11月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」第170回
「日本の医療費」これからどうする?
─日本の医療水準は世界的にみてどのレベルにありますか。
武部 世界でも有数の長寿国を実現している日本の医療は、世界保健機関(WHO)や英国医学誌『THE LANCET』をはじめ、複数の国際機関から高評価を獲得しています。ですが、その医療を支えている皆保険制度が、ちょっと大変になってきているんですよ。
─それはなぜですか。
武部 皆保険制度のもととなる国民健康保険法は昭和33年に制定されましたが、当時は高度経済成長期で、現在とは経済成長率や人口構成も大きく異なっています(表1)。ところがご存知の通り、現在は高齢化が進み、経済成長も鈍化してきていますよね。ですから公費を投入しないと成り立たない状況なのです。

─やはり、医療費が増大しているのでしょうか。
武部 国民医療費は年々増加し、令和4年は46.6兆円、対GDP比で8.2%にも達しています。人口一人当たりの医療費は平成3年時点で17.6万円でしたが、令和4年は37.7万円ですので、30年間で2倍以上に増加していることになります。
─医療機関が儲けすぎているのではないですか。
武部 むしろその逆です。日本の消費者物価指数は過去10年間で10以上も上昇し、全国最低賃金は平成26年の780円から令和6年には1055円に上昇、1.35倍になっています。一方、過去10年間で初診料は90円、再診料は30円増加で、それぞれ1.03倍、1.04倍にとどまっているんですよ(表2)。つまり、診療報酬が物価や人件費の上昇に追いついておらず、医療機関の利益率は下がる一方なのです。

─生産性の向上で改善できないでしょうか。
武部 医療はもともと労働集約型で、労働生産性が低い産業です。つまり、売り上げに対する人件費比率が高く、医療機関の費用構造では人件費が約5割も占めています。労働生産性を上げるには収入を増やすか人件費を下げるしかないのですが、今後、最低賃金は1500円を目指し上昇していくので人件費を抑えるのは困難です。また、医療の現場では人から機械に置き換えることができないことも多いので、DX化による生産性向上にも限度があります。ですから医療機関は、物価や最低賃金の上昇を考慮した初診料、再診料の改定を期待しています。
─そもそも、医療費が増えているのはなぜですか。高齢化の影響が大きいのでしょうか。
武部 厚生労働省は、高齢化よりも、医療の高度化などが影響していると分析しています(表3)。日本では新規技術や先進医療として実施された技術が保険導入されて日常診療で実施されるようになり、質の高い医療を提供できる体制になっています。例えば、最近は、抗がん剤などの高額な医薬品が用いられるようになってきていますが、今後も悪性腫瘍の患者が増えると予測され、より優れた、より高額な治療薬が開発されて利用されると思われます。それらの医薬品を使用するとADL(日常生活動作)の改善や寿命の延伸がなされ、幸せな患者や家族が増える一方で、医療費はさらに増加していくでしょうね。

─価格に見合った効果があるのかが重要ですね。
武部 令和元年からは費用対効果評価制度が導入されました。これは、QALY(生活の質の保たれた寿命を1年延ばすのにかかるコスト)を評価するものです。その評価により費用対効果の悪い品目は価格を引き下げ、医療費の減少につながる品目については価格を引き上げるようになりました。高額医薬品の最適使用を推進していけば医療費も削減できると思われますので、個別化医療の研究を進めて高額医薬品の実施前に効果の予測ができれば、医療費の削減に貢献するでしょう。また、診療ガイドラインにも費用対効果を考慮した記載を行っていく必要もあるでしょう。高額医薬品の最適な使用のためには、施設要件や医師要件を設定することも望ましいと思います。
─国会で高額療養費制度の見直しが議論されましたが、これはどんな制度ですか。
武部 窓口負担が高額となった場合、自己負担限度額という一定の上限額を超えた部分が払い戻される制度です。高額療養費は年々増加しており、平成18年は1.5兆円、対GDP比4.5%でしたが、令和3年には2.9兆円、対GDP比6.3%になっています(図1)。令和7年度予算案で上限額の引き上げなどを含む見直し案が出ましたが、さまざまな方面から反対の声があがり、引き上げ案は凍結され、今年の秋までに高額療養費制度の方針を検討することになりました。今後も高額な治療や医薬品は開発・使用されていくので、高額療養費はさらに増加していくと予想されます。ですから、高額療養費制度を維持するためには、年収に応じて上限額を決める、費用対効果を考慮して効果の少ない治療については自己負担の上限額を引き上げるなど、何らかの見直しや変更が求められるでしょう。

─増加する医療費に対し、何らかの対策は必要ですね。
武部 保険範囲の検討も必要になってくるかもしれません。フランスでは薬の有効性や治療効果に応じて償還率が異なる制度を取り入れていますが、日本でも治療の有用性の評価によって自己負担割合を変える制度を取り入れるというのもひとつの考えだと思います。現在、医療保険は同一保険料で、同じ所得であれば窓口負担割合は同じです。一方で民間の医療保険では、追加料金を支払うと保険でカバーされる範囲が広くなる制度が取り入れられています。これを公的保険制度に取り入れると公費の部分が減らせる可能性があるのではないでしょうか。
─保険制度も曲がり角に来ているのかもしれませんね。
武部 医療費は年々増えており、今後も増加していくことは間違いないでしょう。ですから、良い医療を安価で受けることができる皆保険制度を持続可能とするためにも、良いものにはお金がかかることを認識し、どの部分にお金をかけていくのかを検討しつつ、社会情勢に応じて対応していくことが不可欠です。

兵庫県医師会 医政研究委員会委員
武部整形外科リハビリテーション 院長
武部 健 先生












