11月号
音楽のあるまち♬22 <対談>オーケストラの音は、地球が鳴っている音!
オーケストラの音は、地球が鳴っている音!
~弦楽器って樹の胴体に羊の腸の弦を張って、馬の尻尾で擦るんです~
神戸フィルハーモニック音楽監督(兼常任指揮者) 朝比奈 千足 さん
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作家・音楽評論家 響 敏也 さん
神戸に市民オーケストラを!40年前誕生した神戸フィル
―今年で40周年ですね。
朝比奈 「神戸に市民オーケストラをつくる、しかも市が先頭に立って進めている」と伝え聞いたのは、ドイツで自分自身の夢を追いかけていたころ。私は神戸っ子ですから、「オーケストラがあったらいいな」と漠然とした希望は持っていましたので「いよいよか」と楽しみにしていたところ、「帰って来い」と声がかかりました。1979年3月に帰国、6月には神戸フィル発足に至り、発起人各氏からの推薦を頂き、翌年から音楽監督兼常任指揮者に就任することになりました。「関西を代表するオーケストラに」という思いで40年、紆余曲折はありましたが、皆さまのお力添えを頂きながら続けることができました。
―印象に残っている演奏会は。
朝比奈 ちょうど「ポートピア81」が開催され、開会式や関連イベントでの演奏をほとんど受け持ち、皆さんに認知していただきました。震災では「もうダメか」と思ったのですが、団員たちの努力で何とか再建し、ルミナリエ第1回オープニングで演奏させていただいたときには感慨深いものがありましたね。
クラシックを題材に〝面白いネタ〟もやっている
―響さんはどんなサポートを?
朝比奈 響先生にはプログラムの解説を書いていただいている他に、演奏会のネタに困ったら相談に行きます。すると面白いネタがどんどん出てきて、すぐに台本が出来上がります。
響 普段から台本や脚本は営業品目ですから(笑)。震災の直前、人生や作曲についてベートーヴェンが自ら語るという台本を神戸フィルに執筆しました。桂小米朝(現・五代目桂米團治)さんに演じていただき、最後の「みなさん私がベートーヴェンです。人類の勇気の味方です」というセリフでは泣いている団員の方もいたそうです。そして、年が明けたとたんに震災。聴いていただいたお客さまの中にも犠牲になった方がおられるのではないかと思うと、未だに忘れられない演奏会の一つです。
朝比奈 他にも先生のアイデアはたくさんあって〝普通ではない演奏会〟は全て響先生の台本です。「カルメン」は面白かったですよ。組曲を演奏する間に「カルメンその後」を語る。カルメンを殺してしまったドン・ホセが獄中で、過去を振り返りながら愚痴を言う。そのセリフがおかしくて、笑っているうちにお客さんにはカルメンの物語がよく分かる。「眠りの森の美女」でお婆さんの語りが入るというのもありましたね、役者さんや声優さんは先生が連れて来てくれて、本当にありがたいと思っています。
響 近頃は、台本付きでショウアップしたオーケストラ企画が増えています。神戸フィルは、その先駆け。互いに命知らずで(笑)。
アットホームな雰囲気が、爽やかな演奏に表れている
―練習はどんな雰囲気ですか。
朝比奈 音楽家はみんな個性的でそれぞれに自分のイメージを持っていますから、練習が始まると私と団員がお互いに手探り状態。長年付き合っている団員とはお互いに考えていることが分かり合えますし、若い団員は自分の考えを主張してきます。その都度、表現の仕方を調整しながら、最後に決めるのが私の役目です。曲全体をどんな作りにするかを〝打ち合わせする〟のが練習の基本です。
響 自由に意見を出し合いながら合議制で演奏を作っていき、最終的にまとめるマエストロがいるというのが大人のオーケストラの理想です。そういう意味で神戸フィルは、風通しがよくてアットホームな雰囲気があって、聴いていて爽やかです。どんな有名なオーケストラでも今は厳しい状況です。一つのミスも許されない切羽詰まった感じがあり、それなりに迫力はありますが背水の陣のような悲壮感が伝わってきます。神戸フィルも同じような状況にあるはずなのにどこか、おっとりしていますね。
