8月号

近代建築の巨匠、フランク・ロイド・ライトを学ぶ|Chapter 15(最終回) 旧首相官邸(首相公邸) |平尾工務店
平尾工務店がお届けする「オーガニックハウス」の基本的な理念や意匠を編み出した世界的建築家、フランク・ロイド・ライトについて、キーワードごとに綴っていきます。
最終回の今回は、一国の首相を惑わせるほどフランク・ロイド・ライトの影響が大きかったという逸話をご紹介しましょう。
現在の首相官邸は2002年の完成ですが、その前に使用されていた旧官邸は移動・改修され、現在は首相公邸=総理の住居になっています。
さて、この旧官邸で1985年に開催された国際新聞発行大会のレセプションで、当時の中曽根康弘総理がこんなスピーチをおこなっています。
「この首相官邸は有名なライトの設計なんですね」
これは中曽根総理の思い違いで、旧官邸はライトの作品ではありません。でも、間違えてしまうのもやむを得ません。と言うのも、例えばスクラッチタイルとテラコッタを組み合わせた内装、ステンドグラスなど随所にあしらわれた幾何学模様、一定のパターンの連続など、旧官邸はライトの名作、帝国ホテルにそっくりだからです。
しかし、まるごと真似をしている訳ではありません。例えばフクロウやカエルをモチーフとした意匠や、ホールのアーチ状の屋根と天井近くに展開する窓など、ライトとは違ったテイストも見せてくれます。
旧官邸は1929年竣工、設計は大蔵省の技師、下元連(1888~1984)で、ライトの高弟、遠藤新とは東京帝国大学建築科でともに学ぶ仲でした。ライトの哲学について遠藤から直接聞いた下元は、「建物は地形に即して建てる」という巨匠の考えに共鳴したと語っています。旧官邸に短めの階段が多いのはそのためで、ゆえに流れるように連続する空間構成となり、この点もライト建築に似ている理由なのかもしれません。
実は、ライト自身も首相官邸をプランニングしていたとか。ライト研究の第一人者、谷川正己氏によれば、帝国ホテル建設と同時期に首相官邸の建設計画があると耳にし、頼まれもしないのにデモンストレーションとして計画案を作成したそうです。もし実現していたら、どんな建築になっていたでしょうね。

旧首相官邸(首相公邸)(イメージ)

FRANK LLOYD WRIGHT
フランク・ロイド・ライト
1867年にアメリカで生まれたフランク・ロイド・ライトは、91歳で亡くなるまでの約70年間、精力的に数々の建築を手がけてきました。日本における彼の作品としては、帝国ホテルやヨドコウ迎賓館、自由学園明日館が有名です。彼が設計した住宅のすばらしさは、建築後100年経っても人が住み続けていることからわかります。
これは、彼が生涯をかけて唱え続けてきた「有機的建築」が、長年を経ても色褪せないことの証明でしょう。フランク・ロイド・ライトが提唱する「有機的建築」は、無機質になりがちな現代において、より人間的な豊かさを提供してくれる建築思想なのです。












