2025年
8月号

⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.57 女優
佐久間 良子さん

カテゴリ:文化・芸術・音楽

新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。
第57回は、昭和の映画史にその名を刻み、現在も舞台などの第一線に立ち続ける〝銀幕のスター女優〟、佐久間良子の登場です。

文・戸津井 康之
撮影・服部プロセス

どこまでも声を届かせてみせる…
憧憬の地・芦屋で初めて挑む〝言葉と音の競演〟

憧れの街を訪れ

「東京で生まれ育った私にとって、関西地方の〝この地〟は長年、憧れを抱いてきた場所なんです」
憧憬の思いを込め、佐久間良子が口にした〝この地〟とは兵庫県芦屋市のことだ。
「芦屋ゆかりの映画にも出演していますので、今年秋、芦屋のホールの舞台に立てることは、とても光栄で、楽しみです」
芦屋市で暮らした文豪、谷崎潤一郎が執筆した小説を原作に、1983年に映画化された『細雪』で佐久間は主演を務めた。
今年10月4日、芦屋市の文化・芸術の発信拠点『ルネサンスクラシックス芦屋ルナ・ホール』で開催されるコンサートの舞台に、佐久間は立つ。
タイトルは『佐久間良子《音と言葉で紡ぐ 心の四季》西本智実 芸術監督 指揮』。
公演準備のために佐久間は、指揮者の西本とともにこのホールへ。
「実際にホールの中を自分の足で歩き、舞台や観客席の様子をじっくりと見て、朗読の構想を練りたいと思い、訪れました」
取材を行ったのは同ホールの楽屋。姿見を背に、丁寧に質問に答えてくれる佐久間の頭の中は、すでにコンサート当日を想定し、「どう演じ、どう朗読しようか」と思案しているように見えた。
「朗読の脚本のどこかに船場言葉(大阪・船場に由来する独特な方言)のセリフも入れたい。そう考えているんですよ」
今回のコンサートで佐久間は音楽の演奏に合わせて朗読する。
このコンサートの芸術監督を務め、当日は演奏の指揮を執る西本が、企画の意図について説明してくれた。
「私は関西出身で、芦屋市といえば、やはり谷崎潤一郎の小説『細雪』を思い浮かべます。そして映画『細雪』で主演されたのが佐久間さん。この小説や映画の世界を観客の方たちに想起させるようなコンサートにできれば、と考えています」
そこで、佐久間がアイデアを出したのが、この「船場言葉のセリフ」だった。
「今日も、佐久間さんと相談しながら、脚本の構想を練っている最中なんです。船場言葉を、どう使おうかなと…」と西本が笑った。

『細雪』で挑む〝競演〟

小説『細雪』は、大正末期から昭和初期にかけての〝阪神間モダニズム〟の世相を背景に、大阪の旧家に生まれた四姉妹の物語を描く、谷崎文学を代表する一作。発表以来、映画、ドラマ、舞台化が繰り返されてきた。
佐久間は、1983年に市川崑監督がメガホンを執った映画『細雪』で四姉妹の次女、幸子役で主演した。
「佐久間さんは市川監督映画『病院坂の首縊りの家』(1979年)でも主演され、その美と哀しみの憂愁に感銘を受けてきました」。西本は、女優・佐久間の魅力を最大限引き出すべく、〝朗読と音楽の融合〟を模索していた。
二人の出会いは長く、約10年前に遡る。
2015年、京都・泉涌寺で開催された西本指揮による音舞台で初めて二人は共演。2017年には、西本智実 指揮・脚本・演出『INNOVATION OPERA~ストゥーパ~新卒塔婆小町~』を制作。佐久間は主演の小野小町を演じ再演が続いた。
「佐久間さんが舞台に立つだけで、そこが明るく輝きました」と西本は、その唯一無二の才を賞賛。「今回のコンサートは、バロック音楽を中心とした初めての企画です。佐久間さん主演の『細雪』の世界観に着想を得ました」
この秋、芦屋市がコンサート初演の場となる。

