8月号
神大病院の魅力はココだ!
Vol.23 神戸大学医学部附属病院 乳腺内分泌外科 國久 智成先生に聞きました。
女性特有のがんの中でも最もり患率が高い乳がん。外科手術を担い、他の診療科とも協力しながら完治を目指す乳腺内分泌外科の國久智成先生にお話を聞きました。
―乳腺とはどういうものなのですか。
出産後の授乳のために母乳を作る働きをして、それ以外では全く活動はしていない臓器です。形状はぶどうの房のようなイメージです。実の部分で母乳が作られ「乳管」とよばれる枝の部分を通って集まり乳首から赤ちゃんに与えることができるのです。
―母乳を出すためということは、女性特有のものですか。
基本的には女性特有ですが、一部男性でも思春期や高齢になってから小さなしこり程度の乳腺ができる女性化乳房症というケースがあります。ホルモンや薬剤の影響が考えられます。
―いわゆる「乳がん」は乳腺にできるがんなのですか。
乳腺の中でも乳管の細胞にできることが多く、ほぼ8割を占めています。その他のがんは性質が異なり、特殊型のがんになります。
―なぜ乳管にがんができやすいのでしょうか。
体の中では細胞が死んで新しい細胞が増えてきてバランスが保たれています。何らかの理由で遺伝子が傷付き正確な修復ができずにいると活発ながん細胞が発生し、どんどん増えてバランスが崩れて暴れ始めます。このメカニズムは乳腺がんに限らず胃がんや肺がんなど他の場所にできるがんも同じで、できやすい場所とできにくい場所がある理由はよく分かっていません。
―乳がんの患者さんは多いのですか。
女性のがん患者さんの中で最も多いのが乳がんで、日本では年間約9万人が発症しています。ここ30~40年間増加傾向にあり、女性が一生涯の中で発症する確率は1割程度、家族・親族の女性が10人いればその中の1人ぐらいが乳がんになる割合です。神大病院でも年間約200件、1週間に約4件程度の頻度で手術が行われています。また他のがんと違って比較的若い時期に発症するという特徴があり、一般的に他のがんは70代以降に増えてくるものが多いのですが、乳がんの場合は40代から60代の患者さんが多く、発症のピークは50歳前後です。
―乳がんは転移しやすいのですか。
がんの転移には2つのパターンがあり、一つは体の表面に網の目のように張りめぐらされたリンパ管を通じて流れていきます。乳がんの場合はまず脇のリンパ節にたどり着き転移が見つかります。もう一つは血管を通じて他の臓器へと流れていきます。肺や肝臓、骨に転移するケースが比較的多くみられ、乳腺のしこりがある程度大きくなっているケースでの転移が多いのですが、稀に遠隔へ飛びやすい性質のがんもあります。
―治療にはどういう方法があるのですか。
完治を目指して治療する場合は外科手術と併せて抗がん剤を使ったり、ホルン療法を併用したりして再発のリスクを抑えます。また、できるだけがん細胞だけを狙い正常な細胞を守る分子標的薬に関して乳がんの場合、HER2(ハーツー︶タンパクを狙うと非常に効果が高いということが分っています。
しかし薬には副作用もあり、誰でもどんな場合でも使うことが最善の治療とは言い切れません。患者さんそれぞれに対して過不足のない治療を行うことで再発のリスクを最低限に、なおかつ余分な治療を受ける必要なく完治を目指します。
―方針は何を基準にして決めるのですか。
以前はがんの進行状況によって治療方針を決めていました。最近はそれだけでなく、がん組織を調べて5つのタイプに分類し、どんな抗がん剤が効果的なのか、女性ホルモンを抑える薬が効果的なのか、手術とどう組み合わせるのかなどを判断します。
―外科手術では乳腺をどの程度まで切除するのですか。
がんを残すことなく取り除くことが大前提です。しこりが広がっていなければ小さく、広がっていれば全部取ることもあります。昔はリンパへの転移を抑えるために早期癌でも脇のリンパ節まで切除していたので術後は腕がむくむなどの後遺症が一定の割合で起こってしまいます。今は明らかにリンパ節転移を認める場合を除き、乳腺から一番初めにつながっているセンチネルリンパ節だけを摘出して転移を確認し、余分な切除を減らしています。女性にとって精神的ダメージが大きな手術ですから、形成外科の先生方と協力して乳房再建手術を同時に行うこともあります。
―乳房再建手術とは?必ず行われるのですか。
人工物や自身の組織を使って再建する手術です。最近多いのはお腹を切って脂肪を取り出し乳房のボリュームを再現する方法です。がんの手術後すぐに化学療法や放射線治療に移行する必要がある患者さんの場合はそちらの治療を優先します。また脂肪吸引とは違い大きな手術ですから、患者さんの年齢や状態、意志を尊重しながら方針を決めます。
―乳がんは予防できるのですか。出産や授乳との関係はあるのですか。
食生活や過度な飲酒が関係するとはいえ、それらを改善したからといって乳がんにならないというわけではありません。出産や授乳を経験した人の発症が少ないという傾向はありますが、決してそれだけが大きく関係するものではありません。
―がんには遺伝によるものもあるといわれますが、乳がんは?
