8月号
映画「蔵のある街」監督インタビュー
街があって、人がいる
永遠ではない“いま”を撮りたい
平松恵美子さん
2025年大阪アジアン映画祭で観客賞を受賞した「蔵のある街」がいよいよ全国公開です!
コロナ禍の最中に日本全国で開催された「サプライズ花火」をきっかけに生まれた今作は、岡山県倉敷市で撮影。美しい自然や街並みとそこに生活する人々のあたたかいドラマを描いています。監督・脚本の平松恵美子さんにお会いしました。
「街」のこと。
Q.岡山県倉敷市が舞台ですね。
私が倉敷市出身なので、「映画を撮りたい」と思う風景がすぐに思い浮かんだのが選んだ理由のひとつです。
日本は地震や水害などいろんな災害が起こって、その度に人も風景も傷ついて、どの街も、今ある姿は永遠じゃないことを思い知らされます。生活している人の息遣いみたいなものも含め、街の姿を撮っておくことに価値があるのではないかと思っていました。
Q.それは倉敷が美しい街だからでしょうか?
どの街にも美しい風景はあると思っています。
タイトルに「蔵」を使ったことにも、実は理由があります。蔵は、“宝物や秘密などの大切なものをしまっておくところ”。どの街にも宝ってありますよね。
「自分が住む街にはどんな宝があるかな?」って考えてみてほしい。誇れるものが必ずあると思うんです。
Q.それが街の豊かさということ?
豊かさって何?って思ったときに、じゃあ豊かさの反対の言葉って何だろう?と考えてみたんです。言葉を探すうちにイコールお金ではないなと。
倉敷でいうと、山があって、里があって、海と工場地帯があって、桃やマスカットが採れて、美観地区もある。いろんな生活基盤があり、いろんな個性の人物が育まれていく。それって豊かさだなというのが私の答えになるんでしょうね。
Q.街のところどころに謎の人物が現れますね。
“謎の…”ですね(笑)
観る人がそれぞれ正体を考えてくださっていいのですが、街が出来上がる過程で、土台を作ったキーパーソンがいると思っています。街を作ったのは人ですから、長い歴史のどこかにいますよね。
その人たちが、実は、街をずーっと見守ってるんじゃないかな。
「あなたたちは、この街を、未来に向けてどうしていくの?」なんて気持ちでね。
そう考えると、街を大切にする気持ちが生まれると思うんです。っていうか、そんな神様がいたらいいなと思いませんか?
『人』のこと。
Q.神様は橋爪功さん。
風船をもつ姿が可愛らしいです。
橋爪功さん、林家正蔵さんは、助監督をしていた頃からのお付き合いがあって、ぜひにと思いお願いしました。橋爪さんは“謎の人物”というオファーにもかかわらず、説明を求めることもなく。信頼してくださったことに感謝しています。
岡山県出身の役者さんにもご協力いただいています。
Q.フィギュアスケート高橋大輔さんの出演には驚きました。
イメージ通りだったんです。喋り方も表情も。
キャスティングを考え始めたころ、テレビでインタビューを受けている高橋さんを見て、いい!しかも倉敷出身!と思いました。
高橋さんの出演が決まってからおもしろいことがあって…。エキストラの募集に、それまではそんなに応募がなかったのが、高橋さん効果で全国から応募が来ました(笑)
Q.花火大会という目標をもって、高校生たちが少しずつ上を向いていく物語でもあります。
子どもって自分の限界点を決めてしまうところがありませんか?「ここまで」と決めて勝手に諦めちゃう。限界点を大人が決めてしまうこともある。けれど、周りの人を巻き込むと、ひょんなことから何かが始まることもあります。それが今回、花火につながるんですが…。限界点なんて決めないでいい、ひょんなことってあるんだよ、と若者には伝えたかった。
Q.紅子の場合は深刻です。
彼女はヤングケアラーですが、世の中には彼女のような子がいっぱいいます。けれど家庭内のことなので、自分からSOSを言ってもらわないと外から気づくことは難しい。がんばってしまう子って「しんどい」が言えないんです。
社会においては彼らも“見守られるべき”子どもであって、それを伝えなければいけないし、気づかせてあげなければいけない。これは大人が考えるべき課題です。
Q.主題歌はそんな紅子にぴったりですね。
音楽を担当してくれた村松崇継さんは前作でもお世話になった、信頼している方です。あるとき、村松さんから「紅子の心情を吐露したような歌詞だから聴いてみて」と聴かされたのが手嶌葵さんが歌う『風につつまれて』でした。素晴らしい!紅子の歌だ!と思いました。
劇中の村松ワールドから自然な流れでエンディング。奇跡と言える出会いでした。
山田洋次監督のもとで
長年、助監督、脚本を担当。
Q.山田監督ってどんな人ですか?
いつだって映画ファースト。『男はつらいよ』は、だいたい1年に2本ずつ撮ってたのですが、その間、何時も、次の寅次郎はどうするかを考えていました。喫茶店に入っても、「寅次郎ならバイトの子やマスターになんて声をかけるだろう」「寅次郎はここでどんな人間関係を築くだろう」というふうに。すごい人だなと思っていました。
Q.寅さんは愛情をもらって生み出されたんですね。
本当に愛されていました。
寅次郎はよく人とぶつかりますが、憎しみではなく、愛情があるからぶつかるんです。人間関係って誰しも壊れることを恐れますが、でも寅次郎の場合、愛情があるから何があっても壊れない。
それから、故郷があるのも魅力のひとつだと思います。生まれ育った故郷は柴又ですが、寅次郎が行く街では必ず人との出会いがあって、そこが第二、第三の故郷になる。
Q.やっぱり「街」と「人」ですね。
山田さんの影響、受けてますね(笑)。25年くらい一緒にやってきましたから。
Q.„師匠”ってどんな存在ですか。
人から学ぶって簡単なことではないと思います。ですが、人からしか学ぶことができないものはあると思います。
師匠は、たとえ巨匠と言われる人であっても神様ではないんです。作品に辿り着くまで、ものすごい悩みがあって、解決までの過程があって、それを大小いくつも繰り返して完成に近づいていったはず。先ほどお話した喫茶店での姿もそう、私は山田さんのそういうところを見てきました。
でも神様じゃないので、すべてを尊敬はしていない。人だから、えっ?って思うこともある。そこがおもしろいところじゃないでしょうか。
text.田中奈都子



