5月号
再生可能エネルギーを生む 新しい牧畜業へ|弓削牧場が挑む バイオガス生成
弓削牧場が挑むバイオガス生成
都市型酪農の課題解決から
六甲山系の緑に包まれた弓削牧場で暮らす牛は、子牛を含め50頭ほど。牛たちは自由にのんびり過ごしている。乳牛たちは、搾乳ロボットで好きなタイミングで搾乳してもらえるからストレスが少ないのか、どの子も表情は穏やかだ。
ここは30年以上前から搾りたてのミルクでチーズを自家生産し第六次産業化の草分けとなるなど、先駆的なファームだ。敷地内にある食事もスイーツも愉しめるチーズハウス「ヤルゴイ」も賑わっている。
牛も人も幸せな桃源郷だが、「1970年に箕谷からここへ移ってきたのですが、周辺の宅地化がどんどん進みまして。そこで問題になったのはふん尿です。」と場長の弓削忠生さん。地図を見ると、ここは三方を新興住宅地に囲まれている。
これまでも細心の注意を払い堆肥化などの処理をしてきたが、もっと周囲への影響を少なく、しかもふん尿を有効に活用できないだろうか…そう考えた弓削さんが着目したのがバイオガスだ。
微生物の働きがガスを生む
その原理は牛のふん尿をメタン菌をはじめとする微生物により発酵させ、発生したガスを採取するというもの。メタン菌は常在菌で、メタン発酵は自然現象。湖沼から湧き出るブクブクはメタン発酵によるバイオガスだ。
個体差はあるが牛は1頭あたり1日だいたい50kgのふん尿を出し、ここからカセットボンベ5~6本分のメタンガスが生成できるという。実際に酪農の本場であるヨーロッパや北海道などでは実用化されている。ちなみに神戸市でも東灘で下水からバイオガスを取り出している。
ところが小規模なバイオガスプラントはあまり先例がなかったため、弓削牧場は海外視察を重ね独自に検討、補助金を申請し帯広畜産大学の梅津一孝教授や神戸大学農学研究科の井原一高准教授の協力のもと研究を重ね、2012年からバイオガスユニットの実験を開始。試行錯誤の上に2015年に現在のユニットを設置、翌々年に2号機を設置し、実証実験をすすめている。
仕組みは図1の通り。ふん尿を固液分離し液体をタンクで発酵させ、取り出した気体から水や硫化水素を取り除きバイオガスを精製、タンクに貯留し目下、ほ場のハウスの暖房、搾乳ロボットなどの給湯、ガス灯に活用している。発酵タンクではわれわれの腸と同じようなもので、有機物を微生物が分解している。そのため微生物が活発になる温度に加温する必要があるが、その熱源として牧場内の林の間伐材をボイラーで燃やしている。
ユニットといってもホームセンターで売っているような資材を使い手作り感があるが、逆にそれだけ初期コストを抑えることができ、ゆえに将来ほかの牧場が導入する際の間口を広くしているとも言える。
バイオガスの成分は約6~7割がメタン、残りは炭酸ガスなどだが、圧力を調整すれば市販のガス機器の使用も可能だ。いつの日か発電機を据えてバイオガス発電も視野に入れている。牧場の施設で使用するエネルギーの可能な限りでの自給を目指すという。
斜陽化する畜産業の福音に
この弓削牧場の挑戦は、社会にとっても大きな意味がある。
ふん尿処理をバイオガス化するメリットは多様だ。課題だった悪臭対策については、嫌気発酵のため密閉環境だから匂いが外に漏れることはなく、実際に発酵タンクの脇でも鼻が曲がることはない。経費面でもふん尿処理費用の削減、光熱費の低減に貢献する。さらに発酵残渣=消化液は有機肥料として有効に利用できる。環境面では再生可能エネルギーであるだけでなく、温暖化効果の高いメタンガスを燃焼させれば温暖化対策にもなる。エネルギーを自給することができれば災害時にライフラインが途絶えても心強い。
また弓削牧場では、昨年7月に消化液について有機JAS資材の認定を受けたことで、牧場内の畑やチーズハウスで使うハーブや野菜の栽培にこの消化液を使用し、大いに手ごたえを感じている。農家が消化液を用いてオーガニックな作物を生産すれば、よりエコで健康的な循環社会を築くことができるし、消化液が商材となってさらに利益を生むだろう。
「いまは7合目のベースキャンプ。ここからもうひとがんばり。頂上を目指します」と語る弓削さんは、夢と情熱をエネルギーに、未来へ続く道を照らす。
弓削牧場(ゆげぼくじょう)
神戸市北区山田町下谷上西丸山5-2
TEL: 078-581-3220
11:00 ~17:00
水曜定休(1・2月は火・水曜)