3月号
安心して受けられる高度先進医療を提供 甲南医療センター低侵襲ロボット手術センター 黒田大介センター長に聞く
2023年4月、甲南医療センターに低侵襲ロボット手術センターが開設された。消化器外科の専門医として開腹手術から内視鏡外科手術、ロボット手術までの変遷と共に歩んでこられたスペシャリスト・センター長の黒田大介先生にお話を伺った。
―黒田先生は日本の内視鏡外科手術黎明期から携わってこられたのですね。
日本で初めて腹腔鏡手術が行われたのが1990年、その翌年の91年、私は出張先の病院で腹腔鏡下胆嚢摘出手術を経験しました。その後、92年に異動した近畿大学第2外科で内視鏡外科手術を任されました。当初は「なぜ窮屈な思いをしながら小さな孔から手術をしなくてはならないのか?」というのが外科医の印象でした。ところが、開腹手術後の胆石患者さんはしばらく食事も取れず1週間ほど入院が必要だったのですが、腹腔鏡手術では翌日から歩いて食事も取り3日程度で退院できる。「これは患者さんにとって非常にメリットが大きい革命的な方法かもしれない」と思い始め、advanced surgery(次世代の手術)としての胃、大腸、食道、膵臓などの内視鏡外科手術にも取り組みました。
―その後も共に歩んでこられたのですね。
2005年、内視鏡外科手術の責任者として神戸大学に帰学しました。私は元々大学では食道がんの研究チームにいましたので、過大な侵襲を加える食道がん手術を内視鏡で行えば患者さんの負担が軽減できるのではないかと食道がん手術で技術認定医を取得し、内視鏡手術の発展、後進の指導・育成に努めました。
―続いてロボット支援手術の時代になったのですね。
2009年に手術支援ロボットdaVinciが薬事承認され、神戸大学でも11年に胃がん、12年に食道がんに対してdaVinci Sによる手術が行われ私もオペレーターとして携わりました。13年、北播磨総合医療センターへ異動になり、そこでもdaVinci Si、続いてXiを導入し、多くの技術認定医、プロクター(手術指導医)を育成し、指導・監督を含めると250例以上のロボット支援による消化器手術を経験しました。
―内視鏡外科手術とロボット手術の違いは?
原理は同じです。お腹や胸の中を炭酸ガスで膨らませてワーキングスペースを作り、カメラと鉗子を入れてモニター画面を見ながら行います。違いは鉗子の動かし方です。腹腔鏡・胸腔鏡手術では手元で動かす長さ30~40センチの鉗子は直線的な動きしかできず限界があります。多関節機能を持つロボットは裏側に回り込むような動きも可能で人間の手のように自由自在です。サージョンコンソールという機械にオペレーターが頭を入れると目の前にお腹や胸の内部が広がっているかのような画像が高精細な3D画面に映し出されます。手元の機器を指で操作すると指先が鉗子になり、直接触りながら手術を行っている感覚です。内視鏡手術だけでなく開腹手術よりも臓器との距離が近く、精緻な手術を行うことができるようになりました。
―患者さんにとってのメリットも大きいのですか。
合併症が少なく、入院期間も短くなるという感触を私自身が持っていますし、他の施設の担当者も同様な意見を持っておられるようです。患者さんにとって、さらに優しい低侵襲手術だと思います。
―ロボットは完璧なのですね。
ロボットには触覚がなく、慣れないうちは結紮の糸を切ってしまったり、把持した組織を損傷したりする可能性がありますが経験を積むと視覚が触覚の代わりを果たせるようになります。将来的には触覚が伝わるロボットも登場するでしょうね。
―ロボット導入にはまだまだ課題もあるのですか。
導入には大きなコストがかかります。これについては国内を含め新たなメーカーの登場による業者間の競争に期待したいと思います。手術時間が長くなるという問題については経験手術症例数増加によりだんだん慣れてきて、腹腔鏡・胸腔鏡手術と同程度まで短縮も可能だと考えています。内視鏡手術で使い慣れている止血しながら切れる優れたデバイスに多関節機能がなく、ロボットのメリットが生かせていません。これは技術開発に期待するところです。
―ロボット手術は一気に普及したのですか。
2012年に泌尿器科領域の前立腺がんに対するロボット手術が初めて保険収載され、現在は前立腺全摘手術の約90パーセントで行われています。18年には消化器外科領域でも胃がん、大腸がん、食道がんが保険収載され増加傾向にあります。
―どの領域まで可能になっているのですか。今後は?
