11月号
縁の下の力持ち 第17回 神戸大学医学部附属病院 救急・集中治療センター
全身管理のスペシャリストが急性期の治療を支える
重篤な状態で病院にやって来て、やがて元気になって退院していく。よく目にする光景です。その〝縁の下〟では、全ての臓器の急性期医療に精通した全身管理のスペシャリストが、急性期の患者さんの命を支えています。
―どんな設備があるのですか。
1室の広さが十分にあり、集中治療専門医が専従し、医療機器の専門家である臨床工学士が24時間対応し、患者さん2人に対して1人の集中治療看護師が担当し、さらに集中治療認定看護師が在籍しているといった条件を満たしたICUが20室あります。また、症状がやや軽度な集中治療患者さんを対象とし、専門医専従の必要はありませんが、患者さん3~4人を1人の看護師が担当するHCUが12室、合せて32室です。
―どんな患者さんの治療をするのですか。
急性期の患者さんです。主に敗血症と言われる重症感染症の患者さん、術後に人工呼吸器を必要とするような大きな手術を受けた患者さん、一般病棟で状態が急変した患者さん、さらに救急外来に来られた重症患者さんや通院患者さんが急変した場合の受け入れもあります。重症な患者さんはICUに入室いただきます。回復してこられたらHCUに移っていただくこともあります。さらに回復されたら一般病棟に戻っていただく。これが当センターの役割です。
―江木先生のお仕事は。
手術を受ける患者さんの周術期管理と集中治療室での治療を担当しています。いろいろな診療科の重症患者さんを担当しますので、個々の患者さんの病態は多岐にわたっていて一言で仕事の内容を説明するは難しいですね。意識障害、心不全、呼吸障害、肝臓や腎臓の障害などがあり、多くの場合それらが重複していますので、個々の患者さんの状態を診て、問題を見極め、どこにポイントを絞って治療するのが最善か判断して、多くの先生達と一緒に治療にあたっています。一律の治療方法がないのが集中治療の現場です。
―集中治療専門医は麻酔科医というのはなぜですか。
「麻酔科医は手術室で麻酔をしている」というのが皆さんの印象でしょうね。もちろんそれが役割ですが、実は非常に幅広い分野をカバーしている医師なのです。例えば、腎移植手術では透析患者さん、肝移植手術では肝不全の患者さんを担当します。心臓、脳、肺…各臓器にさまざまな合併症を持った患者さんがおられますが、どんな手術でも麻酔が必要です。どんな患者さんでも安全に麻酔ができるように研修をきちんと積むにつれ自ずと全身の管理ができるようになり、集中治療の下地ができてきます。当センターでは現在、麻酔科専門医の中で集中治療を得意とする5人がチームを組んで集中治療を担当しています。
―主治医の先生方との連携が不可欠ですね。
そうですね。また、複数の病気が同時に生じていて、複数科の先生と連携する必要もあります。病気にはいろいろな側面があります。体の中の水分が増えると肺や心臓に負担がかかるので呼吸や循環の専門家は体の水分を減らしたい。腎臓の専門家は腎臓を守るために体の水分を多めにしたい。では、肺と腎臓の両方に障害がある患者さんはどうすればいいのか?重症患者では障害は多臓器にわたることもありますので、それぞれの臓器治療のベクトルを1本の軸、つまりバランスの取れた治療方針へと向けます。ここで力を発揮するのが集中治療医です。重症患者の病態を考慮し、バランスのとれた最適な治療を実践する。そんな役割でしょうか。
―なぜ、麻酔科専門医に?
子どもの頃の経験から、白血病治療の進歩に貢献したいと内科医を目指していました。内科での研修前に、全身管理を学ぶために麻酔科で勉強をさせていただいていた時に、いまでも目標とする麻酔科の先生に出会いました。ある日、集中治療室にとても重篤な患者さんが運ばれてきました。私は「助けることができるだろうか」と不安になりましたが、その先生は「ちゃんと治療すれば治る」と…。事実、患者さんは元気になって退院されました。私は嬉しいのと同時に、患者さんのことをあきらめかけていた自分を恥ずかしいと思いました。以降、この先生に少しでも近づきたいと、この道に進むことを決めました。
―退院する患者さんに会う機会はあまりないですね。
主治医の先生と一緒に報告に来てくださったり、日常生活に戻られてから近況を知らせてくださったりすると、若い頃は嬉しくて「いい仕事だな」と思いました。今は後輩たちがそういう経験をしてくれるといいなと思っています。私自身は感謝の言葉を聞くことはなくても、患者さんのために重要な役目を果たしていると分かっていますので〝縁の下〟に満足しています。誰にとっても、ICUやHCUで私たちに会わないのが一番の幸せですから。