6月号
未来を駆ける神戸の新風 VOL.1|医療×ロボット 神戸発・日本初の技術で 医療の未来を創る挑戦!
今月から始まる新連載。かつて栄えた財閥を源流とする巨大企業や日本法人本社が集積する、グローバル産業都市である神戸の地で、次世代へと“新風”を吹かせる企業の挑戦を紹介する。
今回は、神戸医療産業都市の拠点・国際医療開発センター(中央区港島南町)に本社を持つ「株式会社メディカロイド」。医療用検査機器のシスメックスと、産業用ロボット事業で50年以上の歴史をもつ川崎重工業の合弁会社として2013年に設立し、国産初の手術支援ロボット「hinotoriTM(ヒノトリ) サージカルロボットシステム」の開発・販売を行っている。今年4月、新たに社長に就任した宗藤康治氏に話を伺った。
異分野の二社が協力して
新しい事業領域にチャレンジ
メディカロイドは、どのような想いで創業されたのでしょう?
現・川崎重工業の社長で、メディカロイドの会長である橋本康彦の想いが非常に強いものでした。元々、ご家族が医師だったということや、学生時代に、筋ジストロフィーの患者さんの介助のボランティアをしていたこともあって、「ロボットを医療に活かしたい」という想いがあり、かつての同僚で友人でもあった現・シスメックス社長で、弊社の副会長である浅野薫に、ロボット技術を医療に活かすことができないか、と話を持ち掛けたのが始まりでした。その結果、メディカロイドの前身となる医療用ロボット研究会を2012年に立ち上げて、翌年に株式会社メディカロイドを設立しました。
医療機器と産業用ロボットという異業種のタッグですが。
会社の文化も異なる2社が手を組んだわけですが、当時の両親会社のトップも、新たな事業領域に入っていくことを応援してくれていました。
本来、接点のない両社が協力して新しい事業領域にチャレンジするということは、ビジネスとしても非常に意義があることだと思っています。
「hinotori」というネーミングの由来は?
手塚治虫先生の『火の鳥』から使わせて頂きました。火の鳥は作中で、永遠の命を与える存在として描かれています。我々のロボットも手術を通して患者さんの命と関わっていくものとして、コンセプトが非常にリンクしていると感じ、「hinotori」としたいと考えておりました。
ちなみに、創業した橋本と浅野が手塚治虫先生のファンということもあり、実際に手塚プロへ、ぜひお名前を使わせて頂きたいと二人で訪ねたそうです。その時にご息女のるみ子さんより、手塚先生が医師免許を持った漫画家であり、医療を題材にした作品やロボットが登場する作品も多く残されているというところで、弊社の医療・ロボットに対する思いに共感を頂いて、正式に名前を使わせて頂くことになりました。
先生方の声をお聞きして製品に反映する
初めての臨床は、宗藤社長も立ち会ったそうですね。
2020年の12月14日、忘れもしません。「hinotori」は2015年から開発をスタートしたわけですが、その間、臓器を模したモデルを使った評価などは幾度となく実施してきましたが、人の命がかかった手術に実際に使用されるのは初めてでしたので非常に緊張する一日でした。
当日は、私は別室で手術室の様子を見ていたのですが、終わった瞬間、安堵しましたし、開発メンバーとも喜び合いました。
「hinotori」は、国産初の手術支援ロボットということですが、国産ならではのアドバンテージはありますか?
開発まで2年間ほどマーケティング活動を行ったのですが、そこで分かったのは、海外製品の場合メーカーに日本の先生方の声が届きにくいという課題でした。日本の医師は世界的に見てもレベルが高く、精緻で非常に丁寧な手術手技を持っていらっしゃいます。これが、海外製の医療機器にはなかなか反映されていかない状況でしたので、我々は、そういった先生方の声をお聞きして製品に反映する、ということをコンセプトにしております。
開発は完了し、既に上市していますが、いまも随時、意見を取り入れて改良を進めています。
今後、海外へ展開していきますが、日本の先生方の意見をしっかり取り入れた製品が、いかに海外で受け入れてもらえるかというのが重要なポイントになってきます。
ロボット手術のメリットについてお聞かせ下さい。
ロボット手術のメリットは、一言で言うと非常に手術がしやすいということです。
腹腔鏡下手術というのは、お腹に穴を開けて、鉗子を入れるのですが、お腹の穴を支点にして動かさないといけないので、例えば、右に動かすためには手を左に動かさないといけない。要は、目で見ている方向と反対に手を動かさないといけないので非常に難しいのです。そこがロボットを使うと、動かしたい方向に直感的に操作できる。曲げたい方向に手首も曲げられる。いわゆる、お腹の中に手を入れて手術する感覚で操作できる、これが一番のメリットです。
日本におけるロボット手術の現状はどのようにお感じになられていますか?