取材協力:テアトル梅田

平松恵美子
【プロフィール】
1967年、岡山県倉敷市生まれ。岡山大学理学部在学中に自主上映サークル「岡山映画鑑賞会」で活動。卒業後、鎌倉映画塾の第一期生として入塾。山田洋次監督のもとで助監督・共同脚本を務め、『男はつらいよ寅次郎紅の花』(95)などに参加。『ひまわりと子犬の7日間』(12)で映画監督デビュー、松竹では半世紀ぶりの女性監督となる。『十五才 学校Ⅳ』(00)、『武士の一分』(06)等の作品で、日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞。近年の監督作品に『あの日のオルガン』(19)。脚本・助監督作品に、『母べえ』(07)、『おとうと』(10)、『小さいおうち』(14)、『家族はつらいよ』シリーズ(16・17・18)。脚本作品に『いのちの停車場』(21)等がある。

監督・脚本:平松恵美子
出演:山時聡真 中島瑠菜 堀家一希 櫻井健人 田中壮太郎 陽月 華 長尾琢磨 前野朋哉 ミズモトカナコ 北山雅康
高橋大輔 MEGUMI 林家正蔵 橋爪 功
音楽:村松崇継
主題歌:手嶌葵「風につつまれて」(ビクターエンタテインメント)
企画・製作:つなぐ映画『蔵のある街』実行委員会
制作プロダクション:松竹撮影所
企画協力:倉敷市
配給・宣伝:マジックアワー
特別協賛:高砂熱学
©2025 つなぐ映画「蔵のある街」実行委員会
2025年8月22日(金)
テアトル梅田、シネリーブル神戸ほか全国公開
公式HP












