12月号
⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.25 今井 雅子さん
新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。第25回は、脚本家の今井雅子(いまい・まさこ)さん。
「自分を広げ世間を狭く」の精神が呼び寄せたシリーズ化…
〝嘘八百〟の世界はどこまでが真実か?
雌雄を決する脚本の力
「脚本とは、いわば、映画やドラマの設計図なんです。この設計図を基に、監督や俳優、スタッフたちは、ひとつの作品を完成させてゆくんです」
映画「子ぎつねヘレン」や、NHK連続テレビ小説「てっぱん」など数々の名画や人気テレビドラマを手掛けてきた脚本家、今井さんは映像づくりにおける脚本の役割について、こう理路整然と説明する。
つまり、どれだけ多くの人の心を魅了する映画やドラマができるかは、ほぼ設計段階の脚本で決まる―。監督や俳優と違って、ふだんはあまり目立つ機会のない裏方の存在だが、映像作品の出来の根幹を握る重責を担っている。それが脚本家なのだ。
「それだけに…」と今井さんは前置きし、こう続けた。「少しでもより良い設計図を作るためになら、何十回だって書き直します。いい作品ができるなら、書き直す作業は少しも苦ではないですよ。加筆は足し算です」
脚本を手掛けた最新作「嘘八百 なにわ夢の陣」が、正月映画として1月6日に全国で封切られる。
中井貴一、佐々木蔵之介という日本映画界屈指の実力派俳優が〝骨董コンビ〟を組んで美術界に挑み、騒動を巻き起こす「嘘八百」シリーズの第三弾。
今井さんの盟友となった脚本家、足立紳さんとのコンビで三作品連続で共同脚本を書き上げた。メガホンを執るのは、こちらも三作続投の盟友、武正晴監督だ。
想像できなかったシリーズ化
一作目「嘘八百」(2018年)のメインの舞台は堺。二作目「嘘八百 京町ロワイヤル」(2020年)は堺と京都。
そして第三弾のメーンの舞台となるのは、堺と大阪城。
ある日、大坂城跡から茶碗の欠片が出土したというニュースが流れる。豊臣秀吉の幻の七つの財宝「秀吉七品」のうちの一つ、「鳳凰」の一部ではないか?この話を聞きつけた古美術商、小池則夫(中井貴一)と堺で暮らす〝腕利き〟の陶芸家、野田佐輔(佐々木蔵之介)の〝骨董コンビ〟が動き出すが…。
4年前に第一作が公開され、早くも三作目。シリーズ化は予想していたのだろうか。
「いえいえ。二作目は想像もしていませんでした。一を超える話を思いつけるやろかと。でも、二作目ができて、シリーズ化行けるんちゃう、となりました。主演の中井さん、佐々木さんも二作目で手応えを感じてくださったのではと思います」
千利休、古田織部、そして秀吉。シリーズを通じ、歴史上の人物ゆかりの美術品が登場。その骨董品をめぐり、則夫と佐輔がタッグを組み知力を結集して美術界へ挑む…。二人の〝仕掛け〟は常に巧妙で凝りに凝っているのだが、今作は、いったいどこまでが事実で、どこからが嘘なのか?
