2024年
8月号
『自画像の塔』2001年

神戸で始まって 神戸で終る ㊿

カテゴリ:文化人, 現代美術

運命の導くままに

僕の生き方は、ほぼ10代で決まったように思います。どういうことかと言うと、1才から20才までの間、つまり10代でその後の人生のシミュレーションを見せられたような気がするのです。このことを説明するためには20才までにおきた様々なできごとを語るしかないのです。
すでに、この『神戸で始まって神戸で終る』というエッセイの中で、小出しに語っていたことと重なるかもしれませんが、もう一度ここでおさらいをするつもりで再度語りたいと思います。
ここで先ず結論から言ってしまいますと、20才までの僕の20年間の生活というか人生は、僕の意志とは無関係に見えない何かの力の働きによって、様々な現象を現出させられてきたように思います。言い方を変えれば、僕の意志によって行動してきたことはほとんどないように思うのです。
最初の大きい働きは、僕を生んだ両親の元で育てられるのではなく、横尾家の夫婦によって育てられることになったのですが、このことに対して僕は僕の意志と無関係のところで、何かの意志の力の働きによって、僕は生みの親から離され、横尾家の養父母の元で育てられることになるのです。このことは僕にとって宿命だったわけです。
宿命とは、その環境から逃れようとしても逃れることができないのです。そういう意味では、決定的な星のめぐり合わせによって、僕はそうならざるを得なかったのです。構造上そうならざるを得ないのです。一切の現象はそうなるように予定されていて、思うように変えることができないという説があるのです。時代の推移とか超越的な何かによって、そうなるように決まっているというのです。
物事の成りゆきや人間の身の上に起こる数奇な力というか法則が働いた結果ではないでしょうか。このような現象を運命論というのかも知れません。ここには個人の意思が働く余地がないような気がします。こうなるより仕方がないのです。
昔、テレビで女性の占い師が、占った結果に対して「こうなっちゃいましたんや」みたいなことを言っていたのを思い出しました。こうなっちゃったんだから、しゃーない、諦めまひょ、という関西独特の諦観思想です。
ここには、個人の自我も意志も働きません。じゃ誰がこう決めたのか、神なのか、宇宙の意志なのか、それとも宇宙の法則か、そんな人間知を超えた、計り知れない何かでしょう。そんな馬鹿なことはない、人間には人間としての生まれながらの自由意志がある。だから、こんな訳のわからない問題など持ち出されたら困る。これじゃなんのために人間が存在しているのかわからない。全く意味がないじゃないかという、知性と感性の持ち主は、このような宿命とか運命に対して無視した生き方をされることでしょう。
また、このような人間が圧倒的多数であることも事実です。宿命とか運命は架空の産物である。このような概念を持ちだす奴は、反人間主義である。このような概念を肯定されると、人間は努力をする必要がない。自我もエゴも欲望も煩悩も不用だという、この社会は崩壊するよ、といわれそうです。
そうです、その通りです。でも僕は幸か不幸か、いつの間にか知らず知らずのうちに宿命と運命の支配に従わざるを得ない現実的直面に遭遇してきたのです。
大谷翔平選手は、10代の頃にすでに自分の一生の計画を立てて、その通りに生きようとしているようです。そして現在まで、ほぼ実現してきたかに見えます。そういう意味では、彼は運命論者ではありません。自分の意志と想像に従って、運命を切り開いています。そしてそのためには、人後に落ちない努力をしています。そんな大谷に対して僕は、全く真逆の生き方をしてきました。どちらかというと、来るもの拒まずの受動的な生き方です。能動的な生き方の反対です。自分の意志に従うよりむしろ、他人の意志に従う、ある意味では優柔不断ともいえるかも知れません。
ここで実例を上げて説明を致します。僕は高校時代、将来はできれば郵便配達夫になりたいと思っていました。ところが、いよいよ将来を決定する時期に突然、先生が東京の美術大学に進学するように勧め、あっという間にその手配をしてしまいました。仕方ないので、受験をすることになって上京したところ、すでに東京に帰っていた美術の先生が突然気が変わって、「明日の受験を止めて故郷に帰りなさい」と言って、受験当日に僕は故郷に帰らされてしまいました。
ここで先ず、人生が狂いました。突然の先生の心変わりで、僕の身の上まで変わりました。そうこうしているうちに、郷里から何キロも離れた加古川市の印刷所に、郷里の織物祭のポスターが1等になったことで、スカウトされたのです。想像もしていなかった展開です。ところが10か月後に僕はこの印刷所を解雇されました。
と同時に、神戸新聞のカット投稿の常連の1人から声がかかって、5人でグループを結成しました。そして、神戸の元町の小さい喫茶店でグループ展を開催することになって、僕は架空のポスターを2点出品しました。ところが、この喫茶店にたまたまお茶を飲みにきた神戸新聞のデザイナーによって、僕は神戸新聞社のデザイナーとしてスカウトされたのです。デザインとか絵を職業にするなんて気持ちは毛頭ありませんでしたが、自分の意志というより相手の意志に従って、神戸新聞社に勤めることになったのです。
完全に運命に翻弄されていますが、次々変化する状況に従って、成るように成っていっただけの話です。その間、先輩のデザイナーに勧められて、日本宣伝美術会という、日本で最も権威あるデザイン展になんとなく出品した作品が賞を取り、会員に推薦されたことが切っ掛けで、大阪のナショナル宣伝研究所に入ることになったのですが、この会社が翌年、東京に進出することになったために、思いも寄らず東京に行くことになり、大阪で少し面識のあったデザイナーの田中一光さんが東京に移っていたので挨拶に行った頃、今度は日本デザインセンターという有名デザイナーが大挙集結した会社ができる。まるで夢のような話です。
そして6か月後に、僕はこの会社に田中一光さんの口利きで入社することになったのですが、その後も次々と遭遇する人達によって、思いもしない世界に運ばれます。目に見えない不思議な力の作用によって、ほとんどが、出会う相手の意志に従った結果で、僕自身が求めて切り開いていったものはほとんどなく、全て、受動的な状況と現象に従ってきました。自我を極力減らすことで、徹底した受動的行為によって、現在があると思います。僕の10代がその雛型を見せてくれたように思います。あとの大半の人生は、その10代の雛型に従う、つまり運命の導くままに行動してきました。大半の人が、未知に対する予想ができないので怖いと言いますが、僕は逆に未知に対する夢と期待をもつために、危険な目には一度も遭わなかったというか、成るように成ることにまかせてきたように思います。
だから自分に起こる現象は、たとえ、病気であったりケガであっても、それらは運命のための不可欠なものであると認識してきました。そういう意味では、運命論者だと思います。自分に関わる事象をただ受け入れただけの話です。

『自画像の塔』2001年

撮影:横浪 修

美術家 横尾 忠則

1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。2023年文化功労者に選ばれる。

横尾忠則現代美術館(神戸市灘区)にて『横尾忠則 寒山百得展』開催中。
2024年8月25日(日)まで。

横尾忠則 現代美術館

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