2025年
11月号

神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~ (67)前編 山田風太郎

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但馬が生んだ文豪秘話…母の死を乗り越えて書き続けた傑作

〝風太郎〟誕生秘話

ロングセラーの人気小説『甲賀忍法帖』や『伊賀忍法帖』など忍法帖シリーズで知られる作家、山田風太郎(1922~2001年)は兵庫県北部、但馬出身の作家である。現在、兵庫県の市では最も人口が少ない養父市(当時の養父群関宮村)に生まれ、幼少時代を但馬で過ごし上京。作家の江戸川乱歩に見いだされ、ミステリーをはじめ多岐にわたるジャンルで数多くの著作を遺した。2001年、79歳で死去後、来年没後25年の節目を迎える。
今も彼の小説を原作に映画、テレビドラマなど映像化や漫画化などが繰り返されていることからも、その人気の健在ぶりが伺える。
昨年は滝沢馬琴を主人公にした長編小説『八犬伝』が大作映画として蘇った。名優、役所広司が馬琴を演じ、大ヒット映画「ピンポン」などを手掛けてきた重鎮、曽利文彦監督がメガホンを執り、話題をさらった。
彼が日本文学に刻み付けた独特の世界観は、死去後も色褪せることがないことを証明した。
戦後文学の最高峰の一人と称される彼の死去から約10年後…。
今から15年前の2010年。大手出版社「KADOKAWA」が、新たな文学賞を創設し、注目を集めた。
その文学賞の名称は「山田風太郎賞」。
このとき、同賞の審査委員を務めた神戸出身のSF作家、筒井康隆氏は、同じ郷土、兵庫が生んだ大先輩の山田風太郎に対し、最大限の敬意をこめて、こんな熱いメッセージを寄せている。
《山田風太郎。
なんと刺激的な名前だろう。その名を冠した文芸賞の選考委員たちにとっても、その候補となる人たちにとっても、この名は大いなる刺戟となるであろう》
筒井氏の言葉に力が入るのも無理はない。同じ故郷・兵庫県生まれの先輩作家が、日本文学史に遺した著作の質・量は圧倒的で、筒井氏をはじめ、その後の日本の小説家たちに与えた影響は多大で、その功績は計り知れないからだ。 
ちなみに、「山田風太郎賞」の第1回の受賞者は『悪の教典』(文芸春秋)の貴志祐介氏。阪神タイガースの大ファンで、自宅は甲子園球場の近く。西宮市在住の作家の受賞というところにも〝兵庫ゆかり〟の文学者としての系譜を、そして、何かの因縁を感じさせる。
山田風太郎という名は、筒井氏が語るように、誰しもが一度聞いたら忘れられない強い衝撃を受けるが、もちろんペンネームである。
その由来が面白い。中学時代の友人4と互いに呼び合っていたあだ名が、それぞれ、「雨」、「霧」、「雷」。彼につけられたのが「風」だった。
これが、そのまま受験雑誌『受験旬報』(後の『蛍雪時代』)へ懸賞小説を投稿する際の彼のペンネームとなる。
興味深いのは、最初は「かぜたろう」という呼び名だったが、やがて、「ふうたろう」と呼ばれ、それが定着したのだという。

江戸川乱歩との邂逅

1922年、彼は関宮村の代々続く医師の家系に生まれた。だが、幼いころから、彼の前途は多難だった。
「山田医院」を経営する父は、彼が5歳のときに死去。1935年、但馬地方で最も歴史ある名門、兵庫県立豊岡中学校(現在の県立豊岡高校)へ進学するが、その翌年、母が病気で早世する。
中学2年への進級を控えた春休みの最中。彼は14歳にして両親を失ってしまうのだ。
《この年齢で母がいなくなることは、魂の酸欠状態をもたらす。その打撃から脱するのに、私は十年を要した》
『風眼抄』(角川文庫)のなかの短編「わが家は幻の中」で、彼は最愛の母を失った絶望の思いを素直に吐露し、こう綴っている。 
母を失い、自暴自棄となった彼は家出同然で故郷・但馬を出て単身上京。軍需工場で働きながら、1942年、東京医学専門学校(現在の東京医科大学)へ進学する。しかし、第二次世界大戦に巻き込まれ、彼が暮らしていた東京・五反田一帯は空襲に見舞われ、家を焼け出されてしまう。
知人を頼って一旦、山形県へと疎開する。すると彼が通う医大が「疎開先の病院で軍医を育てよう」と決め、彼は長野県・飯田の病院へと疎開。地元の旅館が学生たちの寮となり、彼はここで過ごすことになる。
1950年、何とか東京医科大学を無事に卒業するのだが、「自分は医師には向いていない」と彼は判断し、医師の道へは進まず、作家となることを決意する。
医大の卒業式でのこんな興味深いエピソードが『別冊太陽 山田風太郎』(平凡社)のなかで明かされている。
《「今回の卒業生のなかには異色のものがいる。将来が非常にたのしみである」》
卒業生の一人、山田風太郎の人生に期待を込め、こうあいさつしたのは同医大の緒方知三郎学長。緒方洪庵の孫である。
風太郎は、医学生時代から小説を書き、江戸川乱歩が編集長を務めていた雑誌『宝石』の短編懸賞に応募していた。
彼を作家の道へと導いたのは、〝日本ミステリー界の牽引者〟だった。
『宝石』への応募作『達磨峠の事件』で風太郎は現役の医大生として作家デビューを果たすのだが、彼の才能をいち早く見抜いていたのは『宝石』の編集長、江戸川乱歩その人で、医大生の彼に小説を書き続けることを強く勧めたのも、また、乱歩だった。
=続く。
(戸津井康之)

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