8月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.1
神戸大学医学部附属病院 形成外科 寺師 浩人先生に聞きました
大学病院の先生方にお話を伺う新シリーズ。第1回は寺師浩人先生。大きな手術が多い大学病院では、他科とチームを組み執刀にあたっている寺師先生ですが、「形成外科は子どもからお年寄りまで、誰にでももっと身近な存在にならなくてはいけない」と話します。どういうことでしょうか?
詳しくお聞きしました。
大手術での欠損部分を再建
緻密な技術で生着させる
―形成外科とは。
4つの柱があり、まず悪性、良性にかかわらず全ての腫瘍。体の表面をはじめ、胃や肝臓、腎臓などの臓器を除くあらゆる軟部組織にできる、いわゆる〝できもの〟の治療です。次は、切断や熱などによる創傷、褥瘡なども含むあらゆる外傷。骨に関わる外傷は整形外科ですが、顔面骨折は形成外科の範疇です。3つ目が、耳や唇、口の中など首から上のケースが多いのですが、体表面に現れる形状の先天異常です。ここまでは先天性・後天性いずれも、損傷した部分を正常に復するのが役目です。4つ目は少し特殊で、さらにビューティーを目指す美容。形成の一段上にあると捉えてもいいかもしれませんね。
―どんな方法を使うのですか。
主に手術という手法を使って疾患に対峙し、「ノーマルに、さらにビューティーに」というのが形成外科の基本です。形成外科ではほぼ毎日、手術の予定が入っています。大学病院ですから再建が絡んでくる大きな手術が多く、他科からの依頼を受け連携する手術がほとんどです。乳房再建をはじめ、舌、口腔内、食道、胸骨・肋骨、外陰部、へそ、肛 門などなど、頭のてっぺんから足の先まで手術によって欠損した肌に近い部分を、できるだけ体の他の部分から持ってきたものを使って再建する手術です。
―再建にはどういう技術を使うのですか。
どんな組織を持ってきても、元の組織とつながらなくては生着しません。非常に細かい動脈、静脈、神経をつなぎ合わせる技術を使います。他から持ってきた組織でも同様ですから、腎臓移植を初めて手掛けたのも形成外科医で、臨床医でノーベル賞を獲得した最初で最後の医師です。今では、比較的血管が太い腎臓は泌尿器科医が担当していますが、より緻密な技術が必要な肝移植手術のチームには必ず形成外科医が入っています。
―完全な状態に戻すということですか。
ヒトは哺乳類の中でいろいろな意味で最高位にありながら、「傷が治る」という観点では最低に位置する動物です。例えば爬虫類のトカゲはしっぽが切れても骨、軟骨、皮膚、血管、神経まで再生され元に戻ります。半分に割ったら2個体になる下等動物もいます。形成外科はヒトも「どんな傷でも傷跡を残さず治す」というところを目指して努力していますが、残念ながら〝神様が作った状態〟まで戻すことは難しく、できるだけ近付けようとしています。
―生きていく上で見た目も大切ということですね。
先天性奇形の子どもさんと親御さんが何年も悩み、心が病んでいるのなら、可能な限りの外科的手段でノーマルに復することができれば気持ちは全く変わってくるはずです。それだけでなく、体のどの部分の形態もきちんとした機能が働くという前提でできあがっています。例えば唇裂・口蓋裂はそしゃくや言葉にも関わってきますから見た目だけでなく機能の回復にもつながります。小耳症でめがねやマスクをかけられず困っている人も多く、形態を整えてあげれば生活の質向上にもつながります。
子どものけがや在宅医療
形成外科を身近な存在に
―大きなけがや大手術でお世話になるのが形成外科。普段の生活ではあまり身近な存在ではないということですね。
大学病院は特殊な環境です。一般的な形成外科は決してそういうわけではないんです。やけどをした、切り傷をしたというとき、皆さんは何科を受診されますか?子どもさんのけがも多いですね。
―外科や皮膚科、子どもなら小児科へ急いで連れて行きます。
もちろん各科の先生方がきちんと処置してくださると思います。でも私たち形成外科医は治療して、その後も長くケアを続け「傷跡ゼロ」の状態に戻してあげたいと思っています。
―街を歩いていてもあまり「形成外科」という看板は目にしません。見ても自分には関係ないと思ってしまいます。
そうですね。創傷外科学会で頑張ってPRしていますが、まだまだ努力が足りないですね。約170人いる同門たちがあちこちですごく頑張っています。子どもさんのためには学校の先生も巻き込み、高齢化社会では在宅医療にもどんどん入っていく必要があると思います。
―高齢者にも形成外科ですか?