遺伝的な素因によってがんが発生する場合、一般的に若くしてがんになる、複数のがんができやすい、また血縁者に特定のがんの発症が多いなど特徴的です。乳がん・卵巣がんについては特定の遺伝子が分かっているので遺伝子検査で判断できます。
―遺伝子検査は誰でも受けられるのですか。
遺伝カウンセリングを受けてメリットとデメリットがあることを理解してから受けるもので、費用もかかります。神大病院では以前から遺伝子診療部で遺伝カウンセリングや遺伝学的検査を実施してきました。2020年に保険適用範囲が広がり、例えば乳がんの手術をした患者さんが残っている乳腺のがんや卵巣がんが心配など、一定の要件を満たせば保険診療で検査を受けられるようになりました。特定の遺伝子変異が認められれば、乳腺や卵巣・卵管をがんが発症する前に予め切除するのも選択肢の一つになります。
―一般的に大切なのはやはり検診ですね。
胃がん、大腸がん、肺がん、子宮がん、乳がんの5つは検診が勧められています。中でも乳がんはマンモグラフィーなどの検査だけでなく、触診によって自分でも見つけられるがんです。他の臓器に転移してからの治療は難しくなります。せっかく早期発見できるのですから、検診や自己触診で異常があればぜひ専門医を受診していただきたいと思います。
國久先生にしつもん
Q.なぜ医療の道を志されたのですか。
A.高校生のとき進路を考えるにあたって「将来、仕事をするのなら人の役に立つ、いいことをしたい」と思いました。経験も知識もない高校生ですから、目的が分かりやすい医療の道を志し、医学部を受験しました。
Q.外科医の道を選び、中でも乳腺外科を専門にされた理由は?
A.手術をする外科医には憧れがありました。いろいろな手術のトレーニングを受けていたのですが、乳がんは診断、手術、化学療法など複雑でどうしたらいいのか分からず、2008年、神大病院に乳腺外科の医局が開設されたのを機にちゃんと勉強しようと相談しました。当時はまだメンバーも少なく「興味があるのならぜひ!」と…そのままずっと居続けることになりました(笑)。非常に奥が深い分野で、今ではやりがいを感じています。
Q.日々、乳がんの患者さんと向き合うにあたって、心掛けておられることは?
A.乳がんが見つかると皆さん不安になります。その不安を解消してあげることが大事だと思っています。患者さんの不安は病気のことだけではなく、仕事や家庭のこと、子どもさんのことなどいろいろです。医者一人で対応できるものではなく、看護師さんやソーシャルワーカーさん、カウンセラーさんなどサポートしてくれる人たちと協力して最善の対応ができるよう心掛けています。
Q.健康法やストレス解消法は?
A.できるだけ運動をすること。と言っても、特別に時間を取るのは難しいので、ジョギング程度ですが走るようにしています。体を動かせばストレス解消にもなります。