3月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第117回
アドバンス・ケア・プランニング(人生会議)の 概念をすべての人に
─アドバンス・ケア・プランニング(以下ACP)とは何ですか。
妹尾 明確な定義はありませんが、日本のさまざまな機関や欧米での研究をまとめると、人生の最終段階において、患者さんが望む医療やケアについて、前もって、本人の意志を尊重し、繰り返し話し合い、共有することを支援する、本人の自発的なプロセスと説明できるでしょう(表1)。厚労相では「人生会議」と訳しています。約70%の方は、命の危険が迫った時に自分で決めたり望みを伝えたりすることができない状況におかれるので、本人の意志を推定するためのACPは重要です。
─ACPという考えはどのように生まれたのですか。
妹尾 以前は医療やケアでの希望を文書化するリビング・ウィルがおこなわれていました。しかし、その文書の存在が知られないままだったり、唐突に出てきて家族が戸惑ったりといろいろな問題が発生したんです。そこでアドバンス・ディレクティブ(事前指示書:以下AD)という考えが出てきました。これは、リビング・ウィルに加え、あらかじめ代理人を決めて、本人の意志が確認できない状態の時は代理人に判断を委ねるというものです。ところが、ADがあったとしても代理人が本人の真意がわからない、想定していない状況になってしまった、最善の医療にそぐわない指示内容になっているなどさまざまな問題があり、実際にアメリカの調査ではADはあまり効果がなかったという結果が出ています。そこを補完するために1990年代後半、欧米で生まれたのがACPという考え方です。ADと違いACPでは書面はあくまでもコミュニケーションツールの一つであり、繰り返し話し合い共有することが重視されています。繰り返し話し合うのは、本人の気持ちや病状が変わる可能性があるからです。また、仮に本人が認知症など意志を伝えられないようになっても、これまで話し合ってきたことにより家族、医師・ケアチームが本人に対し深く理解できているので、意志を推定しやすくなります。
─どのように話し合うのですか。
妹尾 本人・家族と医師・ケアチームが医学的な意思決定プロセスに貢献するシェアード・ディシジョン・メイキング(共有意志決定:以下SDM)が望ましいですね。具体的には(図1)のようなモデルが理想的で、これがACPの重要なポイントです。しかし現実は、チームを組む必要があり時間と手間がかかる、どうしても死をイメージしてしまうので話を切り出すのが難しいなどのハードルがあり浸透していません。それ以前に、厚労相の調査によると人生の最終段階の医療やケアについて家族と全く話したことがない人は55%にものぼります。
─ACPをおこなっていない方はどういう終末を迎えるのですか。
妹尾 神戸市医師会では未来医療検討委員会で実態を調査し、昨年、提案書を置塩会長が久元神戸市長に手渡しました。調査では神戸市内31の医療・介護機関等の216名へのヒアリングもおこないました。その結果、ACPがない場合、救急現場で家族が戸惑っても心肺蘇生をするかしないかの重い選択を迫らなければならず、家族も本人の意志を推定できないまま判断するしかないという実態が見えてきました。さらに単身高齢者や老老介護の世帯が増え、高齢貧困や認知症の問題も重なり、多くの高齢者が人生の最終段階での医療・ケアの意志決定という権利を失っているのが現実です。
─誰もが人生の最期に意志を尊重してもらえる環境を構築するにはどうしたら良いのでしょう。
妹尾 すべての人にACPをというのは現実的に難しいので、その前の段階で必要なSDMを日常の診療やケアの中おこなうことが重要です。患者さんの人生観や価値観を医療やケアに反映させることがACPに結びつきますので、もっと双方向での話し合いを普及させることが鍵となってくるでしょう。特にかかりつけ医は定期的に双方向で話し合うことができるのではないかと思います。しかし、大病院では診療科の専門性が細分化され、それが高度な医療に結びついている一方、総合的に診る視点やSDMがおこなわれる環境が遠のいていますので、特に高齢者に対し医療・ケアについて話し合える専任スタッフを配置することも一考です。また、日本人は医師に忖度し「わからない」「こうしてほしい」ということを言わない傾向があるので、双方向性のコミュニケーションで質問したり提案したりすることが当然の権利だということを知ってもらう市民啓発も必要でしょう。
─とは言え、自分の「死」について話をすることはつらいことではないでしょうか。
妹尾 確かにそうです。そこで、神戸市医師会未来医療検討委員会では、価値観をアンケート形式で導き出すチェックシート「救急もしもシート」「価値観シート」案を作成しました(表2)。回答がつらい質問はなく簡単に書けるもので、話のきっかけやコミュニケーションツールにもなります。これらを定期的に活用するのが望ましいですね。さらに、この情報をクラウドで管理・共有し、QRコードを活用して救急現場でも本人の意志の推定に活用できるシステムも提案しました(図2)。神戸市では認知症の人にやさしいまち『神戸モデル』を推進していますが、その一連のものとしても有効だと思います。
─共有により意志を推定することができますね。
妹尾 推定した意志が正しかったかどうかは誰にもわかりませんが、どんな人にも人生があり、その最終段階を誰にも考えてもらえずに死を迎えるのは寂しすぎます。誰かに最期を想ってもらえることも『神戸モデル』の一つの終着点ではないでしょうか。医療や介護だけでなく、行政も一緒に動かないとACPの概念をみんなが権利として持てるような社会にならないでしょうね。「究極のオーダーメイドの医療ケア」といわれるACPは全国でもまだ進んでいませんが、久元市長も理解がありますので、今後進展していくことを期待しています。人生は人それぞれで、最期を考えることは生きることを考えることでもあります。終末のあり方においても、すべての人が当然の権利として「自由」である世の中を目指したいですね。