10月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.14 神戸大学医学部附属病院 精神科神経科 青山 慎介先生に聞きました。その1
「こころの病気」とも言われる精神疾患。原因や症状はいくつもの要素が混じり合い、治療もどの部分に比重を置くかは患者さん一人一人違うそうです。今回は代表的な疾患で患者さんの数も多い統合失調症と気分障害について、青山慎介先生に詳しくお話を伺いました。
―精神科神経科で主に扱う疾患は?
阪神・淡路大震災以降はPTSDに代表されるような心的外傷による精神疾患、最近では小児期や青年期のインターネット・ゲーム障害、ギャンブル症も重要な治療課題です。高齢化により大きな問題になっている認知症にはセンターを開設して診療にあたっています。
中でも重要な疾患の代表は今も昔も統合失調症、うつ病や双極性障害(躁うつ病)などの気分障害です。全国の病床数約170万床のうち約30万床が精神科病床で、多くが長期入院の統合失調症の患者さんです。
―統合失調症という病気は回復までに長い時間がかかるということですか。
必ずしもそうではないのですが、何かしらの障害が残ったり回復に時間がかかったりする場合もあります。初期の段階で最適な治療を行なって、十分に回復していただき、できるだけ早く住み慣れた場所で暮らしていけるようにするのが医学的な課題、精神疾患というハンディキャップを持っていても、望んだ場所で生活が送れる仕組みや体制を整えるのが社会的な課題です。
―統合失調症とは何が起きてどんな症状が出るのですか。
外界の情報をキャッチする知覚と、それを自分なりに考える思考回路が全体として統制が取れなくなる状態です。具体的には、耳で聞いた音や声を現実とは違うように知覚してしまう幻聴、本来自分が考えていることがうまくまとまらず、他の人から考えを入れ込まれたり抜き取られたりするような感覚など、中には全く非現実的な妄想が頭に
浮かんでくるケースもあります。
―社会復帰は難しいのでは?
例えば幻覚が続いているとしても、ご本人がそれを病気の症状として現実と区別し認識できていれば、幻覚に惑わされることなく目の前にあるやるべきことをやり、話すべきことを話して生活ができます。「治った」とは言えなくても生活に支障のない状態と言えます。そういった患者さんもたくさんおられます。
―症状が重い患者さんが大学病院を受診するのですか。
統合失調症は一般の心療内科、メンタルクリニックでも受け入れ診断・治療が行われています。その中でもいろいろな治療をやってみたけれど効果が得られなかった患者さんが大学病院を受診されます。また身体に抱えている重篤な疾患の治療を同時に進めなくてはならないケース、比較的若くて早期に診断して十分な治療を受けるべき患者さんなどがおられます。さらに産婦人科と連携して、統合失調症や他の精神疾患を合併した妊産婦さんの出産をサポートしています。
―統合失調症や気分障害の診断方法は?
一般的な血液検査やMRI、CTのような画像診断などという診断基準はありません。基本的にはご本人が体験している自覚症状を聞き取り、患者さんの言動や行動を私たち専門医が客観的に見ます。症状をいくつかのカテゴリーに分けて、どういった症状がどの程度当てはまるかによって診断します。幻覚や妄想、思考の障害などの項目に当てはまる場合は「統合失調症」、気分の落ち込みがひどくて気力がなくなっていたり、悲観的に考えていたりしたら気分障害の中のうつ病、気分の上がり下がりが激しい場合は双極性障害などと診断します。
―2つはよく似た病気なのですか。
統合失調症は知覚や思考に関わる病気で、気分の上がり下がりに関わる気分障害とは違う病気であるにもかかわらず、かなりオーバーラップする部分があります。統合失調症の患者さんに気分の上がり下がりがあったり、双極性障害の患者さんのうつ状態がひどくなるとあり得ない悲観的な妄想を持ったり、躁の状態になると誇大妄想を描いたりするケースもあります。
―どちらも原因は限定できないのですか。
一般的に精神疾患の病態には生物学的「バイオ」、心理「サイコ」、社会や環境「ソーシャル」、この3つが混じり合っています。その人、その病気によって比重は違います。統合失調症や気分障害の中でも特に双極性障害に限定していえば、脳の状態が大きく関わっていると考えられています。しかし、脳のどこがどうなっているのかは今のところ詳しくは分かっていません。
―いわゆる遺伝病ともいわれていますが…。
遺伝的要素が高いといわれていますが、そうだとすれば100パーセント遺伝子が同じ一卵性双生児の一人が統合失調症なら、もう一人も100パーセントそうなるはずです。ところが一致率は約50パーセントです。これは、脳や遺伝子で決定されるものが一定の確率であるのは確かでも、その人の周りの環境や育ち方によって発症することなく人生を送れる可能性も大きいということです。
―環境や育ち方とは?
たくさんの要素があると思います。幼いころ親から受けた愛情、日常的な人間関係の中で培われてきた必要最低限の苦労や人に対する信頼感、葛藤やそれを通した成長など、全てのことが関わってきます。人間は誰もが病気になる可能性は持っていています。精神疾患になるリスクを持った人が、十分な養育を受けられず、いろいろな人に裏切られ、暴力や虐待を受け続けたとしたら、人に対する不信感を募らせて病気になってもおかしくないでしょう。幸い、そうではない道を歩んだとしたら病気にはならず、たとえなったとしても回復しやすいと思います。
―予防や回復は不可能ではないということですね。
日頃、患者さんを見て思うことは、成人に至るまでの間に必要最低限の人や社会に対する信頼感や愛着の形成ができていれば、予防や回復に対するリソースとエネルギーもその人の中に形成されているということです。
―統合失調症や気分障害の治療法は?
バイオの部分に相当する薬物療法が重要です。症状を抑える効果がある薬を用い、統合失調症の場合は幻覚や妄想、興奮を抑え、うつ病の場合は脳の中の神経伝達物質を活性化して回復を手伝います。並行してサイコの部分の専門医と話しをすることやカウンセリング、ソーシャルの部分の社会的サポートです。患者さんによってどの部分にどのように比重を置くのかを考えます。例えば症状を抑えることが重要なら薬物治療を重点的に、治療を尽くしたけれどハンディキャップが残ってしまう患者さんには社会的なサポートが必要です。
―根治は難しいのですか。
統合失調症に関していえば、約30~40パーセント、うつ病であれば70パーセント近くの患者さんが寛解すると考えられています。ただし再発しやすい病気ですから、いかに再発せず寛解を維持するかがとても重要です。また病気になったことで、本来経験するべき人間関係や学業、仕事などの社会経験が損なわれることを、できるだけ少なく済むよう治療を行い回復していただくことが大切だと考えています。
―コロナ禍が引き金になっている患者さんは増えているのでしょうか。
コロナによってそれまでの社会的役割や生きがいのようなものを損なわれたことで、うつ病を発症した方は大勢おられます。コロナ禍は現在も続いています。喪失感や傷が癒えないまま慢性的に経過している方も大勢おられると思います。予想がつかない状況ですから注視していく必要があります。しかしコロナ禍に限らず、近年は精神科を受診される患者さんは右肩上がりに増えています。
(つづく)