11月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第一〇一回
県内の医療格差
─近年、日本は「格差社会」と言われていますが。
中川 成熟した社会の中にあって、格差は個人間にも企業間にも地域間にも存在します。それは、人はそれぞれ考えも生き方も違うし、企業は業務も業態も違うし、地域は地形も気候も違いますから、差違があるのは当然で、完全に「格差のない社会」は現実的ではないですよね。
─差違から格差が生まれてしまうのはある意味自然なことですよね。
中川 ですから「格差はすべからくいけない」とはいえないですし、「頑張った者が報われる」ことは別に悪いことではないと思うんです。でも、努力する個人、会社、地域がより豊かに便利に安心になって「上」へ伸びることは社会の活力の基になりますが、問題は格差が「下」に広がる状態です。経済的に弱い地域がより不便になり、不安感が強まっていくような事態は避けなくてはなりません。
─いまの日本は格差が「下」へも広がっているように感じます。
中川 日本の貧困水準世帯、すなわち平均所得の5割以下にとどまる所得しか得ていない世帯の率は、アメリカと並んで世界最大となっているとの報告も無視できません。このような時代の変化の中で、「一人ひとりの生命と尊厳を守っていける社会であるか」という考えは重要で、特に人の命に深く関わる医療の役割はますます大きくなると思います。
─医療に関する格差には、どのようなものがありますか。
中川 患者さんから見て医療を受ける際に問題となるのは、大きく2つに分けられます。1つは医療機関が都市部に偏って地方で無医村・無医地区が増加するといった「地域間地理的要因格差」、もう1つは高度医療サービスの高付加価値化、高額化により所得によって受けられる医療に差が出てくる「経済的医療サービス格差」です。医療改革や規制緩和によって新たな格差が生じることや、さらなる格差の拡大なども懸念されています。
─兵庫県の医療供給は全国的にみて他地域と差がありますか。
中川 全県を通しての人口当たりの病床数の偏差値(※)が48、一般病床が49、総医師数が50、総看護師数が48など、ほとんどの指標が全国平均レベルです。
─県内での地域間の格差はいかがでしょう。
中川 神戸地域では人口の28%が集中していて、病院勤務医数の35%、全身麻酔数(大きな手術の数と同義)の38%、総看護師数の30%と人口比率以上の集中状態で、急性期医療の過剰感があります。前述の通り県全体は全国平均レベルでも、大都市部に医療資源が集中しているため、丹波、但馬、西播磨、淡路の病院勤務医数と全身麻酔件数の偏差値(※)は47を下回っています。これらの地域は医師数が少なく、病床数や看護師数が多い過疎型の傾向が見られ、このような地域間格差は存在しています。
─なぜ地域間格差が拡大しているのですか。
中川 平成16年に始まった新医師臨床研修制度により、大学による医局講座制のもとでの人事が機能しなくなったことが一因として考えられます。それまでは新人医師の研修先は出身大学の医局が主で、そこからへき地など各地の病院へ医師を派遣することが可能だったのですが、新制度では研修先を新人医師がほぼ自由に選べるようになったため、競争力の高い都会の大学病院や有力な関連病院と競争力の低い地方大学や過疎地域の病院間で医師獲得という医療環境の格差が拡大してしまったのです。この競争の中で医師を確保できなくなった医局は人手不足となり、地方の中核病院から医師を引き上げてしまい、その結果診療科を維持できない地方病院が続出し、適切な医療にかかれない患者さんが存在するへき地医療の事態が問題となっています。
─この格差をどのように是正・縮小するのでしょう。
中川 2014年6月に成立した「医療介護総合確保推進法」によって「地域医療構想」が制度化され、これに基づき二次医療圏を基本に「構想区域」を設定し、構想区域ごとに高度急性期、急性期、回復期、慢性期の4つの医療機能の病床の必要量を推計し、合理化・合併などを含め体制の整備を計画しています。
─県医師会はどのように関わっていますか。
中川 地域医療構想を県民へより良く実現するため、県医師会としてはシンクタンクを中心に「地域医療構想調整会議」をまとめ、関係者の協議を通じて地域の状況に応じた病床の機能分化と連携を進めていますが、医療圏ごとにそれぞれの事情があり、発想が違うため話し合いを重ねています。医師会も現場の先生も県民のために日常診療以外でも頑張っているんですよ。
─でも、医療機関を整備してもそこへ行く手段がなければ意味がないですよね。
中川 兵庫県ではドクターヘリの配備や道路網整備など、医療を考えたインフラ整備を進めています。例えば、東播磨南北道路で新しくできた加古川医療センターと北播磨総合医療センターが繋がるという感じです。医療格差の問題は、地域のグランドデザインの問題を解決することで改善する可能性があるのです。
─兵庫県は「日本の縮図」ですから、ここでうまくいけばわが国の医療格差の問題にも光明が差しそうですね。
中川 北は日本海に面して南は瀬戸内海から太平洋へと続き、大都市から農山村、離島までさまざまな地域で構成され、降雪地もあれば温暖地もあるなど多様性に満ちた兵庫県は全国のモデルケースです。今後、さらなる少子高齢化などの社会変化、医療従事者の働き方改革など供給体制の変化が見込まれますが、それに対応して医療機関に行きたくても行けず失われる命を守って、手遅れになるようなことのない社会が望まれます。その命運を、兵庫県の地域づくりが握っているのかもしれませんね。
※「偏差値」とは、あるグループの中で平均からどのくらいの位置にあるかを示す値。
平均値を偏差値50として、平均値よりも高いほど偏差値は65、70…と上がり、平均値よりも低いほど偏差値は45、40…と下がる。