高齢になると傷は治りにくくなり、中でも心臓から遠い足の傷は最も治りにくく、それが原因で歩けなくなると介護が必要になります。非常に多い糖尿病患者さんの壊疽が進むと足を切断せざるをえなくなり、透析患者さんは虚血になりやすく足の動脈硬化が進むと傷が治りにくくなります。そうなる前に処置したり、予防したりしてご自身の歩きを維持することが高齢化社会では重要です。それには他科との連携が必須ですから、長年の経験を持つ形成外科の役目だと考え、今年からアジア初の「足病医学」専門部門を立ち上げました。詳しいことは次回、担当の専門医からお話しをさせてください。
―形成外科の次世代を担う若手の指導は?
私の場合は、若手を指導するにあたって手術が非常に分かりやすいと思っています。手の止まり方一つで「何が分からないのか」が完璧に見て取れます。手術の中には会話が潜んでいますから、何度も見ていると「何を考えているか」まで分かってきます。だから手術は一人でやってはいけないんです。もちろん手術は患者さんの人生に大きく関わってくる真剣勝負ですから、私は瞬き一つせずにじっと見ながら、ある意味〝指導の場〟としています。
―最後に形成外科医を目指す若い人たちに向けて一言。
私自身が若い時から40年ちかくかけて培ってきたもの全てを、今の20代に伝えたいと思っています。できるだけたくさんのものを受け取ってください。若い人たちが受け取るものが多ければ多いほど、これからの医療の進歩に大きく貢献できるはずです。
寺師先生にしつもん
Q.寺師先生はなぜお医者さんになったのですか。
A.「ブラック・ジャックになろう」と思ったから。小学生のころ特に漫画が好きなわけでも、手塚治虫が好きなわけでもなかったのですが、ブラック・ジャックを読んで「こんなことができるのか!」と感動しました。やっていることのほとんどが形成外科分野だと知ったのも、医学的にはちょっと違うところもあると分かったのも医学生になってからです。例えば彼は黒人の肌の一部を移植したと言っているが肌色がそのまま残ることはないはず。しかし彼は誇りを持ってそう言っているんです。素敵じゃないですか?ピノコはなぜ生まれたか知っていますか?彼女は双子になれなかった畸形腫で、意思を持っているから切り離せない。彼は「必ず生き返らせる」と約束して切り離し…ブラック・ジャックについて語り出したら止まりません(笑)。
Q.趣味や好きなことは?ブラック・ジャック以外で(笑)。
A.最近「ボヘミアン・ラプソディ」を観て、フレディ・マーキュリーはやっぱりいいなあと改めて思っているところです。クイーンはちょうど学生のころ聴いていましたからね。普段聴くとしたらチェット・ベーカーのような気だるいジャズが多いかな。ゴルフは好きですね。戦略的なところが手術と通じる部分があるかなと思います。
Q.健康法は?
A.気を使っていることはないのですが、形成外科学教室で若い学生たちと日々、接していることかな。この新しい形成外科学教室もいくつかあった部屋の壁を取っ払ってワンフロアにし、全体を見渡せるようにしました。学生たちも自由に動き回れます。自分でデザインした大きなテーブルを中心に配置して、プロジェクターを置き画像を見ながら若い人たちと話し合います。医学部を目指し形成外科に入ってきた思いが一人一人違ってそれぞれが真剣で、「いいなあ」と思って聞きながら、私は若さと元気を分けてもらっています。