5月号
触媒のうた 51
出石アカル
題字 ・ 六車明峰
「こんなのが出て来ました」と翁が見せて下さったのは、黄色く変色した一枚のハガキ。
中河与一から宮崎翁への私信である。昭和33年4月28日の消印。
《小生御地に参りし頃は春寒にて関西のよさを満喫することが出来ませんでした。六月頃にはまた参りたく存じおり候その後新しい御仕事如何に候や御成功祈り候(略)》
中河与一(1897年~1994年)作家。横光利一、川端康成らと共に新感覚派として活躍。
代表作『天の夕顔』(1938年発表)は発表後、戦中から戦後にかけて45万部も売れたというベストセラー小説。戦後には高峰三枝子で映画にもなっている。
題名がいいですねえ。わたし、今回初めて読んでみました。神戸の町が一方の舞台になっており、熊内、布引、大石、西灘などの地名が見え、「大阪の方の町の灯がチラチラと海の向こうに見えました」などの描写が出てくる。物語は、現在の世相から考えればいかにももどかしい恋愛小説である。不倫小説と言ってしまえばそれまでだが、なぜか不思議な魅力がある。永井荷風や徳富蘇峰が激賞し、さらに与謝野晶子も誉め、あの『異邦人』のノーベル賞作家アルベール・カミュが絶賛したともいう。浪漫主義文学の名作として世界各国で翻訳されてもいるのだ。
その作者、中河が宮崎翁を訪ねたのは昭和33年。
「中河さんに『探美の夜』という小説があります。谷崎潤一郎の評伝ですが、これの取材に見えました。いや、最初はぼくにではなく富田砕花先生に取材を申し込まれたんですよ。砕花先生と谷崎は仲が良かったですからね。ところが先生はお忙しいからぼくの方に回ってきたというわけなんです。谷崎について書く人は多くあって、作家や研究者など何人もの人の取材を受けました」
『中河與一全集』の月報に国文学者の吉田精一(宮崎翁、多くは語られないがその昔、吉田精一の講義を受けたことがおありとのこと。)が「探美の夜」について書いている。
《事実の調査が正確であって、しかも周密なことが、この作品の特色である。(略)実証的な調査態度、資料の博渉や、伝聞の範囲の広大は、目を見はらせるものがある。(略)地理についても、部屋の間取りなどについてもできる限りしらべ、そうした細部のレアリティが、この創作のレアリティをささえる一つの基礎となっていることは疑い得ない。(略)だから今後の谷崎潤一郎を評論し、研究しようとする学徒や、大正、昭和の文学史に関心をもつものにとっては、この小説は重要な参考文献になるであろう。》
そういうことなんですね。どうしても谷崎の関西時代の足跡を詳しく調べる必要があって、宮崎翁の出番となったのだ。
谷崎が出てきたのでついでに書いておきたいことがある。砕花師と谷崎とのこと。谷崎の『文章読本』に砕花師の朗読を褒めた個所があるのは以前紹介したが、宮崎翁の『環状彷徨』に次のような箇所がある。砕花夫人からの直話である。
《昭和二年七月二十四日のこと。富田夫妻はいつものように、連れ立って散歩に出掛け昼ごろ帰宅してみた。すると縁側に谷崎潤一郎が寝転っていて、うつろな目をみひらいたまま、いかにも打ち沈んだ面持である。「どうした?」と訊ねると、起き上った谷崎は悲痛な口吻で「芥川君に死なれちゃあ…」。仕事も手につかぬままに、彼は砕花氏のもとを訪れたのであった。
思えば谷崎にとって芥川はよき好敵手であり「話のある小説」論をめぐって双方激しい論争を交えた後でもあった。また砕花氏は若き日の龍之介を庇護されたこともあった。》
富田砕花、谷崎潤一郎、芥川龍之介は縁の深い間柄だったのだ。
そんなこともあり宮崎翁は中河のことをよく覚えておられたのだろう。
「初めてお会いした時はたしかスラッとした和服姿でした。文士風というよりもごく普通の人といった感じでしたがね。うちへも来られましたが、宝塚の旅館へ伺ったこともありました。そして谷崎ゆかりの地をご案内しました。その折り、『天の夕顔』には「あの人」の住む所として熊内あたりが出てきますがその舞台設定に何か理由がありますか?と訊ねました。すると中河さんは、『いや何の必然性もありませんでした』とおっしゃいました」
宮崎翁、すげなくかわされた感があるが、逆に中河にとって何か明らかにしたくはない縁があったのでは?との疑問をわたしは持ってしまう。あれだけの的確な描写なのだから。それともそれが作家の能力なのか。
さて冒頭のハガキのことである。
文中にある“新しい御仕事”とは、「のじぎく文庫」のことであろう。当時、その立て上げに翁は奔走しておられたのだ。「のじぎく文庫」についてはこの連載三、四回に詳しく書いた。翁、若き日の渾身のお仕事だったのだ。
「ぼく、ついおしゃべりをしたんでしょうね。有能なカメラマンを紹介しましょう、などと支援を申し出て下さいました。ただ、“のじぎく”は予算がありませんでしたのでお世話になることはありませんでしたがうれしいことでした」
■出石アカル(いずし・あかる)
一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。