ブースの後方に設置されたモニターに映し出されるアニメ映像と連動して、このマクロスの模型が動くのだ。
「映像に合わせて毎日約7時間、展示期間中、約4カ月間という長期にわたり、故障することなくマクロスを動かさなくてはいけません。これは、かつてなかった過酷な耐久試験のようなプロジェクトでもあるんです」
常に未知のロボットプロジェクトに挑み続けてきた吉崎さんにとっても、今回は、よりハードルの高いチャレンジングなプロジェクトであることが分かる。
宇宙船前方部から2本のアーム(腕)が伸び、艦橋が突き出て頭部となり、後方部からは2本の脚部が飛び出し、ロボット形態へと変形してゆく。
この複雑な動きを、いとも簡単にやってのけるマクロスの姿はまるで自らの意思を持って動いているかのようで、見ていて感動を覚える。
アニメの中でしか、見たことのなかった、あの大掛かりなトランスフォーメーションが現実に目の前で再現されていくのだから…。
ゆっくりと時間をかけながら変形してゆくさまは、全長約1200メートルの〝超時空要塞〟が宇宙空間の中で変形していくリアルさをそのまま表現した凝りようだ。
「速くもなく、遅くもなく。アニメで描かれていた、緩やかなスピードで動かすことは今回のプロジェクトの重要なテーマ。これを実際の模型を使って再現することは、簡単なようでいて、実は、とても難しかったところです。筋力トレーニングのスクワットをイメージしてもらったら、より理解してもらえるでしょうか」と吉崎さんは語る。
不可能を可能に
吉崎さんは1985年、山口県生まれ。
もの心ついた頃からロボットアニメに興味を持ち、「ガンダム、マクロス、パトレイバー、トランスフォーマーなどが好きで、5歳の頃からガンプラ(ガンダムのプラモデル)を作っていました」と振り返る。
すぐに、プラモデルなど模型では飽き足らず、本格的なロボットの技術について調べたり、学ぶうちに、「実際にロボットを動かすためには…」と考え抜いた結果、ある一つの答えに辿り着いたという。
「さまざまな科学領域、技術の発展によって、現実に巨大ロボットを動かす可能性が高まってきていましたが、当時の技術で、ロボットを動かすために唯一、足りないものがありました…。それが、ロボットを自動制御して動かすソフトウエアであることに気づいたんです」
当時14歳。中学校の自由研究で、この答えを導き出したのだという。
これが、「V-Sido」の原点となる。
吉崎さんは、地元の中学校を卒業後、徳山工業高等専門学校(徳山高専)へ進学。〝ロボコン〟の愛称で親しまれる「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」の出場常連の強豪校だ。
2003年、女優の長澤まさみが、ロボコン出場を目指す高専生を演じた映画「ロボコン」が公開されたが、「この映画のロケは徳山高専で行われたんですよ。当時、私は部長で、実は映画にも出演しているんですよ」と笑いながら教えてくれた。
高専卒業後は千葉大学工学部へ進学。奈良先端科学技術大学院などを経て、現在のアスラテックの立ち上げにかかわる。
その間20年以上を費やし、一貫して「V-Sido」の研究開発を進め、精度を磨き上げてきた。
ロボット技術の未来
巨大ロボットのイベントでは、小学生たちが遠隔操作でロボットの指を動かす実験が行われ、注目を集めた。
「このときは、小学生でも簡単に操作できるようグローブ型のコントローラーを作りました。グローブをはめて指を動かせば、巨大なロボットの指も同じように動く。つまり操縦者を選ばない。誰もが自在にロボットを動かす時代が、もう夢ではないことを伝えたかったから」
マクロス展の会場には、40年前にアニメを見ていた大人世代と、その子供たちの世代が、まさに「時代」(とき)を超えて訪れている。
「マクロスのアニメを見たことのない子供たちも、『V-Sido』で動く巨大宇宙戦艦を見て、ロボットに興味を持ち、そこからロボットに関わる仕事にも興味をもってもらえたら。もうロボットはアニメの世界の存在だけではないのです」
構想中のロボットプロジェクトがまだまだあるというから楽しみだ。
(戸津井康之)
吉崎 航(よしざき わたる)
1985年8月11日生まれ。山口県山口市出身。
ロボット制御システム”V-Sido”(ブシドー)の開発者で、日本でも有数なロボット技術者として知られている。2009年、経産省所管の IPA (独立行政法人情報処理推進機構)が実施した「未踏 IT 人材発掘・育成事業」に吉崎のプロジェクト「人型ロボットのための演技指導ソフト」が採択され、”V-Sido”として発表。その成果により、特に優れた人材として経産省から「スーパークリエータ」に認定される。2013年 7 月より アスラテック株式会社チーフロボットクリエイターに就任し、現職。同社にて”V-Sido”関連のビジネスを展開している。ロボット関連の講演も数多く、広くロボットの普及に努めている。