6月号
僕が弾くのは僕の好きな曲。愛があるかどうかは音に出ると思っているから|ピアニスト 石井 琢磨 さん
クラシック音楽を題材にしたコメディ漫画『のだめカンタービレ』は、ドラマ化、映画化でもファンを増やし、漫画に登場する曲を演奏する音楽会も変わらず人気が続いています。
8月に兵庫県立芸術文化センターで行われる『生で聴く のだめカンタービレの音楽会』で、『ラプソディ・イン・ブルー』を演奏するピアニスト石井琢磨さんにお話を伺いました。
クラシック?ジャズ?
ガーシュイン
『ラプソディ・イン・ブルー』
Q ドラマでエンディングに流れた人気の曲ですね。
はじまりから楽しくなるでしょう。伝統的なクラシックとアメリカのジャズの要素があって自由度が高い。そこがこの曲の魅力だと思います。
第2主題、違うメロディが出てくるところ(歌いながら♪)も美しいし、最後の大団円はもう…ほんとにかっこいい。ガーシュインはアメリカ人で、曲が生まれたのは1924年。クラシック音楽としては “新しい”曲です。キラキラした、活気あるアメリカを感じます。
Q 初めて聴いた日を覚えていますか?
小学生でしたが「なんて盛り上がる曲なんだろう!」と、曲が進むにつれワクワクしたことを覚えています。最後までワクワクが続いて、曲が終わると「僕もいつかオーケストラと一緒に演奏できたらいいな(笑)」
Q 演奏していかがでしたか?
聴くのも楽しいけど、弾くのはもっともっと楽しかったです。
ベートーヴェンのピアノコンチェルトと『ラプソディ・イン・ブルー』、印象は全然違いますが、どちらもオーケストラとピアノで演奏する同じ形式です。同じメンバーで演奏していても、曲が生まれた時代は100年以上違うし、国も違いますから、ベートーヴェンとガーシュインでは見えてくる景色は全然違う。この曲を演奏するとアメリカが見えてきて、それはもう楽しくて仕方がない。オーケストラの皆さんも同じじゃないかな(笑)。
難しいのは統括する指揮者です。自由度が高いだけに、よりクレバーでいなければいけない。茂木さんとは以前も共演しているので信頼関係はできています。僕は茂木さんに身を委ねようと思っています。
『のだめカンタービレ』と『石井カンタービレ』
Q 漫画の中の音大生たちとの共通部分はありますか?
音大生については良く再現されていて「わかる〜」と思うことがいっぱいです。普段の練習風景、先生との関係、コンクールの様子や留学について。
僕はウィーンに留学したんですが、主人公ののだめちゃんと同じく、映画で語学を学びました。のだめちゃんはアニメでしたけど僕は『タイタニック』。回想シーンの多いストーリーがドイツ語の話し言葉を覚えるのに向いていると知って、何度も何度も観ました。なので『タイタニック』、めっちゃ詳しいです。
Q 海外での学生生活はいかがでしたか?
能動的に学ぶことを教えられました。話を聞くだけの講義はありません。自分の意見をもって、とにかく皆よく話をします。先生と反対意見でもいい。先生も話を聞くし、また自分の考えも話す。試験も筆記はほとんどなくて、口頭試験。予習とか暗記とかできない。しかも僕はドイツ語が不完全。でも話さないと0点(笑)。音楽は「伝える」ものだということ、「伝える」ことの大切さを知りました。
それと、実技はめちゃくちゃ厳しくて練習しないと退学になるので必死でした。周りも必死なので、仲間の存在は励みになりました。
Q 友だちはたくさんできましたか?
