2024年
9月号

⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.46 シンガー・ソングライター 平原 綾香さん

カテゴリ:, 文化・芸術・音楽

新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。第46回は昨年、デビュー20周年の節目を迎えたシンガー・ソングライター、平原綾香。21年目の全国ツアーが10月から始まるのを前に「今年は次の20年に向けてのスタートとなる重要な年です」と強い意気込みを語った。
文・戸津井 康之
撮影・服部プロセス

歌い続けた20年…21年目で挑む〝音楽の根源〟

走り続けた20年

2003年。英作曲家、ホルストの組曲『惑星』の中から『木星』をモチーフに日本語の詞を乗せた壮大な曲『ジュピター』を力強い伸びやかな声で歌い上げ、鮮烈にデビューした。
以来21年にわたり、平原綾香はミュージックシーンの第一線を駆け抜けてきた。
「今、振り返ってみても、デビューしたあの一年目が最も忙しい年でしたね。あれ以上に忙しかった年はないですから」と柔和な笑顔を浮かべ20年を振り返る。
とはいえ、2024年も忙しさは変わらない。
この日の大阪市内での取材は『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』の東京での公演中の合間を縫っての来阪。「取材が終われば、東京へすぐに戻らないと…」。主演のヒロイン、サティーンをみんなが待っているから。
「今日は久々に〝サティーンから抜け出し平原綾香に戻れる日〟です。だから休日なんてなくてもいい。こうやって平原綾香として、ツアーへの思いをみんなに伝えられることがとてもうれしくて」
『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』は東京、大阪と続く9月28日までのロングラン公演。
この公演が終われば、すぐにデビュー21年目の全国ツアーがスタートする。

音楽の古典、根源へ

ツアーのタイトルは『平原綾香 Concert Tour 2024-2025~The Swinging Classics!~』。
10月19日、埼玉で開幕し、東京、宮城などを回り、11月16日が神戸国際会館こくさいホール、そして12月15日の大阪・フェスティバルホールへと続く。
「実はつい先ほど、タイトルが決まったんですよ。共同で演出してくれる松任谷正隆さんとLINE交換をしながら、これにしようと決めたばかり」と新たなステージが生まれようとする、その瞬間の〝舞台裏〟を明かしてくれた。
「クラシックには本来、音楽の〝古典〟や〝根源〟という意味があり、自分の音楽のルーツを辿っていくコンサートにしたい」
音楽プロデューサーの松任谷は昨年の20周年ツアーで初めて演出に加わり、今回2度目となる。
昨年の20周年ツアーは、どのように企画されたのか。
「20年の集大成。しかし私は正直、何を歌ったらいいのか、どうしたらいいのか悩んでしまって…」
松任谷からの提案で、「何をするかを導き出すため」のミーティングを行うことにした。
「(松任谷)正隆さんの質問に私が答えていきました。デビューして20年間の思い、そして、子供のころから生きてきた40年間の思いまで…」
1回4時間以上にも及ぶ松任谷とのミーティングは5日間にわたって行われた。
「10年前の私へ、20年前の私へ。そして2年前の私へ。自分へのメッセージを手紙に託し、それに合わせた楽曲を披露していく…。このスタイルができあがったのです」
2年前の私へ―。
それは2021年。最愛の父、平原まことを亡くし、絶望の淵に立つ自分へのメッセージだった。
松任谷からこんな提案があった。
「アーヤ(平原綾香の愛称)さあ、お父さんの『ジョージア・オン・マイ・マインド(わが心のジョージア)』をサックスで吹いてくれないか?」
こう言われ、「正直とても驚いた」と言う。
この曲はサックス奏者の父が得意とし、松任谷、そして平原が大好きだった曲だ。
父が亡くなって以来、父の曲をサックスで吹くことは封印していた。というよりも、「こわくて絶対に吹けなかった」と吐露した。
「これまでのように自分が演出をしていたら、絶対に実現していなかった」
そう語るのが、コンサートのオープニングシーンだ。
天国の父へと贈る、父から受け継いだ娘の渾身のサックス演奏「ジョージア・オン・マイ・マインド」がホール中に響き渡った。
「父が亡くなって以来、初めて吹くことができました」
松任谷演出の20周年コンサートは、自身にとって、「父を亡くした悲しみを乗り越えていくためのツアーだったと思います」と改めて振り返る。
一方で、「こんなにもプライベートを披露していいのか。父を失った悲しみを表に出していいのか?」。そんな戸惑いもあったが、得るものは間違いなく大きかった。
「コンサートで父の思い出を振り返るとき。私は泣き、そして観客の方たちも涙を流して聴いてくれた。自分の悲しみの経験を、歌で、演奏で表現することができたのです」
20年間で積み上げたアーティストとして、そして同時に人としての集大成のステージを完成させることができた。
「自分のことをここまで舞台の上で出してもいいんだ。そう正隆さんが教えてくれました」
悲しみの感情を歌に込めることで観客と一体化できることを知った。
「会場に来てくれる方たちも、みんな家族や友人を亡くしながら、その悲しみに耐えて生きているのだ…」と。

