5月号
⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.30 手塚るみ子さん
新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。
そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。第30回は漫画家、手塚治虫の長女で手塚プロダクション取締役として手塚作品の企画展などをプロデュースする手塚るみ子さん。
文・戸津井 康之
次世代への継承が使命…受け継がれる手塚漫画
3世代のサファイア
5年後の2028年。漫画の神様、手塚治虫は生誕100年を迎える。
「もう後5年ですね。確かに生誕100年は大きな節目かもしれないですが、実は父、手塚治虫にまつわる周年企画は毎年のようにあるんですよ」
現在、兵庫県宝塚市の宝塚市立手塚治虫記念館で企画展「リボンの騎士 3人のサファイアの物語」が開催されているが、「今年は最初の『リボンの騎士』が発表されてから、ちょうど70年の節目なんです」と、主人公のヒロイン、サファイアなどが描かれた連載当時の原画が並ぶ会場で、手塚るみ子さんは教えてくれた(※以下、手塚治虫さん=手塚、手塚るみ子さん=るみ子さん)。
さらに、「今年は記念となる手塚作品の周年企画が、もうひとつあるんですよ」と言う。
「『鉄腕アトム』の主人公、アトムの誕生日を覚えていますか?アトムが生まれた日は2003年の4月7日。今年、アトムは20歳を迎えました」
今から半世紀前の1952年、初めて連載漫画として発表された『鉄腕アトム』は21世紀の未来を舞台に描かれ、その後のロボット漫画やアニメ、映画などに多大な影響を与えた手塚の大ヒットSF漫画。
アトムが男の子を象徴する手塚作品の人気キャラクターなら、『リボンの騎士』のサファイアは、女の子を代表する手塚作品の人気キャラクターと呼べるだろう。
「実は、父は三つの『リボンの騎士』の物語を描いています。サファイアも3代いたんです。私がよく知るのは3代目。そこから遡って、それぞれの代の違いを見比べてみることができるのも、この展示会の楽しみですね。原画を間近で見ることができる機会は、なかなかないことですから」
初代は1953年に連載が始まった「少女クラブ」版、2代目が1958年に続編として描かれた『双子の騎士』(『リボンの騎士』より改題)、そして3代目はあらためて1963年に連載を開始した「なかよし」版だ。
それぞれストーリーも違い、「初代、2代目へと遡って、その描かれた時代の背景などを探ってみるのも面白いと思います」
お姫様が〝男装の麗人〟となって悪と戦う…というストーリーは斬新で、長編少女漫画の先駆け的な漫画だった。
宝塚で育った手塚は幼い頃から宝塚歌劇団が好きで、その影響を受けて生み出されたのが、『リボンの騎士』といわれている。
「父は女性のキャラクターを描くときは、身近な存在をモデルにしていたようで、父の妹も手塚作品に出てくる女性キャラクターを描く際のモデルになっていたのではないかと思います」
手塚ヒロインの背景
現在の大阪府豊中市で生まれた手塚は5歳の頃に宝塚市へ引っ越し、学生時代に漫画家としてデビュー。少年時代、宝塚歌劇などに大きな影響を受けて育った。東京で事務所を構え数々の漫画連載やアニメ製作を手掛ける。
るみ子さんは東京で生まれたが、「幼稚園や小学生の頃、夏休みになると母方の祖母が暮らす豊中へ帰省し、阪急電車で宝塚へよく出かけていました。阪急沿線ののどかな環境は昔から大好きなんです」と語る。
そして、同記念館が創設されてからは、企画展のプロデューサーとして頻繁に通い続けている。
同記念館では7年前の2016年、るみ子さんがプロデュースした企画展「手塚治虫のヒロインたち~可憐な少女から妖艶な美女まで~」が開催されている。
『鉄腕アトム』や『ブラック・ジャック』などヒーローものを得意とする印象が強い手塚作品だが、ヒロインが活躍する『リボンの騎士』を始め、手塚作品に描かれてきた数々の女性キャラクターにスポットを当てた異色の特別展だった。
このとき取材した際。プロデューサーのるみ子さんの企画の意図とその解説がとても興味深かった。
るみ子さんはこの展示を企画する中で、手塚ヒロインを5段階に分けて分析していた。
まずは、〝手塚ヒロインの初期〟。
「『鉄腕アトム』のウランちゃんなどがそれにあたり、父は家族や兄妹、身近な友人知人の延長上でヒロインを描いていたようです」と分析する。
次いで〝手塚ヒロイン発展期〟。
今回の展示のテーマとなっている『リボンの騎士』のサファイアなどで、るみ子さんは「少女漫画を描くことによって、手塚自身が読者である少女を意識するようになる。当時の少女の憧れや環境や社会背景を取り入れることにより、手塚ヒロインはより自在に枝葉を広げ、自立し、発展してゆきます」
そして〝手塚ヒロイン後期〟。
キャラクターは、『ブラック・ジャックのピノコなどだ。
「ある時期から少年マンガの手塚ヒロインたちは、男性主人公と同等に活躍の場を広げます。彼女たちは主人公を支えるだけでなく、叱咤激励し、男として成長させる、大事な役割を持つパートナーでもありました」
『ブラック・ジャック』の連載当時、ピノコはよく、るみ子さんがモデルではないかと言われていたと聞くが?