泌尿器科領域で前立腺、腎、膀胱など7術式、消化器外科領域で食道、胃、直腸など11術式をはじめ、婦人科、呼吸器外科、心臓血管外科、耳鼻咽喉科など全29術式が保険収載され、その多くが悪性腫瘍です。例えば消化器外科では、実際に手術症例が多い鼠径ヘルニアや胆石症といった良性疾患はロボット手術の保険収載がなく、テクニックやデバイスを工夫して通常の腹腔鏡手術を行っています。ロボットの多関節機能により、さらに手術手技が容易となる可能性があり、外科医、患者さん共にメリットがあるのですが…。今のところロボット手術は全体の20~30パーセント程度にとどまっています。ロボット手術が優れていることを実証するデータを積み重ねていく必要があります。
―志望者が減っている外科領域の救世主にロボットがなれるのでしょうか。
座ったまま行えるので外科医のQOLを上げ、視力や手指の動的能力などを飛躍的に向上させ、外科医としての寿命を延ばすロボット手術に若い先生方は高い関心を持っています。さらに、女性外科医の増加にも貢献する可能性があると考えられます。
―外科手術はこれからも進化するのでしょうか。
内視鏡外科手術の時代になり、全ての手術が高画質で録画されるようになりました。パイオニアの先生やエキスパートの外科医の手術ビデオを繰り返して見ることで若手外科医の上達スピードが速くなり、出血のないきれいな手術ができるようになりました。近い将来、エキスパートの外科医の手術を学習したAIが手術をサポートする時代になるでしょうね。しかし最終的な責任は外科医にあります。決してAIやロボットが外科医にとって代わるわけではなく、外科医がAIやロボットを利用して、さらに安全で精緻な手術が可能になると思います。
―黒田先生が低侵襲ロボット手術センター長に就かれることになった経緯は?
2023年3月、北播磨医療センターを退職するにあたり「残ってほしい」という要望も頂きました。しかし、育ってきた後進に任せる時期だと判断し、違う場所で今までの経験を生かせるのではないかと考えていたところ、具院長からお話を頂きました。大学以来緊密に連携し、神戸大学の主要関連施設でもある甲南医療センターで低侵襲ロボット支援センターの稼働を推進する役目を担うことになりました。
―今後への思いをお聞かせください。
甲南医療センターは神戸市の東部の中核病院です。東灘、芦屋に安全なロボット手術を普及させ、地域の皆様が安心して先端医療を受けられる環境を整えるのが私の使命と考えています。私自身、外科医としての修練を続け、若手外科医の育成にも努力したいと考えています。また、外科の魅力を若い先生方に伝え、患者さんだけでなく医療者からも信頼されるセンターでありたいと思っています。
黒田 大介(くろだ だいすけ)
甲南医療センター 低侵襲ロボット手術センター長
1957年生まれ。1982年神戸大学医学部卒業。1988年国立神戸病院外科医師。1993年近畿大学医学部第2外科病院講師。2003年医療法人財団 神戸海星病院外科部長。2005年神戸大学医学部消化器・乳腺外科講師。2007年神戸大学大学院医学研究科外科学講座 食道胃腸外科学分野准教授。2012年三木市立三木市民病院副院長兼外科部長。2013年北播磨総合医療センター副院長兼外科部長。2023年4月甲南医療センター低侵襲ロボット手術センター長。
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