1月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第115回
With コロナ下の医療を考える
2020年、医療は未知の感染症との闘いに明け暮れた。また、社会も大きな影響を受けた。
今回は新型コロナウイルスの話題を中心に、兵庫県医師会の空地会長にお話を伺った。
「正しく怖れる」ことが大切
─2020年は社会全体が新型コロナウイルスに翻弄されました。第一波の時は大変だったのではないでしょうか。
空地 医療崩壊の直前まで迫っていた可能性があります。SARSや新型インフルエンザなど過去の新興感染症の経験があまり生かされていなくて、体制整備ができておらず、第一波の時に戸惑ってしまい、結果的に我々にも準備不足があったということですので、猛省しています。医療機関でも十分注意していたにもかかわらずクラスターが発生してしまい、また、患者を診察した医療機関などへの誹謗中傷、風評被害もあり、医療従事者のモチベーションを下げて、それが医療崩壊に繋がりかねないと懸念していたのですが、幸いそういうことなく、医療従事者のみなさまはしっかり現場を支えてくださいました。
─医療従事者の方々には本当に頭が下がる思いです。
空地 防護具はない。消毒薬もない。治療方法も手探り。そのような状況の中で「はい、診なさい」と言われたら、恐怖に慄くのは当たり前です。しかし、医療関係者も行政も保健所も非常に頑張ってくれました。世界中にそういう勇気ある人たちがいたから、いまこうやって医療体制が保たれているのだと思います。モチベーションが落ちたらあっという間に医療は崩壊しますよ。
─いま第三波で感染者数は増えていますが。
空地 感染経路不明が増えていることからも、今後も増えていくのではないかと予測されています。今後、医療体制逼迫の可能性は十分考えられ、厳しい状況が見込まれます。
─再感染はあるのでしょうか。
空地 いまヨーロッパで再感染が増えているとの報告がありますが、それは変異株によるものではないかという見方もあります。日本もそうなる危険性はあるでしょう。
─ワクチンが開発されていますが、見通しはいかがですか。
空地 我々も報道される程度しかわかりませんが、アメリカなどの製薬会社が有望なワクチンを開発したそうで、ウイルスとの闘いの強い武器になるでしょう。医師会としては安全性と効果が確認できれば、接種に最大限協力していくという方針です。
─治療については効果を上げているそうですが。
空地 特に重症にはウイルスの増殖を抑える薬、炎症を抑える薬、免疫反応を抑える薬を併用することで効果があることがわかってきています。また、血中タンパク質の解析で重症化予想も可能になってきているようなので、実用化されれば重症化の前段階でピンポイントに治療ができると思います。現場では人工呼吸器やECMOを使う前に治療を完結させることを目指して取り組み、一定の効果を上げています。ある程度病態の把握ができ、治療法も見えてきていますので、感染者が増えても重症者や死亡者は抑えられてきましたが、第三波は高齢者の感染が増えていますので、重症者や死者が増加する危険性があり、注意が必要です。
─治療法は手探りで資材も不足していた緊急事態宣言時とは状況が違いますね。
空地 ですからきちんと感染防止策をとった上で、「正しく怖れる」ことが大切です。
─医療か?経済か?の議論がありますが。
空地 難しい問題ですね。しかし、医療の側からすると、国民の命や健康はかけがえのないものですから、規制が必要ならば躊躇すべきではありません。最終的に判断するのは政治の役割・責任ですが、議論するためにも医療側も経済側もしっかりしたエビデンスを持ち寄ることが重要ではないでしょうか。
医療機関に継続的な支援を
─コロナは医療機関の経営にも打撃を与えました。
空地 すべての診療科において前年度比2~3割の減収になっています。重症患者を診ている病院も例外ではありません。感染者の病床確保のために一般病床を転用せねばならないし、中には病棟まるごと感染者受け入れに振り向けた病院もあります。手間も労力もかかるし、資材も必要なのに、収入は増える訳ではないのです。重症患者を診る病院のバックアップのために軽症を受け入れたところも、一般の患者の来院が減って減収になっています。一般の医療機関も外出自粛や感染危惧などによるいわゆる「受診控え」が起こっています。ですからほぼすべての医療機関が影響を受けたといわれています。中でもそれが長引いたのは小児科と耳鼻咽喉科ですね。今後も継続した支援が必要ではないでしょうか。
─開業医には新型コロナ感染症の重症化リスクが高い高齢の医師もいらっしゃいます。
空地 新規感染者が増え、クリニックに来院する例が増えてきていますので、開業医における感染リスクは上昇しています。いまの状況でみると70歳以上、特に80歳以上の重症化率や死亡率はかなり高いですから、高齢の先生方は感染されると重症化の危険性があり、大変心配しています。高齢の先生方は特に過疎地域に多く、地域医療を守ってくださっています。感染防止のため休業という事態になると地域医療がストップし、他の病院に負担がかかり、医療崩壊に繋がりかねないので憂慮しています。
オンライン診療は安全か?
