12月号
連載エッセイ/喫茶店の書斎から 115 「おいでますよね」
妻の故郷は、但馬の小京都といわれる出石である。
わたしの大好きな町。そこで使われる言葉も好きだ。カラスまでもが方言で鳴く。嘘ではない。低音から中音、そして高音と、ひと鳴きごとに音程が上がってゆく。「カアー、カー、カーア♬」。それが実にのんびりと聞える。
もう随分昔の話だが、妻のお母さんの言葉が忘れられない。自宅を改装し「喫茶・輪」をオープンした時のこと。様子を見に来ておられたお母さんは、妻があまりにも忙しそうにしているのを見て、「しのびん、しのびん」とつぶやかれた。
「忍びなくてたまらない」の意である。その抑揚がなんとも切ない響きを持っていた。
方言は、ある言葉が使われなくなると、その言葉が持つ情感も消え去ってしまう。
その出石から、このほどFAXが届いた。
妻の同級生の一人、元出石町職員の川見茂さんから。略しながら引用する。
《出石の観光ガイドをしている加藤勉さんがNHKラジオに出演します。朝五時からの「マイあさ!」という番組で全国に放送されます。加藤さんは今も、出石観光の振興のため頑張っています。今回は映画「国宝」と「永楽館」を題材としての放送があります。ぜひ聞いてください。》早朝ではあるが、これは聴かなくっちゃ、とアラームを設定して妻と二人で聴いた。
映画「国宝」は近畿で最も古い芝居小屋「永楽館」がロケ地として話題になり、聖地として訪れる観光客でにぎわっているとのこと。今では出石を「第二のふるさと」と言っておられる片岡愛之助さんが座頭を勤める永楽館歌舞伎も今年は人気爆発とか。
この歌舞伎は2008年から始まったのだが、わたしはその初期の頃に何度か観劇した。定員360席と狭い小屋である。花道脇の席だった時には、役者さんの衣装に触れんばかり、というより実際にその香りと共に触れたことがあった。それほど距離が近く、役者さんとの一体感が感動的だったのだ。
さて放送である。
約8分間だったが、加藤さんは但馬弁特有のやわらかな語り口だ。しかしその言葉は見事に標準語。わたしの期待は外れた。時代の流れなんですね。加藤さんは日頃、観光ガイドをしておられるということで、意識してのことかもしれない。それが身についてしまっているのだ。
ところがだ。話の終わりの方で一言出ました!
永楽館を説明する時に、
「客を案内するお茶子さんという方がおいでますよね」とおっしゃった。この「おいでますよね」が実にいい。うれしくなってしまった。加藤さん、ありがとうございます。朝早く起きて聴いた甲斐があったというものだ。
思い出すことがある。
今は子育て真っ最中の長男が中学一年生の時に書いたレポートがある。ただし、コピー。どうやら学校に提出する前にわたしがコピーしておいたものらしい。
「自由研究―兵庫県出石郡(㊟現豊岡市)出石町奥小野(母の実家)の方言調べ」と題されている。どうやら夏休みの課題だったようだ。
レポート用紙にはズラリと採取した方言が並んでいる。そしてその解説。加えて出石方言の特徴などが論じられている。
これは「まとめ」。
《相手の心をおしはかってしゃべることが多い。どの言葉にもやわらかさがある。(略)しゃべれないのでペラペラしゃべれるようになって田舎の人を驚かしたいものだと思った。》中学生らしいまとめだ。
その出石方言、たくさん採取しているが、わたしが好きなものを上げておこう。
○ よお、きんさった。
○ ええ、うれいだったなああ。
○ あっきゃぁへんだがな。
○ おしまいんしゃあ。
○ よお、ほめいきますなああ。
○ もう、よおぉすのか。
○ ちょびかく。
○ おっとろっしゃあ。
○ あるだらあ。
意味は敢えて載せません。読者でお考え下さい。
もう40年ほども昔に採取したもの。今はどれほど残っているのだろうか。

(実寸タテ15㎝ × ヨコ8㎝)
■六車明峰(むぐるま・めいほう)
一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・代表者。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。
■今村欣史(いまむら・きんじ)
一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)、随筆集『湯気の向こうから』(私家版)ほか。












