10月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第112回
─混合診療とは何ですか。
坂田 同一の疾病に対する一連の治療において、公的医療保険で認められている診療つまり保険診療と、認められていない診療つまり保険外診療を同時に受けることを言います(図1)。公的医療保険では、一連の治療において医療サービスの「不可分一体」「現物給付」を保証しており、混合診療は健康保険法や保険医療機関及び保険医療養担当規則といった法律により原則禁止されています。
─混合診療はなぜ禁止されているのですか。
坂田 混合診療を無制限に導入すると、本来は保険診療により一定の自己負担額において必要な医療が提供されるにもかかわらず、保険外の負担を求めることが一般化して患者負担が不当に拡大するおそれがあるためです。また、安全性、有効性等が確認されていない医療が保険診療とあわせて実施されてしまうことにより、科学的根拠のない特殊な医療の実施を助長するおそれもあり、一定のルール設定が必要となります。
─混合診療の解禁を目指す動きに、日本医師会はどのように対応してきましたか。
坂田 混合診療の解禁には私的医療保険サービスを拡大する狙いが見え見えであると指摘するとともに、36の医療関係団体や都道府県医師会・郡市区医師会が協力して国民反対署名運動を展開し、多くの国会議員の賛同のもと国会決議を全会一致で採決して政治的決着を付けました。国会決議は国民の意思ですから、それを受け小泉政権は全面解禁を断念せざるを得ませんでした。
─医療における市場原理導入を求める勢力にはどのような組織や団体がありましたか。
坂田 内閣府・米国・財務省・経済産業省・国立大学医学部附属病院・坪井元日医会長が提唱した自立投資という考え方・経済界及び企業経営者・病院経営者及び勤務医などが占めていますが、中でも総合規制改革会議は長年にわたり最も強い反対勢力を形成してきました(図2)。
─その総合規制改革会議に問題があるようですね。
坂田 会議に参加していた民間有識者委員には大企業のトップが名を連ねていますが、政府の会議を私的利権に基づいて発言する企業人に任せると、私的医療保険は拡大しますが公的医療保険の給付範囲は縮小し、われわれ国民にとっては不利益な「合成の誤謬」が形成されます。そもそも公の会議のメンバーは、担当する事項の利害に抵触しないのが基本的条件であり、欧米では抵触すれば利益相反という重大な問題になります。規制緩和で恩恵を受ける企業人がメンバー選出されることに大きな疑惑と問題点が残りますよね。
─本来規制される側が規制緩和を推進するのもおかしな話です。
坂田 そもそも「規制」とは政府が国民の生活を守るために作られたものでしたが、いつしか利益集団が政府を虜にして自分たちの利益を守るために政府に作らせたのが「規制」であるという捕囚理論(スティグラー)という考え方に変わってきました。そのため「規制緩和」を声高に言う人たちが利益集団から国民を守る正義の徒とみなされ、「規制は悪」「政府は悪」という風潮が築かれたことは一つの問題点と言えます。
─医療分野への営利企業の参入を解禁する動きもありましたが。
坂田 これに対し医師会、歯科医師会、薬剤師会、看護協会の四師会は反対する共同声明をとりまとめるほか内閣府などに強く働きかけ、医療への株式会社参入は高度医療特区のみに限定したものにとどめることができました。
─特区制度にも問題がありそうですね。
坂田 特に国家戦略特区は対象区域の選定に国が主体的に関わってスピーディーに岩盤規制を突破するトップダウン型の仕組みになっており、さまざまな問題があると思います。例えば国家戦略特区に指定された養父市など全国3か所の区域でオンライン服薬指導が解禁されましたが、開始から2年以上経っても登録患者は6人と検証結果が出せるような状況でないにもかかわらず他の特区へと事業が拡大されるなど、既定路線の如く認定される裏に多くの利権が絡んでいるのではないかと疑われてもやむを得ないですよね。
─オンライン診療はこのたびのコロナ禍で解禁されましたが。
坂田 新型コロナウイルス感染症拡大期の「時限的・特例的な対応」として初診からのオンライン診療が可能となりましたが、これはあくまでも時限的・特例的なものです。日本医師会は、今回のオンライン診療の有効性や患者満足度は感染リスクと比較したものであり、平時の対面診療とは比較困難であることから有事のエビデンスをそのまま収束後のオンライン診療のあり方の検討に用いることには注意が必要で、性急な拡大には懸念を示しています。
─国家戦略特区の規制緩和にはどう対処すべきでしょうか。
坂田 国家戦略特別区域諮問会議(内閣府)・国家戦略特別区域会議(特区ごと)への医師会代表者の参画を実現し、医師会の意見が直接届く環境づくりに努力し、社会保障分野への監視を続けて新事業の認定などに対処していく必要があるのではないでしょうか(図3)。
─今後、どのような方針で規制緩和に臨むのでしょうか。
坂田 これからも日本医師会は、「医療における市場原理導入は絶対に認めない」との立場を貫き、反対勢力と戦い続けて国民皆保険制度を死守しなければならないと考えます。
兵庫県医師会医政研究委員
坂田診療所院長
坂田 哲啓 先生