─コロナによりオンライン診察が認められました。
空地 現在の対応は突発的なもので、例外的です。感染防止という意味づけにおいて行われている現在のオンライン診療のあり方はやむを得ないと考えています。電話での初診対応も可能という何でもありの状態ですが、処方日数制限や精神疾患関連のお薬は処方できないなど、一定の歯止めはあります。
─オンライン診療の恒久化、つまり非常事態を脱しても継続していくということが議論されていますが。
空地 これは大きな問題です。電話ではなく、画面を通じた診察だと思うのですが、モニター越しでは我々の欲しい情報を十分得ることができませんし、採血・レントゲン・心電図などの検査もできません。もし緊急対応が必要になったときも速やかな処置もできません。デメリットが大きいですね。
─誤診の可能性も指摘されています。
空地 その通りで、少ない情報で診断をしたり処方したりすることは誤診に繋がりかねません。誤診が発生した場合、どこまで医師が守られるのか。対面でできたことがオンラインでできないことが許されるのか。社会的・法律的にこのあたりは懸念するところですので、事象を一つひとつ検証しながら信頼性、効果、そして何より安全性をしっかりと確かめた上で、そして重要な本人確認や情報漏洩といったセキュリティの課題にも目を向けて、それらがすべて解消されてはじめてオンライン診療が認められるのではないかと我々は考えています。患者さんも電話だけ、画像だけでの診察は不安でしょう。コロナ以前からオンライン診療に対応している先生からも、全くの初診をオンラインというのは反対という声が多く上がっています。
感染症を視野に医療計画を
─コロナ対策以外で2021年に兵庫県医師会として取り組んでいきたいことは何ですか。
空地 地域医療構想ですね。調整会議をしっかりと軌道にのせていかないといけないと思います。今までは効率化やベッド数削減が求められてきましたが、今回のコロナ禍のような急激な医療需要の増加にも対応でき、しかも日頃の医療もしっかり提供できる体制をどうやってつくっていくのかを議論していかないといけないですね。
─コロナを踏まえた地域医療構想を実現していくのですね。
空地 機能を柔軟に連携・運用できるように、フレキシブルな形が必要かなと思います。そして医療過疎地域でもきっちりそういう体制を構築できるようにしないといけません。もともと地域医療は医療計画にのっとって進められてきている部分が多いのですが、その中に新興感染症に対する計画が抜け落ちていました。それ以外のところでは日本の医療体制のすばらしさを自負していたのですが、残念ながら今回、弱い部分が露呈してしまいました。医療には効率化が求められてきて、直前の地域医療構想の調整会議でも約440の公立・公的病院において機能や病床について見直しが必要だと公表されました。病床の余剰は無駄とみなされて整理される方向にあったのですが、今回、急激かつ膨大な医療需要をまかないきれず、余裕のない事態に直面したので、従来の発想を転換する必要があります。兵庫県医師会は災害対応に関しては進んでいますが、今後は新型感染症対応にも力を入れていきたいですね。
受診の前に必ず電話を
─会長から県民のみなさまにぜひお伝えしたいことがあるそうですが。
空地 万が一熱が出たり、風邪症状が出たり、だるかったり、自分でコロナやインフルエンザではないかと不安を感じた場合には、まずはかかりつけの医療機関へ、かかりつけがない場合はコールセンターへ電話をお願いします(図1)。直接医療機関を訪ねると、もし感染していた場合、他の患者さんや医療関係者にうつしてしまう可能性があります。現在、病院や診療所に手上げしていただいて、「発熱等診療・検査医療機関」を指定しています。いま県内で900強ありますが、今後追加指定もあると思います。
─コロナ疑いの患者さんを診てくれる医療機関があるのですね。
空地 はい。「発熱等診療・検査医療機関」では必要な検査体制を確保しているだけでなく、医療従事者の十分な感染対策が講じられ、発熱者等が他の疾患の患者と接触しないよう動線や時間を分離していますので、安心して診ていただけます。ですが医療機関によっていろいろな対応があり、かかりつけの患者さんに限り診察する医療機関が約7割で、どの患者さんでも診ますというところは限られます。また、一般の患者さんとの接触を防ぐために、感染疑いの患者さんの診察時間を限定したり、ドライブスルーで検査をしたり感染防止のためいろいろな工夫をしています。ですからまず電話で確認の上、受診していただきたいのです。また、受診時には必ずマスクの着用をお願いいたします。みなさまのご協力が混乱を防ぐことに繋がりますので、よろしくお願いいたします。
(注)
※記事内容は取材日(2020年11月18日)時点での情報に基づいています。新型コロナウイルスに関する情報は日々変化しています。最新の情報は各自ご確認ください。
一般社団法人兵庫県医師会会長
空地 顕一 先生
1956年、兵庫県姫路市生まれ。1984年、京都大学医学部卒業。1997年、姫路市で祖父、父と続く空地内科院を継承。2012年、姫路市医師会長に就任。2016年、兵庫県医師会長に就任。専門はリウマチ・膠原病。医学博士。日本内科学会総合内科専門医。日本リウマチ学会認定専門医。日本プライマリ・ケア連合学会認定医