6月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第九十六回
川西市民医療フォーラム
「伝えてますか?あなたの思い 聞いてますか?大切な人の言葉 ~終活を見据えて~」について
川西市医師会理事
長谷部クリニック院長
長谷部 信成 先生
─昨年の川西市民医療フォーラムはどのようなテーマでしたか。
長谷部 川西市医師会では県内各都市医師会に先駆け、平成15年から現在の医療をめぐる諸問題について市民のみなさまとともに考えていく場として市民医療フォーラムを開催しています。昨年は11月10日に川西市みつなかホールで「伝えてますか?あなたの思い 聞いてますか?大切な人の言葉~終活を見据えて~」と題して、全国で在宅医療に携わっておられる川島実先生を招き開催しました。
─川島先生はどんな方ですか。
長谷部 大変ユニークなご経歴です。史上初の京大生プロボクサーとなり、プロ通算15戦9勝と活躍されました。プロボクサー時代に医師免許を取得され、引退後は地域医療に携わるようになられました。東日本大震災発生後は常駐医が不在となった気仙沼市立本吉病院の院長に就任、被災地の地域医療再建に尽力されました。2014年3月に退任されて地元の奈良県に戻られ、東大寺で得度して僧侶となられるとともに、フリーランスとして全国で在宅医療に関わっております。また、先日の奈良県知事選に出馬されました。
─講演はどのようなお話でしたか。
長谷部 「家で死ぬということ」と題し講演していただきました。川島先生は沖縄県で救急、在宅医療、外来診療を経験され、東北などで在宅医療中心に活躍されました。その中で医療とはチーム医療であり、サッカーに例えると中盤は患者自身による減量・減塩対策といった食事療法やアンチエイジングなどでの体質改善、ディフェンスはデイサービスなど介護福祉による健康増進で、医師はその背後で全体を把握し守るゴールキーパーであると考えるようになったそうです。例えば誤嚥性肺炎を繰り返す患者さんは病院に入院し点滴すれば改善しますが、退院すればまた誤嚥性肺炎になって入院…と繰り返してしまいますので、これをどう予防するかが問題です。つまり医師や症状だけでなく、患者本人、介護、福祉も協力して医療は成立するということでした。
─東日本大震災で医療体制は変わりましたか。
長谷部 先生のお話によれば、気仙沼市では亡くなるまで市内の病院で診る形でした。しかし、津波で病院がなくなってしまったので、岩手県内のほかの街まで治療に行かなくてはいけなくなってしまい、そのため最期を家で迎えたいという人が少しずつ増えて、3年で約130件もの看取りをおこなったそうです。病院のベッドから自宅のベッドに変わり、自宅で看取るようになったのです。現実問題として80~90歳まで生きている心臓はなかなか元に戻りません。つまり心肺蘇生をしてもなかなか戻らないというのが現実です。
─自宅での看取りではどのようなことが問題になっていますか。
長谷部 統計では患者本人の意見として最期まで自宅に居たいという人はまさに80%にものぼっています。しかし、現実には80%の人が病院で亡くなっています。このギャップを解決しないといけません。そこで問題となるのがACPです。
─ACPとは何ですか。
長谷部 ACPとはアドバンスケアプランニングの略称で、患者本人と家族が医療者と一緒に現在の病気だけでなく、今後の医療や介護について話し合い、終末期についての希望や方針をとりまとめるプロセスのことです。アメリカなどではすでに実践されています。話し合うことはとても大切ですし、仮に患者本人が同意しても家族がそれを理解しなければいけませんので、本人が元気なうちに家族と終末期について話を進めるということがまさにプロセスです。最終的には文書にしますが、もちろん後で変更することも可能です。法的拘束力はありませんが、ACPを自身で作り上げることで家族も納得するものができると思います。
─ACPとは終末期のQOL(生活の質)にとっても重要なのですね。
長谷部 はい。100歳を超えても医師として活躍された日野原重明先生も、終末期は症状が悪化し寝たきりになりました。その時は本人の意思でAHN(人工的水分補給)を自身の口で対応できなくなった場合はCPR(心肺蘇生)やAHNを拒否されたということです。治す医療から治し支える医療こそQOLを高めるものではないでしょうか。川島先生は最後に、「“自分は死ぬ”というネガティブなものではなく、“死ぬまで生きられる”のです。死に向き合うことにより、より一層生きることができるのではないでしょうか。お釈迦様は人生にとって逃れることのできないことが4つあると言っています。生きること、老いること、病むこと、死ぬことですが、老いることと死ぬことは人間にとって無力なことです。それを受け入れなければならないのです」とおっしゃいました。人生を積極的に生きることを教えられた講演でした。
─川西市医師会は市民フォーラム以外にもさまざまな活動をおこなっていますね。
長谷部 川西市医師会は昭和48年のメディカルセンターの設置や昭和49年からの市民向け健康講座など先駆的な取り組みをおこなってきました。健康講座は医師会の先生だけでなく大学教授も招いてわかりやすい独自の講義をおこなっており、大変好評ですぐ定員に達してしまいますが、ぜひみなさまにもご参加いただければ嬉しいです。川西市医師会はこれからも市民のみなさまやさまざまな団体、行政と協力しながら、健康で幸せな街づくりを目指していこうと考えております。