4月号

連載 教えて 多田先生! 素粒子物理学者の宇宙物理学教室|〜第22回〜
宇宙の未来
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と
考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、人間の
存在を解明する︱― 日本の誇りをかけて、その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。今月号から、謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。さあ、授業のはじまりです!
第15回から第21回まで、宇宙年表に従って、宇宙を現代から過去に遡っていきました。
それでは逆に宇宙の未来はどうなるのでしょうか。今回はそれについてお話しします。
第12回で、宇宙に大規模に働く力は引き合う方向にしか働かない重力だけなのに、なぜ、宇宙は膨張する方向に広がっているのか、という話をしました。そのときは、重力に逆らって上向きにボールを投げ上げることにたとえました。つまり、ボールには下向きの重力が働いているので、ボールを投げ上げたときに、最初は上向きの速度をもっているので上がっていく、しかしあるところで速度が0になり、そのあとは重力の方向に落ちていく、我々は今、その「最初」のとき、「未だ上向きの速度が0になっていない瞬間」を見ているだけだ、ということでした。それでは宇宙も、いつかは膨張速度が0になり、そのあとは「落ちてくる」、つまり収縮していくのでしょうか。
我々人間があらん限りの力でボールを投げ上げたとしても、それはいつかはかならず落ちてきます。それは、重力の大きさに比べて、投げ上げる速度が小さすぎるからです。もっと速い、たとえばロケットの打ち上げ速度くらいだとどうでしょうか。ロケットが打ち上げる人工衛星は、落ちてこないですよね。要は、投げ上げる速度と、重力の大きさ、あるいはボールの重さとのバランスによって、ボールの「未来」が決まるのです。
ボールが重い、あるいは投げ上げる速度が小さい場合には、ボールはやがて落ちてきます。ボールが軽い、あるいは投げ上げる速度が大きい場合には、ボールは重力を振りきって宇宙の彼方へと飛んでいきます。月や地球以外の惑星、あるいは太陽系外を目指す宇宙船のように、です。そしてその中間、ボールの重さが、投げ上げる速度と絶妙のバランスである場合には、ボールは地球の周回軌道を回ります。これが人工衛星です。
では宇宙の「未来」はどうでしょうか。重力の大きさを決めるのは、宇宙にある物質の質量を空間の広さで割った、「質量の密度」です。
この質量密度が大きい(重い)場合は、重力が勝って、宇宙は「落ちてくる」、つまり、今は膨張しているが、未来のある時点で膨張速度が0になり、そのあとは収縮に転じます。最後は宇宙はまた一箇所に集まってしまいます。これを「ビッグクランチ」と呼びます。
宇宙の質量密度が小さい(軽い)場合は、宇宙は重力に勝って永久に膨張を続けます。永遠の時間が経っても、膨張速度は0にはなりません。
そして、人工衛星のように、「ちょうどよい」バランスの場合は、永遠の時間が経つと膨張が止まる、しかし宇宙は収縮しない、つまり、「彼方に飛んでいくわけではないが、落ちてくるわけでもない」状態となります。このときの質量密度を、「臨界密度」と呼びます。この連載をよく読んでくださっている方なら、目にされたことがあるはずです。そう、第18回でお話しした、「宇宙が平坦となる密度」のことです。そして、第18回では、観測事実として、宇宙は平坦であること、第21回では、インフレイションによって必然的に臨界密度ぴったりになることをお話ししました。ということは、宇宙の未来は、この、「彼方に飛んでいくわけではないが、落ちてくるわけでもない」状態となるのでしょうか。
20世紀まではそう思われていました。ところが、21世紀になって、驚くべき観測結果がもたらされました。宇宙はそんな単純な進化をしておらず、なんと、宇宙の膨張速度は、遅くなっていくどころか、加速されて速くなっていっている、というのです!
今回お話ししたどの場合でも、膨張速度自体は遅くなっていきます。永遠の時が経っても速度が0にはならない場合でも、最初の頃より速度が遅くなっていっていることに変わりはありません。なぜなら、互いに引き合う重力しか働かないからです。となると、膨張が加速しているという事実から、重力とは別の、あるエネルギーの作用を仮定せざるを得ません。
実はそれは、数式上は、すでにこの連載で登場しているのです。第11回でご紹介したアインシュタイン方程式に、アインシュタインが書き込んだ、そしてアインシュタインが人生最大の失敗と呼んだ、あの宇宙項です! この21世紀になって、宇宙項が華麗に復活したのです! アインシュタインも胸熱です!
ところが、数式上で書き加えることは簡単でも、実際にそれがいったい何なのかは、現在のところもわかっていないのです。しかしこの得体の知れない「なにか」が、宇宙を支配していることは確実なのです。
人類は、宇宙の始まりまで突き止めた気になっていましたが、本当のところは、まだまだわからないことのほうが多い、ということなのです。
さぁ、次回からは、この宇宙の「わからない」もの、暗黒の部分にスポットを当ててみましょう。
PROFILE
多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。