8月号

神戸で始まって 神戸で終る 62
「Y字路」誕生25周年におもう横尾忠則とY字路
最近、「僕のY字路Painting」と「僕とY字路Photograph」という画集と写真集の2冊を出しました。今までの大きい画集と違って、単行本サイズの画集と写真集が、思いもよらず人気があって喜んでいます。
「一体、Y字路ってなんだ?」と思われる人も多いとは思いますが、Y字路とは1本の道が左右二つにY字型に分かれた道のことで、一般的には、三叉路とか岐路と呼ばれています。昔は「追分け」と呼んで、時代劇などでは馴染みの場所です。
今から25年ほど前に、僕はY字路の存在を発見しました。Y字路は元々、農道が発展したもので、田舎では特別珍しいものではありません。僕が初めてY字路を認識したのは、郷里の西脇市に行った時、小学校への坂道が2つに分かれているその真ん中に、小さい模型屋がありました。いつも学校の帰り道にこの模型屋に立ち寄るのが習慣になっていたので、久しぶりに顔を出そうと思って、郷里の知人と夜、そこを訪れました。
町はガランとして人通りもなく、まるでゴーストタウンのように静まりかえっていました。ところが、つい数ヶ月前まであったその模型屋がなくなっていて、元あった店の真後ろの家の壁がむき出しになっていたのです。仕方がないので写真でも撮ろうと思って、昔あったインスタントカメラで撮りました。カメラに内蔵されたフラッシュがパッと光って、家の白い壁がまるで幽霊のように浮き出しました。
翌日、現像して紙焼きになった写真を見て、僕は驚きました。なんて奇珍な風景だろう?と思って。そこには、2本に分かれた道のど真ん中に、真っ白な家の壁が写っていました。その場所は別に不思議でも何でもない場所ですが、夜の闇の中に白く浮き出した建物の左右の道が、遠くへ吸収されていて、何とも神秘的な光景を現出していたのです。
1本の道が、白い壁の家をはさんで左右に分かれている。つまり消失点が2つある。
普通の風景画は、中央に1本の道があるという絵をご覧になった人は多いと思います。つまり、絵の消失点が1つなのです。その消失点が、僕が撮った写真には2本あるのです。このような構図の絵はどこにもありません。
これこそ芸術的な風景です。これは大発見だと叫んだ僕は、予定していた日程を変更して、町の画材店からキャンバス、筆、絵の具を購入して、早速この絵を描きました。出来上がると同時に、もしや他にもこのような場所があるかもしれないと、再び町に出掛けました。すると、至る所に、この三叉路があるじゃないですか。そして、もう1日滞在を延長して、いくつかの場所の写真、それも全て夜景を撮りました。そしてその場所を「Y字路」と命名しました。それ以降、日本のY字路を訪ね、現在は200点近く描いたのではないかと思います。
このY字路の絵を見た人の中には、「人生の岐路か」と問う人がいます。また、「左右どちらへ行けばいいのでしょうか」と言う人もいます。こんな僕のY字路の絵に触発されて、Y字路を語る人が現れたり、Y字路の場所を訪ねたりしている人がいるらしいですが、実際のY字路を見たって、別に面白くもなんともありません。むしろ、車の往来の激しい場所では、Y字路は非常に危険です。
タイのバンコックでは、Y字路のある場所の家の壁に赤い大きい紙を貼って、ここは「鬼門」であると示しているほどです。鬼門は不吉の象徴で、行くのが嫌な場所になっているのです。
このY字路は、人を惹きつけるが、その反面、人を排除する何かがあります。だから喫茶店などの商売に向いています。
なぜか吸い寄せられて店に入ります。しかしすぐに、落ち着かなくて店を出たくなります。だから商売は繁盛するのです。だけど、絵になると、また別のエネルギーを発揮します。絵にすることによって、Y字路の現実がフィクションに転化されます。絵になって初めて、Y字路本来の性格を発揮します。これは不思議というか、対象が絵の表現によって初めて魔術的なものになるのです。
だからぜひ、絵に描かれたY字路の中を往復して遊んでください。神戸にもたくさんY字路がありますが、この三叉路の真ん中に立ってぼんやりしていると、走ってくる車に注意しないと危険です。まぁ、そんな魔術的なY字路をぜひ画集で観賞してください。

《暗夜光路 N市-I》2000 横尾忠則現代美術館蔵

《暗夜光路 N市-II》2000 個人蔵(横尾忠則現代美術館寄託)

《暗夜光路 N市-III》2000 横尾忠則現代美術館蔵

《横尾忠則 続・Y字路(横尾忠則現代美術館)》2015

僕のY字路Painting〈絵画集〉
トゥーヴァージンズ

僕とY字路Photograph〈写真集〉
トゥーヴァージンズ
故郷で撮影した1枚の写真にインスピレーションを得て誕生した「Y字路」は、やがて横尾のライフワークに。自ら厳選、構成した“身体性で味わう”作品集です。
こちらで購入できます

美術家 横尾 忠則
1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。2023年文化功労者に選ばれる。
横尾忠則現代美術館では、現在『横尾忠則の肉体派宣言展』開催中です!
横尾忠則現代美術館
「横尾忠則 未完の自画像-私への旅」
初公開となる自画像や家族の肖像などの最新作に加え、1970年の大阪万博で話題を呼んだ『せんい館』をイメージしたインスタレーション作品も展開されています。
会期:8月24日(日)まで〈予定〉
会場:グッチ銀座 ギャラリー
東京都中央区銀座4-4-10 グッチ銀座7階
グッチ銀座ギャラリー












