7月号
連載 教えて 多田先生! 素粒子物理学者の宇宙物理学教室|〜第13回〜
火の玉宇宙
自然界で最も大きな存在が宇宙、そして最も小さな存在が素粒子と考えられている。素粒子を研究することで、宇宙のはじまり、人間の存在を解明する︱― 日本の誇りをかけて、その最前線で日々研究に打ち込む素粒子物理学者・多田将先生。この連載で謎に包まれた宇宙について多田先生に教えていただきます。さあ、授業のはじまりです!
前回は、すべての天体が遠ざかっていっているという観測事実から、過去には天体同士の距離がもっと近かった、さらに言えば、宇宙の初期には、すべての物質は一箇所に集まっていた、という話をしました。今回は、そのときにはどんなことが起こるのかを考えてみます。
突然ですが、みなさんは「温度とはなにか」と訊かれたら、なんと答えるでしょうか。こんな身近な、ごく当たり前に普段使っている言葉ですら、それがなにかと訊かれれば、答えられない人が意外に多いのではないでしょうか。
たとえばわれわれの周りの空気は、おもに窒素分子と酸素分子で構成されていますが、これらは分「子」と名前がついている通り、子供のようにじっとしていられないものなのです。結構な高速で飛び回っています。みなさんは、幼稚園でも小学校でもいいですが、子供がいっぱい集まった場所を見たことがありますでしょうか。よく見ると、その元気さにも個人差があることがわかります。停まると死ぬのではないかと思えるほどに動き回っている子供もいれば、ややぐったりしている子供もいます。分子も同じで、速度の速い(運動エネルギーが高い)ものもいれば、遅い(運動エネルギーが低い)ものもいます。これらの分子の運動エネルギーの平均値が温度です。いえ、正確には、分子の運動エネルギーの平均値の密度が温度です。密度? 図1をご覧ください。丸が分子、矢印が運動エネルギーを表わしていると思ってください。矢印の長さが運動エネルギーの高さを示しています。上と下では、分子の数も矢印の長さもすべて同じです。でも、上のほうがより狭い場所に集まっていますよね。分子が持つ運動エネルギーの総量は同じでも、その密度が上下で異なります。上のほうが密な分、温度が高いのです。子供が狭い場所にたくさん集まっているとそれだけで暑苦しいですもんね。
余談ですが、みなさんはエアコンがどうやって部屋の空気を冷却しているかご存じでしょうか。熱を発生させるほうなら、燃料を燃やしたり、電熱線に電流を流したり、様々な手があります。しかし、熱を奪うのはそう簡単ではありません。まず、エアコンは、室内機と室外機がセットになっています。そして、その中を、冷媒と呼ばれる気体が循環しています。最初にエアコンを設置したとき、業者の人が何かの気体を詰めていきますよね。あれが冷媒です。この循環の際に、室外機で冷媒を圧縮します。すると、気体が持っている全エネルギーは変わらないですが、体積が小さくなる、つまり密度が高くなるので、温度は上がります。これを断熱圧縮と言います。冷媒温度は外気温より高くなりますから、その熱は外気に放出されます。それから室内機に送られますが、室内機では冷媒を膨張させます。するとやはり全エネルギーは変わらなくとも、体積が大きくなる、つまり密度が低くなるので、温度は下がります。これを断熱膨張と言います。この状態で冷媒の入った配管部分を室内の空気に触れさせてやると、室内の空気の温度は下がり、冷たい空気となって噴き出すのです(図2)。実はこれと同じことを、みなさん自身が自然と行っているときがあります。たとえば熱いラーメンを食べるときです。それを冷ましたいときは、口をすぼめて息を吹きかけますよね。一方で、冷え切った手を温めるときにも息を吹きかけるでしょう。冷やすときにも温めるときにも息を吹きかけるという、一見矛盾したことをしているようですが、実はこれは口の形にその秘密があります。人間の体温は高いので、そのまま息を吹きかけると温かい空気が出てきます。これが手を温めるときです。みなさんも本稿を読みながら手に「はぁ」と息を吹きかけてみてください。温かいでしょう? 次に、ラーメンを冷やすときと同様、このときは、口をすぼめて、つまりいったん空気を圧縮してから、「ふぅ」と吹きかけてみてください。どうですか、さきほどより温度が下がったでしょう。これは、口の中で圧縮された空気が、口から大気中に放出されるときに膨張するために、温度が下がるからです。これを僕は「ふぅふぅ(*´Д`)ハァハァの原理」と呼んでいます。みなさんは無意識のうちにこれを行っているか、あるいは、子供のころにお母さんから「口をすぼめて、断熱膨張でラーメンを冷やすのよ」と教えてもらったかも知れません。
今回は大部分が横道に逸れてしまいましたが!ここで言いたいことは、「宇宙の物質が持つ全エネルギーが変わらないなら、それが一箇所に集まっていた宇宙初期には、宇宙はとてつもない高温になっていた」ということです。この広大な宇宙が一箇所に集まっていたわけですから、とんでもない「圧縮」です。これを最初に唱えたのはソヴィエト連邦の物理学者であるゲオルギイ=アントナヴィチ=ガモフです。彼はこの超高温の宇宙を「火の玉宇宙」と呼びました。
でも言うのは簡単です。宇宙初期にそういう状態であったなんて、誰も見てこれないから、好き勝手言っているだけでは?
ところが、ガモフは、今でもその宇宙初期の「証拠」を観測することができると言ったのです。それはいったい何なのか。次回はその「火の玉宇宙の証拠」についてお話しします。
PROFILE
多田 将 (ただ しょう)
1970年、大阪府生まれ。京都大学理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学化学研究所非常勤講師を経て、現在、高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所、准教授。加速器を用いたニュートリノの研究を行う。著書に『すごい実験 高校生にもわかる素粒子物理の最前線』『すごい宇宙講義』『宇宙のはじまり』『ミリタリーテクノロジーの物理学〈核兵器〉』『ニュートリノ もっとも身近で、もっとも謎の物質』(すべてイースト・プレス)がある。