朝比奈 それが欠点でもあるかも。もちろんミスは許されないのですが、私は厳しさが足りないかな。若い団員は「お父さん」と言ってくれるのですが(笑)。
響 指揮者と団員が親子のような関係になれるオーケストラなど他にはまずないですよ。長年、朝比奈さんが心血注いで育てている神戸フィルだからこそだと思います。
朝比奈 会場が満席になり立ち見も出て、チケットが手に入らない…そんな演奏会にすることをずっと理想としてやってきました。発足当初の定期演奏会は物珍しさもあり、そして震災後のマーラーの交響曲第2番「復活」は神戸の人たちの心を掴み満席になりました。それ以来は実現できていません。神戸の人たちに支持されるプログラムにしたいといつも考えています。
響 意外と神戸の人たちは出不精ですからね。遊びには行くけれど、日本中で手に入らないようなコンサートチケットが神戸では余っている。
朝比奈 「神戸フィルのチケットまだ買ってないの?!」という雰囲気になればいいですね。阪神タイガースファンのように…。甲子園球場はいつも満杯ですから(笑)。
若い演奏家を迎えて、育てて、一緒に成長しよう
―「第79回定期演奏会」は。
朝比奈 今回はピアニストと指揮者を招待します。指揮者にはベートーヴェンの「エグモント序曲」を振ってもらうことにしました。指揮者として必ず通過しなくてはならない課題曲です。どう振ったらいいのか迷う箇所が非常に多くて、私も駆け出しのころ一番苦労した曲、全ての要素が入った曲、この曲を振れなければ指揮者にはなれないといわれています。
響 この選曲は〝試練〟ですね(笑)。棒の腕前から、心の持ちようから、音楽のセンスまで、全部が分かります。車の運転で例えれば、エンジンをかけるところから始まり、アクセル、ブレーキ、ギアチェンジ、車庫入れまで、全ての腕前が分かります。
朝比奈 指揮者にとっては試練でしょうし、この曲のことを知っている人にとっては、面白い聴き方ができる演奏になると思いますよ。
響 マエストロの選曲にはいろいろな意図が隠れているんですよ。
朝比奈 説明をしなくても響先生は全てを言い当ててくれます。時には僕が思いもしなかったことまで探し出してくれて「さすが!」といつも感心させられています。
響 謎かけのように楽しんでいます。解けなかった謎は一つもないな(笑)。
―いろいろな楽しみ方があるのですね。その他の聴きどころは。
朝比奈 ショパンの「ピアノ協奏曲第1番」、のだめカンタービレで有名になりましたね。これは都はるみの「北の宿から」、「あなた変わりはないですか~」。ドボルザークの「交響曲第8番」、これは童謡「黄金虫」、「こがねむしは金持ちだ~」。
似たメロディーがね、出てくるんですよ(笑)。どこに出てくるか、続きは演奏会当日。
オーケストラの生演奏を聴くことは、とても贅沢なこと
―オーケストラの魅力とは。
響 オーケストラの音は、地球が鳴っている音です。樹の胴体に羊の腸の弦を張って、馬の尻尾の弓で擦って音を出す弦楽器、鉱物で作る金管楽器、木管楽器も木で作られます。植物、鉱物、動物がハーモニーを作っています。究極の「令和」、今が麗しい調和の時代、オーケストラの時代なのです。では、百人のオーケストラの音も一人が電子機器で簡単に作れる時代に、何でわざわざ出かけて行って、くしゃみや咳をしたら怒られるような所に何時間も閉じ込められて聴かなくてはいけないのか?それは、マイクも通さない楽器の音が何にも遮られることもなく耳に入ってくる究極の贅沢だからです。スーパ―マーケットで買う袋菓子とお母さんの手づくりおやつの差です。今日、この会場に来てくださっているお客さまだけのために、100人近くの団員諸氏が何日間も練習して、類まれなる天才が作った曲を演奏しているのですから、この上ない贅沢です。神戸フィルの演奏を聴くことがとても贅沢なことだと分かってもらえたら、心豊かになって、神戸もより良いまちになると思います。
朝比奈 ベートーヴェンのような大天才が作った曲に感動しないはずがない。心のバリアを外して、クラシックを一度聴いてみたら、素晴らしいと分かるはず!私たちは、楽しく気軽に聴いてもらえる機会をもっともっと増やしていきたいと思っています。