女優、そして母として

1939年、東京で生まれた佐久間は1957年、東映ニューフェースのオーディションで選ばれ、第四期生として東映に入社。銀幕デビューするや、すぐに頭角を現わす。テレビドラマにも出演依頼は相次ぎ、NHK大河ドラマ『おんな太閤記』で豊臣秀吉の妻、ねね役で主演に抜擢される。
大河ドラマ史上、初めて女優が主演を務めたことが話題を呼び、西田敏行演じる秀吉が、ねねを呼ぶときのセリフ、「おかか」がその年の流行語に選ばれるなど社会現象を巻き起こした。
東映の大作映画で、『五番町夕霧楼』他、女優として単独で初主演を務めたのも佐久間。2011年、岡田茂・東映名誉会長の葬儀・告別式で俳優を代表して弔辞を読み上げたのも彼女だった。
〝女優の王道〟を歩み続ける人生は、生まれながらに定められた宿命のようにも思える。
名優、平幹二郎と結婚し、授かった双子の長男、平岳大は、現在、米国を拠点に活躍する国際派の俳優だ。
岳大が9歳のときに離婚したが、「小学校の授業参観などは、女優の仕事のスケジュールをできるだけ調整し、最優先して出席していました」と明かす。
華やかで多忙な女優としての仕事を貫く一方、母親としての責務を両立させようと、子育てにおいても一切、手を抜くことを自ら許さなかったのだ。
昨年、真田広之が主演、プロデューサーを務め米国で製作し、世界配信された時代劇大作『SHOGUN 将軍』が大ヒットし、話題を集めた。
米国の有名賞レースの「エミー賞」では真田広之が主演男優賞を受賞し、助演男優賞にノミネートされたのが岳大だった。
「表彰式の直前にアメリカにいる岳大から電話がかかってきました。『お母さん、一緒に表彰式に出席してほしい』と。『どうして私が。奥さんと一緒に出席しなさい』と答えたら、岳大のお嫁さんと二人から『お母さんに出てほしい』と言われました」
授賞式当日。会場で岳大と並んで座る佐久間の姿が世界に中継された。

女優としての矜持

日本を代表する銀幕のスター女優は、世界の映画人にとっても憧れの存在だ。堂々と手を振る姿に大きな歓声が沸き起こった。
私は新聞記者時代、映画『関ケ原』の公開前に岳大を取材した。彼は名優の両親を持つ二世俳優として育った故の葛藤などを包み隠さず打ち明けてくれた。
その話をすると、佐久間は「そんな話をしていましたか…」と感慨深げに語り、こんな秘話を教えてくれた。
「サッカーが得意で試合でゴールを決めても自分は誉められない。親が有名俳優だと言われる。岳大はそんな周囲の視線を嫌がって育ちました。そして高校を卒業すると一人、日本を離れアメリカへ渡ったのです」
数学が得意だった岳大は医師を目指して米国の大学へ留学。その後、数学科を専攻し大学院にまで進んでいる。
「それが突然、俳優になりたいと言い始めましてね…」
佐久間は反対したが、岳大は俳優の道を選んだ。
映画『関ケ原』の取材時、岳大はこう打ち明けた。
「父(平幹二郎)を看取った翌日が、『関ケ原』の冒頭のシーンの撮影日だったんですよ」。そしてこう続けた。「父にこの映画を見てほしかったです」と。
名優である両親に反対されながらも、自ら俳優の道を切り開き、米国で見事その才を開花させた。誰もが立つことのできないエミー賞の授賞式の舞台。その会場に母を日本から呼び寄せた岳大の思いが痛いほど分かる気がした。
公演時には約700人が入るルナ・ホールを前にして佐久間は言う。
「舞台の上から発したセリフは観客席のどこまでも届くように心がけています。大きな声を張り上げずとも、自然な声で」
それは、たとえ、どんなに広い大ホールでも変わらない…とも。
ホールの楽屋で、秋の公演を想像しながら、思いの丈を込めて情感豊かに語る佐久間の姿に、昭和から平成、令和の時代を駆け抜けてきた女優の矜持を目の当たりにした。

『INNOVATION OPERA ~ストゥーパ~新卒塔婆小町~』より

『INNOVATION OPERA ~ストゥーパ~新卒塔婆小町~』より

『佐久間良子 《音と言葉で紡ぐ 心の四季》
西本智実 芸術監督 指揮』公演

■2025年10月4日(土)開演14時
ルネサンスクラシックス芦屋ルナ・ホール
■お問い合わせ
大阪アーティスト協会:06-6135-0503(平日10時~18時)
公演オフィシャルサイト

佐久間 良子(さくま よしこ)

東映、NHK大河ドラマ史上初の主演を務めた日本を代表する女優。130本を超える映画『湖の琴』『人生劇場 飛車角』『細雪』ほか、テレビドラマでは『徳川の夫人たち』『皇女和宮』『お吟さま』、NHK大河ドラマ『新・平家物語』『おんな太閤記』『春日局』『功名が辻』等数多くの作品に主演。初舞台となった三島由紀夫原作『春の雪』(1969年)は4か月のロングラン。その後『鹿鳴館』、文部省芸術祭賞と菊田一夫演劇大賞を受賞した『唐人お吉』『桜の園』『椿姫』『チャタレイ夫人の恋人』などの作品で主演。『音舞台 泉涌寺』、『作曲家の恋文』シリーズ、世界初演『INNOVATION OPERA~ストゥーパ~新卒塔婆小町~』主演、ヤマハ立体音響技術を用いた世界初同時遠隔演奏クラシックコンサートなどでイルミナートと共演。書道では1975年日展に入選、2000年毎日書道展では毎日賞を受賞、2005年北陸書道院展大賞受賞、2008年ニューヨークで書道展を開催。2025年1月初の著作『ふりかえれば日々良日』(小学館)発刊。2011年文化庁長官賞受賞など受賞多数。2012年旭日小綬章受賞。

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