るみ子さんは笑いながら、「当時は友だちからもそう言われ、嫌でしょうがなかったのですが、今になって思えば、私はピノコそのものだったのでしょうね。わがままだし、人の言うことを聞かないし…」と振り返った。
「手塚にとって女性は永遠に謎めいた存在だったようです…」
娘としての鋭い視点を交えながら、そしてプロデューサーとして、作者の意図を明確に語ってくれた。
そこには、女性を描く際、〝神である手塚〟が人間らしさ、弱点を露呈してしまう、という分析も興味深かった。
伝承者としての覚悟
「父は生前、自分が亡くなっても3年は内緒にしておけ。よく、そう家族に言っていたようです。父は自分が亡くなったら、誰も自分の漫画を読まなくなる。それをとても恐れていました。もう新作が出ないのですから。だから、家族も父と同じ思いだったんですよ」と打ち明ける。
だが、「だからこそ、父の死後、強くこう覚悟した」とも。
「作品を知らない世代の人たちにも、手塚作品の魅力を伝えなければ…。それが私の使命だと強く思ったんです」
偉大な漫画家を親に持つ子供たちは誇らしさと同時に、親の持つ強烈なイメージの圧力に苦しみ葛藤を抱えながら育つという。
「赤塚不二夫さんの娘、りえ子さん、水木しげるさんの娘、悦子さんたちとともに『二世会』というのを結成し、定期的に会っているんですよ」教えてくれた。
「父たち、数多くの作品を発表してきた漫画家が遺した膨大な原稿などの保存と管理、そして展示…。そのあり方には答えがなく、家族にとっては大きな課題なんです」
さいとう・たかを、水島新司、藤子不二雄A…。近年、一時代を築いた漫画家たちが次々と亡くなっている。
その方法を模索するためにも、「コロナ禍で、しばらく開けていない『二世会』を再開しないといけない」と話す。
今年は手塚の代表作の一つ『火の鳥』や、浦沢直樹が『鉄腕アトム』をリメークした『PLUTO』がアニメ化され、世界配信される予定だ。
「父の漫画を読んだことのない世代へ伝えるためにも、従来の紙の漫画にこだわらず、時代に応じ、形態を変えながら、手塚作品を継承していく方法を考えていきたいと思っています」
手塚が亡くなる前。「誰も読まなくなるかもしれない」という懸念は杞憂だった。ただ、「何もしなければ途絶える可能性はある。海外のクリエーターたちとの、スマホを使ったタテヨミ漫画やNFTの販売など…。新たな企画、構想を進めていきたい…」
プロデューサーとして、そして長女として。手塚作品を未来へと伝える模索は、まだまだ続く。
プランニング・プロデューサー
手塚るみ子
漫画家・手塚治虫の長女として生まれる。プランニング・プロデューサー。手塚プロダクション取締役。
広告代理店勤務を経て、現在は手塚作品をもとにした企画のプロデュース、イベント開催など、幅広い活動をしている。
第88回企画展 リボンの騎士 3人のサファイアの物語
宝塚市立手塚治虫記念館
昭和28年(1953)1月号から『少女クラブ』にて連載が始まったリボンの騎士は、手塚治虫の宝塚歌劇へのノスタルジアから生まれた作品である。そのため思い入れも強かったようで、四度(四度目は原案のみ)、リボンの騎士を描いている。
最初のリボンの騎士が描かれてからちょうど70年。今回の企画展では、三つのリボンの騎士をそれぞれに紹介。少しずつ違った運命をたどったサファイアの物語を楽しんでほしい。
■会期 6月25日(日)まで
■会場 宝塚市立手塚治虫記念館(宝塚市武庫川町7-65)
■時間 9:30~17:00(入場は閉館の30分前まで)
■休館 5/8以降の月曜日
■料金 一般700円、中高生300円、小学生100円
■交通 阪急「宝塚南口駅」から徒歩約7分
■お問い合わせ TEL.0797-81-2970
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