音楽家には音楽家へのリスペクトがあるから、友だちっていうよりもっと深い関係というか、戦友っていうのかな。学校だけでなく、国際コンクールで出会った友だちもいるし、生涯通じて付き合っていくことになるんだろうなと思う人がいろんな国にいる。皆、いい関係です。
話したことはないけど 、“音” はよく知ってるなんてことも普通にあって…。それは音大生だからこそでしょうね。
Q のだめちゃんの恋のはじまりもそんな感じでしたね。
“音” に惹かれるのはわかります。先に“音” を好きになって、そこから恋に発展するのもわかります。顔も見てないのに変ですよね(笑)。でも、音には性格とか人柄が出ちゃうから、おかしなことではないと思います。そのくらい音は大事です。いい再現でしたね、千秋先輩。
Q 卒業してからもそのままウィーンにお住まいですね。
ウィーンが好きなんです。この街からまだまだいろんなことを吸収したいと思って、留まることを決めました。いい音を奏でるために住んでいたい街、という感じです。この先はわからないけれど、できればずっと行き来したい。
”TAKU-音 TV たくおん”
YouTubeチャンネルでクラシックをより身近に
Q 海外で多くのストリートピアノで演奏していますね。
ウィーンに住んだことと、この数年の非常事態で、だいぶ考え方が変わりました。
クラシック音楽がホールでしか聴けないのはもったいない。ピアノがあって、聴いてくれる人がいるなら僕は弾こう。そう思うようになりました。
海外のストリートピアノはコンディションがいいとは限らなくて、調律をしてなかったり、ひどい時は、鍵盤はあるけど弦がなくて音が出ないなんてこともありました。レとファが出ない!とかね(笑)。
でも、重要なのは何かを考えた結果、いい曲を知ってもらうのに、調律は重要ではないし、出ない音を使わない曲を探したらいい。挑戦しよう!という答えが出ました。
Q 「クラシックをより身近に」動画配信にそのお気持ちが見えます。
美味しいケーキはどこで食べても美味しいでしょ。洋菓子だから椅子に座って食べなければいけないわけではない。畳に正座して食べても味は変わらず美味しいわけです。そんなところを意識しています。美味しいものは美味しい。いい音楽はどこで聴いてもいいはず。あとは聴く人が判断してくれたらいいと思っています。
ヨーロッパのストリートは、わかりやすいです。演奏がよければ、立ち止まって聴いてくれる、シュペンデン(寄付)が入ることもある。でも良くない演奏の時は怖いですよ、演奏を止められます。
なぜ街にピアノを置くのか。皆が楽しむためだよね、っていう共通の意識が、弾き手にも聴く側にもあるからだと思います。弾き手は、ホールでもストリートでも変わらず、聴く人に楽しんでもらえるような演奏をするのがマナーだと思っています。
Q YouTubeのチャンネル登録者数は22.8万人を超えました。どんなことを意識して選曲していますか?
僕が弾くのは僕の好きな曲。愛があるかどうかは音に出ると思っているからです。嫌いな人とカフェに行っても楽しくないのと一緒。どの曲も「いい曲だから聴いて」という気持ちで演奏しています。有名じゃなくてもいい曲っていっぱいあるんですよ。だから音楽を聴くのも忙しい。
Q 今朝、聴いた曲は?
ラフマニノフの交響曲 第2番 第3楽章。優しくて綺麗、朝にピッタリです。それに演奏時間がだいたい15分なので、時計がわりにもおすすめです(笑)。
石井 琢磨
1989年、徳島県鳴門市生まれ。
東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻を経てウィーン国立音楽大学ピアノ科に入学、同大学ピアノ科修士課程を満場一致の最優秀で卒業。ポストグラデュアーレコース修了。オーソドックスな古き良きクラシック音楽に主軸を置きながら、「クラシックをより身近に」をコンセプトにした動画配信も行う新しいタイプのピアニストとして活動している。
2016年ジョルジュ・エネスク国際コンクール(ルーマニア・ブカレスト)ピアノ部門第2位受賞。1958年から開催され、ラドゥ・ルプーやエリザベス・レオンスカヤなどの世界的ピアニストが覇者として名を連ねる伝統あるコンクール史上、日本人ピアニスト初入賞の快挙。
国内外で演奏活動を行う他、”TAKU-音 TV たくおん”名義でYoutubeチャンネルを開設。総再生回数はわずか2年で5800万回を超え、チャンネル登録者数も22万人を超えて、なお増え続けている。メジャー流通CD「TANZ」がオリコン、Amazon、楽天等のクラシック部門にて第1位を独占。そしてポップス、アニソン等も含むオリコン総合部門においてクラシックCDとしては異例の第11位にランクイン。ピアニストとして前代未聞の鮮烈なデビューを飾った。
Photo.ReRa Photoworks 黒川 勇人