腹腔鏡手術の全体の割合に対してロボット手術が行われるのは大体15%くらいと言われています。そういった意味では、今後、普及の余地はありますし、いま使用しているのは、大きな病院がほとんどですが、中小の病院にも納入していけるのではないかと考えています。
しかし、課題もありまして、その一番は健康保険適用の状況です。実は、腹腔鏡下手術とロボットを使う手術、保険点数が一緒というものがほとんどなのです。現状、ロボットを使うと加算されるのは五術式だけ。これが増えていけば、当然ながら、ロボットをもっと使おうということになりますし、我々もそれに応じて、技術をどんどん広げていけます。
「hinotori」を使用できる術式は、現状、泌尿器と、昨年10月に、適応の承認を取得した消化器外科と婦人科の三領域です。この対象領域も今後広げていければ、普及していくと考えています。
あとは、中小の病院でもコスト面や設備面でご導入頂きやすいご提案をしていく、という点も普及には大切なところかと思います。
患者さんのQOLを向上させ、生存率を上げたい
今年、「技術経営・イノベーション大賞」選考委員特別賞と「ものづくり日本大賞」内閣総理大臣賞を受賞されました。
非常に嬉しいというのが率直な気持ちです。やはり開発というのは非常に長い年月がかかります。元々、2015年にスタートして、5年間かけて開発してきたというのもあって、製品化するまで非常に苦労の連続でした。そういう、開発チームが苦労を重ねて、壁を乗り越えてきたところで、自分たちの技術力であるとか、自分たちの製品が世の中に認められてこういった賞をいただけると、モチベーションが上がり、次の製品開発に挑もうという気になります。
東京‐神戸間(約500㎞)で商用の5Gを活用した、遠隔地からロボット手術を支援する実証実験に成功されました。
実証実験を行って、先生方からすると、もうこれはすぐ使えるなというようなイメージをお持ちでした。中でも特に、遠隔で手術したいというよりは、遠隔地の若手の先生方へのサポート、教育に使いたいというニーズがあり、早く実用化して欲しいというご意見をたくさん頂きました。
ただ一方で、安全性の確保が必要です。例えば、通信が途切れた場合でも安全に手術が継続できるような環境になっているのかというのも大事ですし、後は、いわゆる通信の揺らぎや遅延が起こったときに、システムとして安全に動作しますか、というところの技術開発やサイバーセキュリティといったところも含めて、技術的な課題はまだまだあるな、と思います。
手術支援ロボットがもたらす医療の未来についてお伺いします。
手術支援ロボット以外にも色々な医療ロボットがありますが、患者さんのためというのが一番ですよね。負担の少ない治療で患者さんのQOLを向上させるというところが一番大きな目的かと思っています。
我々が提供するロボットは、あくまでツールで、治療するのは先生方です。そのため、いかに先生方が使いやすくかつ安全に使用できるかというのが重要だと考えています。
最終的にはロボットが自動的に手術ができるようになるのではという話もありますが、医師の技術レベルまで行きつくことはないと思っています。我々としては、まずは定型化された一部の手技を自動化し、より専門的な知識を要する作業に集中していただける環境をつくるというところを目指したいと考えております。
みんなが安心して暮らせる高齢化社会をサポートする
経営者の視点で見た神戸の魅力はなんでしょうか?
神戸といえば港町ということもあり、非常に国際化が進んで多種多様な文化が融合された街です。そういう意味では、新しいことを始めることに適した街ですし、人も文化も情報も集まりやすい場所のように思います。
産業という点では重工業・鉄鋼・医療分野も栄えていますし、医療産業都市のような枠組みもあり、本当に新しい事業が始めやすい環境ではあるかなと思っています。
最後に、将来の夢や目標をお聞かせください。
メディカロイドは、「医療ロボットを通してみんなが安心して暮らせる高齢化社会をサポートする」というミッションを掲げています。そのために、いまは、「hinotori」がメインの事業になっていますが、これ以外のロボットも手掛けていきたいと考えています。例えば、病院の中で考えると、手術以外のところや介護の現場、救急救命で使われるようなロボットを使って、医療、あるいは社会に役立つ企業を目指していきます。
その中で、まずは、「hinotori」の事業をしっかり立ち上げて、国内で広げた後は海外に展開していき、「hinotori」で得たノウハウを次の新しいロボット開発に活かしていきたいと思っています。