「ホントのような嘘だらけですよ。だってテーマが〝嘘八百〟なんですから」と、今井さんは笑いながら煙に巻く。だが、秀吉の生きた時代が日本のガラス技術の創成期と重なるなど美術史の事実を背景に、巧みに陶芸の専門知識が散りばめられた脚本は緻密。古美術ファンをもうならせ堪能させる。
「私は陶芸も古美術もチンプンカンプンなのですが、親身になって知恵を授けてくれる専門家が身近にいました。映画で嘘をつけるのは、真実の積み重ねのおかげなんです」
「プロット協力」としてエンドロールにも名を刻む陶芸家の檀上尚亮さん、堺市博物館の学芸員 矢内一磨さんは「このシリーズになくてはならない知恵袋」、また、大阪城天守閣学芸員の跡部信さんには「秀吉まわりを固めていただきました」と感謝する。
神戸ゆかりも…
キャストもスタッフも、「嘘八百」の撮影現場は〝オール関西〟のような雰囲気に包まれる、と今井さんは言う。
脚本の今井さんが堺市出身、同じく堺市出身で現在放送中の朝ドラ「舞い上がれ!」の楽曲も手掛ける富貴晴美さんが音楽を担当。
「中井さんのお父さんは京都出身のスター俳優、佐田啓二さんで、佐々木さんの実家は京都の蔵元。関西にゆかりのある俳優やスタッフが結集することで、嘘八百独特の世界観が生まれました」
実はこのシリーズは、神戸など兵庫県ともゆかりが深い。
佐々木さんは実家の蔵元を継ごうと神戸大学農学部に進学。脇を固める関ジャニ∞の安田章大さんと松尾諭さんは共に尼崎市生まれで、ベテラン、笹野高史さんは淡路島の造り酒屋に生まれ、県立洲本高校の卒業生でもある。さらに、「武監督は豊臣秀吉が仕えた織田信長のおひざ元、愛知県の出身。何かしら〝因縁〟あるキャストやスタッフが集まっているんですよ」と今井さんは笑う。
堺市で生まれ育った今井さんは、府立三国丘高校から京都大学へ進学。卒業後は広告大手のマッキャンエリクソンに入社し、コピーライターとして勤務しながら、脚本家修業を始めた。
その理由について、今井さんは「会社で働く中で、いつしか、広告主にではなく、もっと広く世間に向けて後に残る作品を作りたい。そう思うようになっていったんです」と語る。
「多くの人に物語を届けたい」。その一念で、脚本を執筆しては、様々なコンテストに応募した。
2002年、脚本家としてデビューした映画「パコダテ人」は、現在、ヒットメーカーとして知られる前田哲監督が、まだ駆け出し時代にメガホンを執り、主演を人気女優、宮㟢あおいが務めた話題作だ。
「函館市主催の映画祭のコンクールに応募し、シナリオ部門で準グランプリを受賞した脚本です。この脚本を偶然、手に取り、気に入ってくれたのが前田監督だったんです。 脚本の表紙に書いていた私の連絡先へ前田監督が直接、電話をしてきてくれて…。本当に驚きました」と振り返る。
デビュー後は、大沢たかお主演の「子ぎつねヘレン」など大作映画の脚本を手掛け、2009年にはNHK連続テレビ小説の脚本家に抜擢され、「てっぱん」の脚本を執筆。人気脚本家となっていく。
自分が動けば世間も動く
「嘘八百」シリーズは、足立さんとの共同脚本だが、どのように生み出されるのか。
「打ち合わせで意見交換して、脚本を往復書簡みたいにやりとりして、練り上げていきます」
例えばこんな風に…。
今作では、運気を高めるという「波動アート」を描くカリスマアーティスト、TAIKOH(安田)とTAIKOHクリエイション代表、寧々(中村ゆり)が登場。寧々が公式動画で使うあいさつの言葉が印象的だ。
「まず、足立さんが『おはこんばんわ』とTAIKOHに言わせるセリフを書いてきたんです」
このセリフに今井さんは違和感を覚え、「真面目くさって『おはどう(波動)』と言うとヘンで面白いかも」と返したところ、足立さんが「お波動ございます」と書いてきた。最終的に寧々のセリフになったが、「そこへ武監督が『お波動、ございます』と読点を入れてきて、独特のおかしみが生まれた」と今井さんは説明する。「たった一つのセリフでキャラクターが煮詰められ、物語の世界観を表すセリフへと変わってゆく。それこそが共同脚本の醍醐味。自分とまったく違う考え方の脚本家や監督が集まるからこそ生まれる新たな発想ですね」
昨年と今年、朝日放送でオンエアされ、話題を集めたドラマ「ミヤコが京都にやって来た!」シリーズの主演は佐々木蔵之介さん。「実は佐々木さんの事務所から脚本を書いて、と指名されて」と明かす。
「〝世間は狭い〟とよく言いますが、これは言い方を変えれば〝自分が広がっていく〟ということではないか」と思っている。
「脚本家として、人との出会いを大切にしています。人はどこかでつながっている。こんなところでつながっていたのか…。そう思える瞬間はいつか来るから」
謙虚で真摯な生き方は脚本の中からも滲み出る。
text. 戸津井 康之 撮影協力. KITANO GARDEN
今井 雅子(いまい まさこ)
脚本家。テレビ作品では連続テレビ小説「てっぱん」、「おじゃる丸」、「昔話法廷」(以上NHK)、「失恋めし」(amazonプライムにて先行配信)、「ミヤコが京都にやって来た!」シリーズ(ABCテレビ)、「束の間の一花」(日本テレビ)など話題作を手がける。映画では『パコダテ人』(01)、『子ぎつねヘレン』(05)、『嘘八百』シリーズ(足立紳と共同脚本)などを担当。saitaにて小説『漂うわたし』を連載中。