3月号
⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.7 プロデューサー 近藤 修平さん 監督 竹本 祥乃さん
新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。第7回は映画「にしきたショパン」の近藤修平プロデューサーと竹本祥乃監督。
〝音楽と震災〟が引き合わせた奇跡の出会い
始まりは音楽
映画化のきっかけは偶然だった。
「短編映画のロケハンで、撮影に使うため、雰囲気のいい喫茶店を探していたところ、イメージにぴったりの喫茶店が見つかりました。そこで映画の話を切り出すと…」
宝塚市の阪急仁川駅前にある洋館風の喫茶店「ハッセルハウス」。竹本監督は、すぐにこの空間を気に入り、チェリストが主演の短編の新作「Arcadia(アルカディア)」のロケの舞台に決めた。
「音楽が好きですか? 実はこんな小説を書いたのですが…」。打ち合わせ中の喫茶店で、突然こう切り出してきたのは店のオーナー、近藤さんだった。
近藤さんは2018年、大阪ガスを早期退職し、音楽公演を企画したり、自らオペラ歌手として公演の舞台に立つほどの音楽好き。高校の音楽教師からピアノバーのマスターに転身した実在のピアニストの人生を描いた小説「マスター先生」を執筆、出版していた。
片や、竹本監督も7歳から15歳までピアノを習っていて、音楽には特別な思い入れを持っていた。「Arcadia」も、若きチェリストの葛藤をテーマにしたオリジナル脚本の短編映画だ。
音楽、そして映画を通じ、二人は意気投合する。
この二人の偶然の出会いから、オリジナル脚本の長編映画「にしきたショパン」の製作準備はスタートした。
震災の記憶
映画の柱となる大きなテーマは音楽と、さらにもう一つ。阪神・淡路大震災だ。
1995年1月17日。近藤さんは大阪ガス勤務時代に震災を経験した。
「当時、大阪の本社にいましたが、現地へ応援に出て、復旧作業に携わりました。復旧現場で、夜、どこからかピアノを弾く音が聞こえてきました。ショパンの曲でした。気づいたら涙が出てきて…」
震災も落ち着いた頃。近藤さんは、ふと訪れた西宮市内のピアノバーで出会ったマスターの話を聞き衝撃を受ける。彼はピアニストで元高校音楽教師。教師を辞め、営んでいたバーが震災で倒壊。その後、このピアノバーのオーナーとして、やり直していたのだ。
竹本監督は、ロケハンで訪れた近藤さんの喫茶店で、手渡された小説「マスター先生」を読み、思わずこう口にしていた。
「これを原案に音楽の映画を一緒に作りませんか」と。
宝塚市で育ち、実家が被災するなど震災の体験者である。
「幸い自宅は損壊などの被害はなかったのですが、一か月間、ガスが止まるなど、当たり前と思っていた日常生活のありがたさをこのとき痛感させられた。こんな震災の記憶は映画監督として、いつかは撮りたいと思っていたテーマでした」と打ち明ける。
同市出身だが、生後7カ月で父の転勤で、タイのバンコクへ家族で引越し、4歳まで過ごす。帰国後、同市へ戻り高校まで地元で過ごし、高知大学理学部生物学科へ進学。現在、〝理研〟の愛称で知られる神戸市内にある国立研究開発法人「理化学研究所」の神戸研究所に勤務する研究技術職員だ。
「月曜から金曜までの平日は理研で働き、土日に映画を撮っています」
2007年から14年間、こんな〝リケジョ(理科系女子)兼映画監督〟として活動を続けてきた。
これまで20本以上の短編映画を製作し、国内では、映画監督の登竜門と呼ばれる「PFF」(ぴあフィルムフェスティバル)をはじめ、国外ではカンヌ国際映画祭の短編部門などに作品を出品。数々の賞を受賞してきた。
「にしきたショパン」は竹本監督にとって長編デビュー作。また、近藤さんにとっても映画プロデューサーとしてのデビュー作だった。
困難を乗り越える音楽
二人の中で、音楽と震災が組み合わさった映画の構想が徐々に形となり、膨らんでいく。
映画の舞台は〝にしきた〟こと西宮北口周辺や京阪神一帯だ。
幼馴染の凛子(水田汐音)と鍵太郎(中村拳司)はプロのピアニストを目指していたが、阪神大震災が発生。鍵太郎はピアニストの命ともいえる腕を損傷し…というストーリー。
メーンキャストの2人はオーディションで選んだ。
撮影時、水田さんは県立西宮高校の音楽科に通う高校3年生。幼い頃から始めたピアノは、「ベートーヴェン国際ピアノコンクール in ASIA」で優勝するなど数々の受賞経験を持つ腕前だ。現在は大阪音楽大学に通い、ピアノを続けながら、女優活動をしている。
「演技はもちろんですが、ピアノが弾けることが、この映画のヒロインとしての絶対条件でした」と竹本監督は言う。
映画に盛り込まれたテーマはもう一つ。指が上手く使えなくなる神経疾患「局所性ジストニア」となったピアニストの人生の再生だ。
「主旋律を弾く右手が上手く動かせなくなったピアニストのために、左手用に作曲された楽曲があるんですよ」と話す近藤さんは、そんなハンディを抱える「左手のピアニスト」のための支援活動にも取り組んでいる。
今回、映画の中で使われている「左手のピアニストのための曲」を作曲したのは現代音楽の作曲家として活躍する近藤さんの弟、浩平さん。また、コンクールシーン使用曲の編集・ピアノ録音で協力してくれたのは、大ヒットした音楽映画、ドラマ「のだめカンタービレ」で作・編曲、ピアノ録音を務めた音楽家、沼光絵理佳さんだ。
近藤プロデューサーと竹本監督。二人の音楽映画製作に懸ける情熱に共鳴する音楽家たちが次々と結集。さらに西宮市をはじめ二人の故郷である地元有志たちがロケ地を提供したり、また、エキストラとして出演してくれるなど支援を買って出てくれた。
2019年秋に撮影を終了。
「新型コロナウイルスが広がる前に、映画を無事、撮影し終えることができて本当に良かった」と竹本監督は語る。
完成した映画は、ミラノ国際映画祭の外国語部門最優秀長編作品賞を、また、ベルギーのアントワープ国際映画祭で審査員賞を、コソボで開かれた国際映画祭で長編最優秀脚本賞を受賞するなど海外でも高く評価され、3月20日からの日本公開を前に、早くも話題となっている。
「震災で街が破壊されても、そこに人がいて、音楽がある限り、希望や未来はある…映画でそれを伝えたいですね」
音楽とともに兵庫で育ち、震災を知る近藤プロデューサーと竹本監督のタッグだからこそ、スクリーンから発するメッセージは力強い。
(戸津井康之)
キャスト
水田汐音 中村拳司(友情出演 茂木大輔)
制作 (株)Office Hassel
2021年3月20日(土)より全国順次ロードショー
シネ・ヌーヴォ 3月20日~ 元町映画館 3月20日~
シネ・ピピア 3月26日~ 京都みなみ会館 3月26日~
@2020 Office Hassel
プロフィール
近藤 修平(こんどう しゅうへい)
同志社大学法学部卒業。元ガス会社社員。ビジネスコンサルタント、飲食店経営などの顔を持ちながら「地方活性化」「文化芸術の発信」に力を入れる。
竹本 祥乃(たけもと よしの)
平日は会社員、週末監督として活動。主に脚本、編集、監督を務める。これまで20本以上の短編を監督。企業WebCMなども手がける。