21年目も走り続けたい

今回のツアーで構想している松任谷の演出とは?
「まだ構想中ですよ。話し合いは直前まで続けます」と言いながらも、そのアイデアの一端を教えてくれた。
クラシックにジャズ、ポップスに、独学で習得したボイス・パーカッション、そして中学生から続けているサックスの演奏…。
平原がステージで繰り出してきた歌や演奏のジャンルは多彩だ。
「いろいろな歌声を正隆さんに引き出してもらいたい。これまで、ずっと、できないことにチャレンジしてきました。その〝21年間の集大成〟のコンサートとなれば」
まだ歌っていないジャンルはあるのか?
そう聞くと、「演歌ですかねえ…自分ではもう、思い浮かばなくて」と笑った。
この21年目の全国ツアーが終われば、また、すぐに次の舞台が待っている。
来年2025年1月には、ミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』の舞台に立つ。
2014年、平原が初めてミュージカルに挑んだ〝あの舞台〟である。
今からちょうど10年前。平原のミュージカル・デビューのきっかけを聞いて驚かない者はいないだろう。
「オファーを受けた『ラブ・ネバー・ダイ』のヒロイン、クリスティーヌはオペラ歌手。私は、それまでオペラを歌ったことがないし、ミュージカルで演じたこともない。やっぱり自分には無理です」
そう言って2回断ったら、英国へ呼ばれ、説得された。
説得してくれた、その人の名は、『オペラ座の怪人』や『キャッツ』、そしてこの舞台の楽曲を手掛けた世界的作曲家、アンドリュー・ロイド・エヴァーだった。
彼からの直々の出演オファーを2回も断ったミュージカル俳優は、世界でもそうはいないだろう。
「あれから10年ですね。ミュージカルに挑戦して本当に良かったと思います。あのとき、もしミュージカルの舞台に立っていなければ、今の私はいませんから」 
歌にミュージカルに、と活躍の場を広げてきたが、40歳を迎え、将来の目標が気になる。
「世界で歌いたい。ずっとそう考えてきました」
コロナ禍、ステージで歌えない辛さも経験したからこそ、「歌で世界をつなぎたい」。そんな壮大な構想を温めてきた。
「今、10年後をイメージしています。50歳の自分はどうなっていたいのか。どうすれば音楽で人の役にたつことができるのか。今からしっかりと準備しておきたい」
見据える夢の先ははるか遠く高く…。どこまでも響きわたる歌声のように果てしなく広がっていく。

平原 綾香(ひらはら あやか)

1984年東京都生まれ。音楽大学に在学中の2003年『Jupiter』でデビューし、日本レコード大賞新人賞や日本ゴールドディスク大賞特別賞をはじめ様々な賞を獲得。その後もドラマ主題歌、NHKトリノオリンピック放送テーマソングなどを歌い、クラシック曲のカヴァーアルバム『my Classics!』では、第51回輝く!レコード大賞優秀アルバム賞を獲得。その活動が高く評価され、2010年『第1回岩谷時子賞』において奨励賞を受賞。デビュー以来、シングル32枚、デュエットシングル2枚、デジタルシングル10枚、DVD15枚、Blu-ray4枚、参加Blu-ray1枚を発表。アルバムは、カヴァーアルバム、ベスト盤を含む25枚を発表。2014年、ミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』出演を機に、『メリー・ポピンズ』『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』でも主演、歌手だけでなく女優、声優としても活躍。デビュー20周年イヤーの2023年にはアニバーサリーアルバム「A-ya!」をリリース。全国ツアー『平原綾香 20th Anniversary Concert Tour 2023~Walking with A-ya~』を開催した。2024年秋から、全国13ヵ所でのコンサートツアー「平原綾香 Concert Tour 2024-2025」を開催予定。
平原綾香Official Website

平原綾香 Concert Tour 2024-2025~The Swinging Classics!~

■神戸公演
 日時:2024年11月16日(土)16:30開演
 会場:神戸国際会館こくさいホール
■大阪公演
 日時:2024年12月15日(日)17:00開演
 会場:フェスティバルホール
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