8月号
神大病院の魅力はココだ!Vol.45 神戸大学医学部附属病院 病理診断科 伊藤 智雄先生に聞きました。
神大病院を受診したらお世話になることが多々あるはずだけれど、先生方には直接お会いする機会はない病理診断科。どんなことが行われているのでしょうか。その役割や診断方法など、伊藤智雄先生にお聞きしました。
―病理診断科とは?
診断は臨床診断と病理診断の2種類に分けることもできます。「臨床的に得られる情報に加えて、組織学的な検討が必要な場合には病理診断が不可欠です。特に良性か悪性かの判断が必要な腫瘍は病理で確定診断を出します。また手術などで人体から切り離されたものは原則すべて病理診断をします。
―切り離されたものとは?
よくあるケースでは、皮膚科で切り取ったほくろやちょっとしたできもの、最近多いのは内視鏡を使う「ポリペクトミー」という手法で切除した大腸にできたポリープなどは全例で病理診断をします。良性だと思われていたものが病理診断の結果、悪性だったということも時折あります。
―腫瘍が悪性か良性かを診断するのが病理診断なのですか。
それだけではなく、ネフローゼ症候群では腎臓から、肝炎なら肝臓から取り出された検体を病理で診断をし、病態を特定します。体のあらゆる場所が病理医の診断対象になりますよ。非常に緊急の対応が求められることもあります。例えば、肝臓の移植手術で何らかのトラブルが起きた場合は緊急肝生検を行って、拒絶なのかその他に原因があるのかなど調べ、その日のうちに病理診断をします。腫瘍、感染症、炎症性疾患、代謝性疾患、変性疾患などなど…病理医の診断する場面は大変多いのです。ところが、ほとんど知られていないのは日本の問題だと思います。
―臨床診断ができない場合、体の中からどんな方法で検体を取り出すのですか。
いろいろなアプローチの方法があります。呼吸器内科では喉から気管へ内視鏡を入れて透視しながら生検鉗子で細胞や組織を取り出します。消化器内科では喉や鼻から、大腸は肛門から内視鏡を入れます。肝臓や腎臓であれば内視鏡の生検鉗子から針を刺して病変にアプローチします。こうして取り出された検体がホルマリンに浸されて病理診断科に運ばれてきます。
―運ばれてきた検体の確定診断の方法は?
基本的な方法はH&E(ヘマトキシリン・エオジン)染色を用いて、その反応を顕微鏡で観察します。昔から使われている優秀な方法で、ほとんどの症例で確定診断がつきます。リンパ腫など、H&E染色だけでは確定診断がつけられないケースでは、抗体抗原反応を利用して特定の物質を可視化する免疫組織化学を用いた方法を併用します。
―外科手術中に病理診断科で診断することもあるのですか。
いろいろな臓器へアプローチ技術が進歩して、多くのケースで術前の病理診断が可能にはなりました。例えば膵臓では、癌なのか他の紛らわしい疾患なのかが術後に判明することもありましたが、EUS‐TA(超音波内視鏡下組織採取術)で検体を取り出し術前の病理診断が可能になりました。ただ、術中診断は依然として重要です。例えば、膠芽腫かリンパ腫かによって治療法が全く変わってくる脳の場合は開頭手術中の病理診断が非常に重要です。術中確定診断が膠芽腫だった場合は切除手術を進めますが、診断がリンパ腫だった場合は開頭手術を中止して、抗がん剤や放射線などによる内科的治療に切り替えます。その他、リンパ節転移の有無や腫瘍が取り切れているかの判断など、病理医も大車輪で働いています。
―病理診断の中でも伊藤先生のご専門のリンパ腫とは?
病理が確定診断に重要な働きをするのがリンパ腫です。リンパ節だけでなく、その他の臓器や血管の中、胸腔、脳などさまざまな場所でリンパ球が腫瘍化します。リンパ腫にも様々な種類があり、免疫組織化学を用いていろいろなマーカーの組み合わせを観察してどの抗原に対する抗体が陽性になるかを見つけ、どの種類のリンパ腫なのかを確定診断します。
―先生方はそれぞれ専門分野を持っておられるのですか。
神大病院の病理診断科には呼吸器、腎臓、肝臓、内分泌、婦人科など専門領域を持った病理医がいます。皆で相談しながら診断をして幅広く対応できる態勢が整っているのは、病理医にとっても患者さんにとっても良い環境だと思います。
―病理の先生方は確定診断を持ってカンファレンスに参加し治療方針を決めるのですか?
レポートにアドバイスを記入することはありますが、患者さんの年齢や意向などいろいろなファクターを考慮しながら最終的に治療方針を決めるのは臨床の先生方です。病理の役割は診断の決定までですから、それ以上踏み込むことはありません。
―病理解剖というのも病理医の役割のひとつですか。
事件性のある場合の法医解剖とは違って、病気で亡くなられた方のご遺体をくまなく調べて全貌を解明する病理解剖は病理医の大きな役割のひとつです。これによって生前にわからなかった病気が見つかることは多くあり、非常に重要なものです。最終的に臨床と一緒にCPC(クリニコ パソロジカル カンファレンス)を行い、診断を確定します。ところがコロナ禍以降、病理解剖の件数は激減し、なかなか戻ってこないのが現状です。医学の進歩の妨げになるのではないかと危惧するところです。
―神大病院が中心になって進めている主要病院の病理診断ネットワーク化は進んでいるのですか。
遠隔診断網をより広範なものにしようとしています。近々、淡路とも繋ぐ予定です。しかし規模の小さな一般病院では高額な設備を整えるには無理があります。そこで、臨床検査会社とタイアップし、センターを開設してデジタルデータを集約化する取り組みを進めています。
―病理学や病理診断は日々進歩しているのですか。
最近は病理学にも分子学的な観点が必要になってきて、例えば特定の遺伝子変異を調べることなどが病理診断にも大きく関わってきます。また新薬の開発も目覚ましく治療薬の適応を決定する役割も増えています。病理でやるべきことがどんどん増えてきていて、病理医は日々勉強です。

伊藤先生にしつもん
Q.病理医としてやりがいを感じることは?
A.自分が出した診断が確定診断になり、その後の治療のすべてが動くということがやりがいになります。特に肝移植緊急生検の場合には病理診断の結果次第で治療が変わります。外科の先生方が固唾をのんで結果を待っておられます。責任の重さと大きなやりがいを感じるときです。
Q.日頃、学生さんや若い先生方に接するにあたって心掛けておられることは?
A.私が常に言っているのは「顕微鏡の次に大事なのは電話だ」。例えば、臨床の先生方が予想もしていなかった病変が見つかったとき、逆に病理では分からないことがあるときなどはすぐに臨床に電話をかけてディスカッションをします。カンファレンスでも、他の先生方の顔を見ながら言葉のやりとりをします。こうして病理と臨床の信頼関係が生まれます。文書のやり取りだけではできることではなく、マイペースで仕事ができるとはいえコミュニケーション力は大事です。
Q.病理診断科の職場としての魅力は?
A.患者さんを前にして診断をするわけでないのでマイペースで仕事ができること。教科書を見ながらゆっくりと頭を使って考えたり、周りの先生方と相談をしたりして診断を出せます。
Q.ご自身の健康法とリフレッシュ法は?
A.うーん、健康法は難しいけれど、美味しいものをいっぱい食べることかな(笑)。リフレッシュ法は「夫婦仲良く」。家に帰るといつもニコニコ笑顔で「おかえり」と言って迎えてくれるので、ストレスがあっても全部忘れてしまいます。間違いなくこれが私の最大のリフレッシュになっています。












