2024年
10月号

映画をかんがえる | vol.43 | 井筒 和幸

カテゴリ:文化人

最近、「こんな映画を待ってたんや」と思わず口にしたくなるような新作映画に出会わなくなった。映画は明日を生きる糧であり、自分への景気づけだと思ってきた。でも、やりきれない日々を励ましてくれる映画が見当たらなくなってしまった。何か元気づけてくれるものはないかと、ケーブルテレビをつけたら、我らがヒーロー、スティーブ・マックィーン主演の『ゲッタウエイ』(73)が、放映中だった。もう何十回見ただろう。ならず者が悪の組織との因縁で銀行強盗を請け負うことになって、恋女房と一緒にメキシコ国境を越えて逃げ果せる痛快アクション劇だ。結局、最後まで観てしまった。別のチャンネルでは、60年代にヒットした勝新太郎と田宮二郎コンビの『悪名』シリーズの一作を見つけて、懐かしくて見入ってしまった。映画は映画館で観ないと風情も迫力もあったもんじゃないが、この時ばかりは、アメリカの空気感も関西弁の爽快さも味わえたし、マックィーンは相変わらずやることすべてがカッコいいし、勝新太郎は会話しながらカレーライスを美味そうに平らげる、どちらも天性の俳優だった。ボクはそんな旧作をテレビで観て、やっとその日を乗り切ったのだった。
先回の続きだが、1991年に劇場に足を運んだ映画を並べてみる。この頃、世界では東西冷戦が終わり、ソ連邦は崩壊寸前で、日本のバブル経済も崩壊した。映画も時代に呼応するように、洋画邦画を問わず、覇気がないものが多く、「待ってました!」と声をかけたくなる野心作はなかったように思う。
『羊たちの沈黙』(91年)は、猟奇殺人を愉しむレクター博士に扮したアンソニー・ホプキンスの怪人演技が凄いと噂が立ったので観に行った。案の上、あまりに気味悪い話についていけず、頭も痛くなり、それでも最後まで我慢しながら観たのを憶えている。スリラー映画は元から苦手だが、ホプキンスが戦争大作『遠すぎた橋』(77年)の中の死闘場面で、英軍の空挺部隊長の役を冷静沈着な軍人になりきって演じたのが印象的だったから、また会ってみたかったのだ。そして、この博士の恐ろしい眼が脳裏に焼き付いてしまって、これ以後の彼の出演作は見ていない。でも、こんなに狂気をさらりと演じられる俳優はいないなと感心した。「俳優」は「人に非ず、優れる」と書くが、その通りだと思った。
全米で大ヒット中だった『ターミネーター2』(91年)も観ていた。友人の役者が「製作費が一億ドルですよ。見てみましょう」と誘ってきたからだった。コンピューターロボット軍が制圧する未来社会から、さらに性能のいい殺人ロボットがまた現代に送り込まれて人間と殺し合う話だ。アメリカの教育関係者から、シュワルツェネッガーファンの子供たちのために続篇ではあんまり人を殺させないでほしいと苦情が出ていたとか、今度のシュワちゃんロボットは悪者じゃなく子供の味方になって戦うとか、騒がれていた作品だ。観てみると確かに、シュワちゃんロボットは良い子の味方になって、包囲する警察官たちを的から外して銃をぶっ放して立ち回っていた。巨額を投じて巨額を稼ぐハリウッド流のゲーム感覚のアクション映画の時代が始まったかと思うとやる瀬なかった。『ターミネーター2』はニューシネマでなく、大昔の映画のようだった。ボクのメモ帳には「古い」と一言、記されていた。
もう一作、『真実の瞬間』(91年)という作品も観ている。赤狩り旋風が吹き荒れた50年代初めのアメリカ。連邦議会下院の非米活動委員会からコミュニストと疑われて仲間を売るように唆されるが、それもきっぱりと断ってハリウッド映画界を追放される気骨のある映画監督の実話だ。ロバート・デ・ニーロが主人公を気迫で演じた。前を向いて生きろと励ましてくれているようだった。

PROFILE

井筒 和幸

1952年奈良県生まれ。奈良県奈良高等学校在学中から映画製作を開始。8mm映画『オレたちに明日はない』、卒業後に16mm映画『戦争を知らんガキ』を製作。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降、『みゆき』『二代目はクリスチャン』『犬死にせしもの』『宇宙の法則』『突然炎のごとく』『岸和田少年愚連隊』『のど自慢』『ゲロッパ!』『パッチギ!』など、様々な社会派エンターテイメント作品を作り続けている。映画『無頼』セルDVD発売中。

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