12月号
神戸で始まって 神戸で終る〈特別編〉
「Yokoo in Wonderland ― 横尾忠則の不思議の国」
2020年から始まった横尾さんの神戸物語は42回を数えて着々と「いま」に近づいてきました。東京での番外編が織り込まれて時空のねじれが生じたりもしましたが、今回、横尾さんによる当館の展覧会録が、ついに開催中の展覧会に追いついてしまいました。
ところが、横尾さんは「Yokoo in Wonderland―横尾忠則の不思議の国」をご覧になっておらず、「書いといて」と言われましたので、僭越ながらピンチヒッターをお引き受けすることになりました。
本展は、横尾作品のなかの「不思議」に焦点をあて、現実の延長にある異界を旅する展覧会。タイトルから分かるように、ルイス・キャロル作『不思議の国のアリス』及び『鏡の国のアリス』をヨコオワールド潜入のための装置としてお借りしました。展覧会は「不思議の国」、「鏡の国」、「夢の国」の三部構成。さっそく誌上ギャラリーツアーを始めましょう。
横尾忠則現代美術館 学芸員 平林恵
「不思議の国のアリス」で、アリスがウサギ穴に飛び込んで冒険が始まるように、第1章「不思議の国」は、少女が穴に飛び込む場面で幕を開けます。穴を抜けるとそこは地底王国アガルタ。横尾さんが描く穴は異界へのトンネルなのかもしれません。その先の洞窟は、生と死が混在する舞台。大人の世界を覗き見る好奇心旺盛な子どもたちは、江戸川乱歩の小説から抜け出してきたようです。彼らは横尾さんの分身となってジュール・ヴェルヌの海底世界にも登場します。そして、いつしか海は空と融合し、赤い闇に星が輝く宇宙が現れます。生と死が循環し、時には天使や宇宙人も登場する、懐かしい未知の世界です。
第1章の異界の旅を締めくくるのは横尾さんの永遠のテーマ、「死」の向こう側。ここに横尾さんの死生観を表す1冊の本が差し込まれています。泉鏡花文学賞を受賞した横尾さんの小説『ぶるうらんど』の中に「アリスの穴」という一編があるのですが、日常と死後の世界が緩やかに繋がったこの物語で、登場人物は「不思議の国のアリス」を読んでいます。
また、この展示室には、絵画と寄り添うように1970年代の版画やポスターが並んでいます。インドへの関心や楽園への憧れ、宇宙や精神世界の探求が現れた作品です。さらにその内側に回ると、暗闇で光を放つ12点のライトボックス。宗教的な世界観と宇宙や滝のイメージが合成され、瞬く光や流れ落ちる水を見ていると心が浄化されるようです。
第2章の「鏡の国」では、キャンバスを地に立つアリスの人形がお出迎え。狂気さえ感じさせるこの作品が誘う鏡の向こう側は、少し危険な香りがします。
銀の壁紙で覆われた空間に入ると、鏡の破片を貼り付けたり、鏡文字を使った作品が展示されています。日本の神話、聖骸布、宗教画を取り入れた死と救済のイメージが、激しい筆致と大胆なコラージュを用いた大画面で迫ってきます。
1980年代、画家転向から間もない頃のこれらの作品は、パリ・ビエンナーレやサンパウロ・ビエンナーレのために制作されました。グラフィックデザイナーとして既に高い評価を得ていた横尾さんが、画家として世界に打って出る大舞台。国際展への意欲と、画家としての試行錯誤が同居していて、混沌としながら緊張感のある作品たちです。
第3章は「夢の国」。アリスの物語にはありませんが、「不思議の国」も「鏡の国」も夢オチの物語ですよね。そして横尾さんは面白い夢を見る名人で、1970年頃から夢日記をつけています。
ピンクの壁にずらりと並んだ43点のドローイングは、横尾さんが見た夢を絵日記として出版した本『夢枕』の原画。第1章「不思議の国」の作品群とも響き合うシュールな世界観です。横尾さんが創り出す不思議な世界は夢を介して異界とつながっているのかもしれません。
展覧会場で時折顔を覗かせるおなじみのキャラクターたちは、ルイス・キャロル自身が出版に関わったオリジナル版の『不思議の国のアリス』、『鏡の国のアリス』に掲載されたジョン・テニエルの挿絵から引用しました。
たしか7年前、横尾さんのアトリエで、アリスとシュルレアリスムについてお話している時に、横尾さんから『子供部屋のアリス』という本(キャロル自身が子ども向けに書き直したアリスの本)を教えていただいたことを思い出して、絵本を読むような形の展示解説にしてみました。
「Yokoo in Wonderland―横尾忠則の不思議の国」という展覧会名やポスターの印象から、可愛らしい作品が並ぶと期待されるかもしれませんが、ここは横尾忠則現代美術館。横尾さんの「不思議の国」なので、くれぐれも覚悟してご来場ください。
美術家 横尾 忠則
1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。2023年文化功労者に選ばれる。横尾忠則現代美術館にて「Yokoo in Wonderland―横尾忠則の不思議の国」開催中。12月24日(日)まで。
横尾忠則現代美術館