3月号

有馬温泉歴史人物帖 ~其の弐拾四~ 新谷 英子(しんたに えいこ) 1942~2017
太閤橋の交差点にあるゆけむりひろばに、秀吉くんがちーんと座っております。この「茶人太閤像」は1982年の設置ですが、このときはこれを輿に乗せて有馬温泉観光協会青年部の面々が大坂城から担いで運んだとか、重たいのにね。一方、ねね橋のたもとには「ねねの像」が。秀吉くんの正室、ねね姐さんは1997年からここで扇を右手にスラリと立っております。
いずれもフォトスポットとしておなじみですが、実は作者は同じ、神戸生まれの新谷英子さんでございます。父の英夫さん、兄の琇紀(ゆうき)さん、姉の澤子さんも彫刻家で、神戸では「石を投げれば新谷ファミリーの彫刻に当たる」といわれていますが、危ないので本当に投げちゃダメよ。その数、神戸市内に4人合わせて100体以上!英子さんはその3分の1以上、36ものパブリックアートを手がけているんですが、そのうちの4つが有馬温泉にございます。前述の2つ像のほか兵衛向陽閣の「女性像」もその一つで、メインダイニング前の庭園を飾っていますよ。そしてもう一つは有馬グランドホテルのプールサイドの「水鳥と子供」。これはもともと英夫さんが1966年に制作し、英子さんが1997年にリメイク、父娘の共作ですね。
幼い頃から父のアトリエを遊び場としていた英子さんは自然に彫刻に親しみ、京都市立芸術大学在学中には当時まさに「具体」でアートの先端を走っていた芦屋市展に出展するなど早くから実力を発揮。卒業後は渡米、渡欧して研鑽を積み、帰国後は神戸女子短大などで教鞭を執りながら数多くの立体作品を発表していますが、その精緻で内面まで滲み出るような具象性は高く評価され、特に鳩の作品はイタリア現代彫刻の巨匠、エミリオ・グレコ氏をして「英子の鳩たちは人間の醜さも知らずに、大空一杯に翼を羽ばたかせて幸せそうに飛んでいる」と言わしめております。
さて、英子さんは「ねねの像」について「表情をどのように表現しようか」と考え抜き、造るのが難しかったと綴っています。そして完成したブロンズ像のまなざしの向こうは「茶人太閤像」。秀吉くんとねね姐さんの目線はばっちり合っております。お両人とも有馬の恩人でございますが、講談「間違いの婚礼」にあるように足軽の頃から寄り添ってきた夫を愛おしく見つめているのか?それとも何人もの妾を有馬に誘ったことを冷たい目で諫めているのか?英子さんの父、英夫さんは「作品を見る眼はみんな主観」とキッパリ。つまり、どのように見えるのかは鑑賞する方のご家庭の事情によりけりですかね。